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【数理落語7】 『損得勘定』

文「ルナちゃん、ルナちゃん、ルナちゃん、ルナちゃーん」
ルナ「何よ文ちゃん、どうしたっていうの?」
文「あたし、合コンに行くんだけれど、ちょっと助けてよ」
ルナ「そういうのご無沙汰してるあたしが、助けてっていわれてもねえ。いったいどうしたの」
文「それがさあ、寧々ちゃんがさあ、この前合コンに行ったら、すっぽんをごちそうになるわ、帰りのタクシー代は出してもらえるわで、儲かったっていうのよ」
ルナ「寧々ちゃんは合コンだけで夕食済ませているような人だからね」
文「それで、合コンで一生食べていけるようになるためにはどうしたらいいかな?」
ルナ「一生?あんたなにそんな虫のいいこと・・・」
れん「(割り込んで)いるよ。いるいる。合コンの師匠がいるからさ、その人に教えてもらえばいいよ」
ルナ「え?合コンの師匠?あんたなに・・・」
れん「いるじゃない」(ルナに目配せする)
文「ホント!どこに居るの?」
れん「じゃあ文ちゃんのLINEのID教えてあげていい?連絡するように言ってみるから。物理学の院生してる理子先輩っていんだけど。テニスサークルの先輩だったの。合コン相手が定期的にお金持ってきてくれるっていうくらいのプロ合コ二ストだから。それで一生食っていけるから。でも企業秘密はそう簡単には教えてくれないよ。そこは、キャリーバッグに着替え一式を何日分も詰めて持って行くの。教えてって言っても『騙されたんだよ』ととぼけるから、『着替えは持ってきたから、教えてくれるまで動きません』と言えば、教えてくれるよ」

文「ごめんください」
理子「はい」
文「あのぉ・・・もしかしてここは秘密基地なんでしょうか?」
理子「秘密ではないけどね。そのようなものだけど」
文「それで、あなたはレーサー?」
理子「実験のためにゴーグルをしているだけだけどね。そういうあなたは何者なの?」
文「あ、さっきれんちゃん経由でLINEでつながって連絡したオフィス商事の文ですけれど。合コンで食べていける方法を教えてください」
理子「はぁ。合コンで食べていく、ね。ちょうど今、れんちゃんからも連絡が来たわ。えーっと?『・・・文は文系なんで、ちょっとアレなんです。それで先輩を合コンの師匠、プロ合コ二ストと信じちゃっていますから。ま、ある種ホントなわけですし。だから文が研究室に行ったらどうか適当にからかって返してください』。なんなのよ。暇な連中だな~。あなたねえ、プロ合コ二ストなんているわけないでしょ。騙されたんだよ」
文「二人の言ったとおりだ!よし。あのー、着替えを持って来たんで。教えてもらうまでは帰りません。ぜひ弟子にしてください」
理子「手がこんでるなあ。これ、YouTubeでドッキリを配信するとかでカメラとか回っていないでしょうね?しょうがない、合コンの話ね。聞いたら帰ってくださいね。あたし研究で忙しいから」

理子「合コンってのもピンからキリまであって、どれにでも出ればいいってもんじゃなく、女の子がお金を払う必要がないのと、払わなきゃならないのがあんの。本気で男に養ってもらいたいなら、女の子の負担がまったくない合コンに行くのはやめることね」
文「ええ?そうなんですか?タダ飯食べられないんですか?」
理子「そのほうがタチの悪いのが混じらないしね。いい?夕方にこのパンフレットにあるテニスサークルの体験レッスンに行って。するとチャラ男ならぬチャラ女ってのがいて、自分よりちょっとだけさえなそうな女の子に声をかけてくるから。『合コンで女の子がひとり足りないの。出てくれない?』と言われたら『出てくれるー!』って言うの。頭悪そうにすることがポイントね。だけど馬鹿すぎるとひかれるし、天然を狙った計算高い子だって思われてもだめだから。相手より見栄えと性格と頭が少しだけ悪い、って思わせることね。それでいざ会場に行く。最初は必ず自己紹介があるから、その時点で集まった男子の品定めをしておく。社会学とか文学とかやっていた男は将来のことを何も考えなかったタイプだからダメ。今、たまたまいい会社にいても人生踏み外す公算大だから。哲学やってたなんて論外。体育会系も論外。理系男子が単純で騙しやすく、万一ゴールインしても将来性があるからいちばんイイ。大きな失敗をしでかさなければ、一生黙ってお金を持ってきてくれるようになるから」
文「でも、どうやって見分けるんですか?」
理子「ああ、そうだね。そこ大事だね。チェックのシャツ着て、メガネかけてて、カバンはリュックサックだから。いや、社会人でフォーマルな会だとさすがにスーツ着てくるかもしれないけれど。でもやっぱりカバンはリュックサックだから。スーツにリュックサックで当人は違和感持っていないから」
文「それはなんとなく解ります。でもカバンって、もう席についていたりしたらチェックできないですよね」
理子「解った。じゃあいいこと思いついた。合コン会場に行ったらもうバカなフリをする必要はないから、リケジョを演じなさい。理系男子が喰いついてきて、他の男子は絶対に喰いついてこないようなことを言うの。あなたが自己紹介するときに『猫が好きです』と伏線を貼っておいて、スマホの待ち受け画像もあらかじめ猫にしておくの。で、どこかのタイミングで『あ、シュレーディンガーに餌をやんなきゃあ』って言って、遠隔操作で餌をやるふりをするの」
文「ちょっとメモりますね。ええっと、それで見分けられるんですか?」
理子「完璧にふるいにかけられるから。ホンモノはめっちゃ喰いついてくる。あと、なにか数字を聞かれるときはチャンスだから」
文「数字が話題になることなんてありますかあ?『11についてどう思いますか』とか?」
理子「素数だから喜ぶヤツがいるかもね。でもそんな露骨じゃなくても、『いくつ?』とか『いくら?』とか何かの数とか量とか聞かれることがあるでしょ?最後までなければ、お会計のときに一人当たりの金額を計算しなきゃならないでしょ。そのとき答える役になればいいし」
文「あたし、計算が苦手なんですよお。リケジョじゃないって、化けの皮がはがれますよお」
理子「大丈夫。数学科とかだと、計算は必ずしも得意じゃないから、計算機使ってもあやしまれないから。だからとにかくスマホの計算機をすかさず用意して。でも、最後まで待たなくても数字の話題は大抵出るよ。そしたら『実数の範囲でいいですか?』って、シレってボケて。そのとき『整数の範囲でいいよ』って言う男子がいたら、顔を見てニッコリ笑うの。これで完璧だから。分かった?」
文「難しいですよ。ジッ・・なんですか?」
理子「実数が解らないか。じゃあ『有効数字は何桁?』」とか、『何進法で?』っていうのでも理系にはウケるけれど」
文「ええっと、メモメモ。こんなんでウケるんですかあ?」
理子「ウケるの。そしたらその子と連絡先交換して、好きな素数は何?とでも聞いてあげれば悶絶するから。もういい?じゃあね」

