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【怪談】 車中泊

これは、ある男友達から聞いた話です

最近流行りの車中泊というものをやってみたくて、ローンを組んで中古のバンを買い、ホームセンターや百均なども回って色々な装備やグッズを買い込み、準備万端でのぞみました

どこに行くか考えたのですが、とりあえず初めての経験ということで、安全性と利便性を考慮して道の駅に泊まることにしました

と言っても、地元の道の駅ではあまりにも趣きが無いので、隣県の山と川に挟まれた自然豊かな土地にある、行ったことのない道の駅を選んだそうです

そこには田舎ならではの新鮮な野菜や地元の食材で作ったお総菜などが豊富に売られていました
しかも天然温泉があり、野趣あふれる露天風呂にも入れます

大した下調べもせず適当に選んだのに、
初の車中泊からこんな条件のいいところに来れて、「最高かよ」とホクホクしていたそうです

地元の野菜とジビエ肉を買って車内で調理し、
ビールとともに胃に流し込みました

「ぷっは! マジ最高!」
昼間から人目を気にせず好きなものを食べ、好きなものを飲んで、時には寝転がってくつろいだり、時間に縛られず気の向くままに過ごす……
この開放感は、やみつきになりそうだと思いました

そうやって過ごす内、日が傾いて夕方になり、
ほぼ満車状態だった道の駅の駐車場からは
車がどんどん出て行きました

夜7時を過ぎると、友達のように車中泊をしている人達の車が間隔を置いてポツポツと停まっているだけになりました

昼間は多くの人が行き交い、買い物をしたり
子供達が駆け回ったりして賑やかだった
道の駅ですが、

夜になると、販売所で働く従業員の人達も
帰ってしまい、全く人気が無く
シンと静まり返っています

アルコールを飲んだせいか、気持ち良くなって
ウトウトしていたら、そのまま眠り込んでしまったようでした


ふと目が覚めると、深夜になっていました
夜陰の冷気が車の中に忍び込み、
ぐっと寒く感じました

あ~……、寝ちゃったな……今何時だろ

スマホを点けて見ると、午前2時過ぎでした

お酒を飲んで眠った後の定石通り、急激にトイレに行きたくなりました
道の駅のトイレは販売所の建物から独立していて、少し離れたところにぽつんと建っています

車を停めるとき、トイレに近い場所を確保していたので、歩いてすぐ行ける距離でした
窓から覗くと、暗闇の中に白っぽい照明が明るく光っています

そのときふと気づいたのですが、どうもトイレの入口の横に、誰か立っているようでした

トイレの前には自販機があって、入口と自販機のちょうど間に、こちらに顔を向けているような感じです

……煙草でも吸ってんのかな……?
他の車中泊利用者かもしれないと思い、入口で
目が合ったら軽く挨拶でもすればいいかというくらいの気持ちで、靴を履いて外に出ようとしました

「待てよ」

不意に、自分の中で強いブレーキがかかるのを感じました
さっきはよく見なかったのですが、トイレの前に立っているその人は、全く動いていないようなのです

……おそるおそる、もう一度窓に顔を近づけて、
さっきよりもよく見てみました

すると、やはりその人は煙草を吸うどころか、微動だにしていないのでした

その人の立っている位置は、ちょうど入口の照明が照らす範囲からはずれた、影になっているところでした
暗がりにぼんやりと人影が見えるといった状況なので、余計不気味に感じます

その微動だにせず、直立不動で立っている〝人型〟の顔の部分だけ、自販機のライトを鈍く反射して白っぽく浮かんで見えました

なにしろ深夜の時間帯なので、トイレの建物以外の周囲は真っ暗です 遠目ではぼんやりと人影が浮かんでいるのしか見えず、輪郭がはっきりしないのでますます怪しく不気味でした

目をこすったり、視線を逸らしてもう一度見たり、しまいにはスマホのカメラを向けてズームして見てみたりもしましたが、その白い顔をした〝人影〟はやはり1ミリも動きません

もしかしたらポスターか何かのたぐいか? 
最近よくある、等身大のパネル
……だとしたらリアルに人が立ってるように見えてもおかしくはないな

自分を奮い立たせるように、友達はそう考えました
でもそうやって思案している間にも、トイレに行きたいという生理的欲求はどんどん募っていきます

やばい……

そのときふと、百均のお店で携帯簡易トイレを
購入していたことを思い出しました
色々と物騒な昨今のことですし、とりあえず危険を回避するためにそれを使うことにしました

