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遠隔診療の備忘録(2)『病Tuberが現れたときの対策は?』

(写真は、文書らしい)

遠隔診療の話の2回目である。


遠隔診療、けっこうめんどうくさい。国は普及させたくもあり、だが慎重でもあり、「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」というものを作り改定に改定を重ねている。それには理由がある。


情報漏洩の問題である。他分野のそれよりも著しく問題となる。


オンラインでは、第三者の入り込む余地が大きい。オンライン会議中にステテコ姿のお父さんが背後を歩くのが映り込んでしまった、という程度なら笑い話だが、これが医療の文脈となれば、患者プライバシーの侵害を恐れなければならない。だから遠隔診療では、患者から医師に接続するのは禁止されている。患者側でうっかり別の人と繋がったまま診察に入ってしまう可能性があるからだ。



人には、他人に秘めていることがある。医療機関とは、そのひた隠しに隠していることを耳打ちしてもらうところである。偏見を持たれやすい病名、血筋、遺伝情報、性の有り様、悪癖悪習、不名誉、犯罪歴……そういったものを把握し、記録している。


遠隔診療ともなれば、患者はそれを耳打ちするのではない。遠く、空中にプライバシーを飛ばすのである。その途中で、あるいは事後にも、漏れ聞くことができる余地を作ってしまう。


だが、逆も考えてみた。

精神科は、かつては敷居が高いものであった。精神科クリニックは一階に建てると、人に見られるのを警戒して患者さんが中に入って来ないから流行らないと言う医療コンサルタントもいる。たしかに、地元では知っている人が見ているかもしれないので、他県の病院にまで行く患者もいる。実際に精神科を受診するのを目撃されて、職を追われた人がいるという話も聞いたことがある。

つまり、対面診療のせいで秘密を知られる。俳優や政治家がお忍びで病院を訪れるという話もよく聞く。オンラインで診療ができると、そういう人たちはどれだけ助かるだろうか?


対面、オンラインに関わらず、情報流出の問題はあるのだ。


ただ、オンラインでは、情報流出が一個人の情報にとどまらない可能性がある。医療以外の世界では、大量の情報流出がすでに大きな問題となっている。遠隔医療をする端末が、診療システムと繋がっており、病歴や生活歴に関する情報が流出したら、とんでもない問題となる。



さて昔、プライバシーというものについては、人々は今よりは大らかであった。近所では互いの噂話を共有した。ただ、広がりに限界があった。よその土地に行けば噂は御破算になる。また、記録には残らない。せいぜい人の記憶に残り、人の噂も七十五日であった。


「マキちゃんって、お祭りでトップレスになったことがあるらしいよ」

「へええ、そりゃ見たかったなあ」

(だが写真などは残っていない。元ネタはとある映画で、マキちゃんはほんとはマギーちゃんである)


「こいつ、昔、浮気してたんすよ」

「そりゃ言いっこなしだよお。俺はもう改心してんだからさあ」

「わっはっは」


など。


いっぽう今は、かつてのどんな時代よりも個人情報を必死に守っている時代だが、個人情報を今ほど晒している時代もない。SNSの発達による。昔なら自分の情報を世に晒すことができたのは、ごく一部の本を書く人とか、芸能人に限られていた。今ならFaceBookに限らずとも、本名を隠さず、自ら進んでディープな話を赤裸々にカミングアウトする人がいる。

「人には語らないこと」の領域が昔は広かった。今はその領域が極端に狭い人と極端に広い人がいる。無条件な秘め事は、なくなった。ある人には「秘め事」でもある人にはそうではない。

個人情報保護とは「自由の尊重」の一つである。「私に関する情報がどこまで広まるかは、私が決めていい」ということだ。なんでも隠すのでなく、本人が公開したければ公開してよいのだ。現代においては、些細な情報でも本人が嫌がれば公開NGとされるし、本人が望んでどんなことでも公開するようになったのだ。


オンライン診療では、患者側に第三者が入るのもナシである。だが本人が、第三者を参加させたいこともあるのではないだろうか?むしろ情報を積極的に発信したい人々というのが稀に現れて、情報セキュリティーを守るための厚い壁を邪魔に思うかもしれない。


「はあ?医者と自分との間で同意書?いらないでしょ、そんなもん。大丈夫だよ。俺、訴えないし。っていうか、自分が治療を受けているところを動画で配信したいんっすけど、ダメっすか?」


患者が遠隔診療を録画する際は、医師の同意が必要である。これは医者が「私はイヤです」とか言って決まるのではなく、ガイドラインで決まっている。だが今後、患者のほうが勝手に録画するといった事件も起こるかもしれない。


自分自身を晒す文化自体の是非はこの際おいておく。自分の情報を公開する自由さえをも保証する現代において、プライバシーを守る方向性だけ考えればよいというものではないということだ。

ただ、情報を晒されない権利の方が、情報を公開する自由よりも、侵害されたときの被害が大きい。

今しばらくは、自分を晒したい人々が、自分を晒すことでこそ得られる治療上の恩恵(自己開示を通して得られる回復、というものはあると私は思う)については、優先して考えてもらえることはないであろう。残念ながら。


Ver 1.0 2021/6/16


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こちらが発端。



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