さて、文は夕方、テニスサークルの体験レッスンにやってきた。
育美「あら、文ちゃんじゃない?なつかしー」
文「育美ちゃーん。高校卒業してからずっと会ってなかったよねえ。ずいぶん派手になったねー。元気ぃ?」
育美「元気元気。あ、ちょうど良かった。今日合コンがあるんだけれどさ、女の子がひとり足りないの」
文「ああっ!育美ちゃんがチャラ女だったの?そうかあ、チャラいんだあ」
育美「・・・ごめん。否定はしない。で、あんたは暇なの?暇なんだったら、合コンに出てくれない?」
文「これだこれだ。うん、出てくれるー!」
チャラ女「アハハ。出てくれる、ね・・・ユルいわ。チャラいほうがマシ。いや、なんでもない。気にしないで。文ちゃん、いい感じよ。よしよし、行こ行こ」

育美「じゃあ、自己紹介から始めまーす。まずは速水さんからどうぞ」
速水「速水哲夫です。ソシオという薬剤メーカーで働いていますが、中身は文系で、趣味は哲学です」
女たち「かっこいいー」
男たち「かっこいいんじゃないんだよ。かっこつけてんだって」
文「・・・よーし品定めするぞ。ああ、文系って名乗ってくれた。こいつはペケね。しかも哲学。最悪だわ。こいつはお金をくれない、と・・・」
育美「じゃあ女子は私から。萬有育美です。イベント会社で、企画担当をしていまーす」
男たち「おおー!すごくキャリアウーマンって感じで、仕事できそう!」
育美「ありがとうございまーす・・・」
文「・・・理系男子はいるんだろうか・・・あたし最後に来たからカバンのチェックはできなかったし。みんなスーツだしなあ・・・」
育美「・・・ということで、苦手なのはタバコを吸う人です。よろしくお願いします。(拍手)じゃあ、次、今日偶然会ったんで拉致ってきました。幼馴染の文ちゃんです」
文「え?あたしの番だ。ええーっと、羽黒文です。猫が好きです・・・」
育美「あれ?あんた猫アレルギーじゃなかった?」
文「ちょっと、余計なこと言わないでよ。大事なとこなんだから。あ、いえ、なんでもありませーん。ええっと、そうだ、メモを見よう。あれ、なくしちゃった。大変だ。ええっと、猫の名前は・・シュローダー」
速水「あ、スヌーピーの?かっこいい名前だね」
文「ちょっと、今大事なところなんで、黙ってて。ええっと、シュレッダー?」
速水「・・・そりゃ変わった名前というか、あ、よく紙を爪で割いちゃうから?それはうまい名前をつけたね」
文「だから将来をあまり考えなかった人はちょっと黙っててほしいわ。そうだ、シュレーディンガーだ。シュレーディンガーに餌をやらなきゃ」
速水「シュレーディンガーって量子力学の話だよな。すごい名前だけれど、自分の家の猫なのに名前うろ覚えなんだね」
男「これまでつきあった男性の人数を教えてー」
文「人数?数字聞かれた。ええっと・・・十中八九?」
速水「十中八九なんだ。なんか言葉の使いかた間違ってないか?」
文「哲学は余計なこと言っちゃダメだって。ここが肝心なんだから。通じなかったな。じゃあええっと・・・ユーゴスラビアで何人食ったか・・・」
速水「ユーゴスラビア人なんだね。それも何人もね」
男「つきあった人数を答えてくれればよかったんだけれどね。やった話をしてくれているみたいだね・・・」
文「なんだっけ・・・あぁ!南伸坊!」
男たち「南伸坊とやったのか!」
育美「文ちゃん、ちょっともういいから。ちょっと休もうか。ね?大丈夫よ」
文「ああーっ!あたし肝心なこと忘れていた。だからうまく答えられなかったんだ」
育美「ええ?それって、なに?」
文「計算機を使うのを忘れてた」


ver 1.0 2021/2/5


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