簡易トイレを使って用を足した後は、またムクムクと楽しさが戻ってきたそうです
「何か車中泊してるって感じがしてさ、またそんなのもいいかなって思えたりしてさ」
と友達は言いました

「でもよ……」
突然、何かを思い出したように真剣な顔になった彼は言いました
「普通の車中泊じゃ経験しないようなことが、
その後起こったんだ」

無事に用を足し、危険も回避したという達成感で上機嫌になりながら、しばらくスマホで動画などを観ていました

すると、今度は別の生理的欲求が起こってきてしまいました

「汚い話で悪いんだけど、でもちょっと我慢して聞いてくれ」
彼は真顔で言いました

流石に今度は簡易トイレというわけにはいきません
気は進みませんでしたが、
今度こそ意を決して道の駅のトイレに
行かなければならなさそうです

あれから小一時間ほど経っていましたし、
トイレの前に立っていたヤツももういなくなっているだろうと思い、
窓からそちらを覗いてみました

すると……

先ほどと全く同じように、そいつは立っていました

「おかしいだろ こりゃもう絶対ポスターかパネルに違いないって思ったよ」
友達は言いました ですがその目には戦慄が浮き上がっているように見えました

あれは絶対にパネルか何かだ
近づいてみれば、「なあんだ」ってなって、
看板にビビッた俺、なんて友達に話す
ネタになるかもしれないじゃないか

そう自らを鼓舞して歩き出しました

「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」という、
江戸時代の川柳を思い浮かべたりしながら
歩を進めました

こんな状況では、平常心でいる為のポジティブ思考が何より大切です

……きっと何かの見間違いだよ……人だったらずっと立っているにしても、煙草吸うなりスマホ見るなり何か動きがあるはずだ

暗闇の中を進む恐怖を紛らわす為に、自分に
言い聞かせるように呟いていました

絶対犯罪防止の広告か何かだ……
そう再び自分に言い聞かせてトイレの前まで来た

そのときです


あっ!


いかんいかんいかん!
これホンモノだ!!!

「生きてる人間じゃない」

友達は咄嗟に理解しました


が、猛烈な便意に突き動かされるように、
入口に向かって突進してしまいました

「そういうときってさぁ、おかしなモード入っちゃうんだろうね」
彼は私に言いました

それは確かに〝人〟ではありませんでした 
でも非〝人間〟的なポスターやパネルでなく、何らかの意図を持ってそこに〝居る〟何ものかであることがわかったとき、
友達は「逃げる」という危機回避行動とは全く逆のことをしてしまったのです

「今思い返しても不思議なんだけどさあ」

彼は言いました

「あの瞬間、やむにやまれぬ生理的欲求が、恐怖に打ち勝ってたみたいなんだよね」

そのとき彼にとっては、トイレ以外の場所で大きい方をすることへの抵抗感の方が、幽霊が立っているトイレの建物に駆け込む恐怖よりも強かったのだそうです

信じてもらえないかもしれないけど、と
彼は続けました

トイレの中に駆け込んだ彼は、出来る限りのスピードで個室に入り、ズボンを下ろして座りました

思い切り用を足している間、
「俺は生きてるんだ」
「俺は生きてるんだ」
と心の中で繰り返し念じていたそうです

奇妙なことですが、〝そいつ〟に恐怖を
感じれば感じるほど、今自分が行っている
生命ある生理的行為に
すがるような気持ちになっていたのだそうです

「言わば、『見ろ、肉体を持ってる俺にはこれが出来る、どうだ、お前には出来ないだろ』
みたいな」

霊にマウント取ってたんだよね俺、

と、友達は笑いながら言いました

ところがその束の間の勝利もすぐに終わりました

用を足し終わると、深夜の公衆トイレの中は、静寂のしじまに包まれていました

「うっわ……マジで本当にヤバイ……」

寒気とともに、脂汗がにじんでくるのを感じたと言います

それでもやはり、ここを出て何とか
自分の車まで帰らなければなりません

あの気味の悪い〝もの〟は今も入口のところにいるはずです
なぜかそのことははっきりとわかっていました

友達は個室を出ると、忍び足でゆっくりと水道のところへ向かいました
そして冷静を装いながら丁寧に手を洗い、しばらくじっと耳を澄ませました

でも何も聞こえません
辺りは全くの無音で、虫の声や風にそよぐ木の枝のざわめきも、消えてしまったかのようでした

そのとき、急に強烈な耳鳴りに襲われました
甲高い、刺すような金属音です

耳を塞ぎながら、なぜかふと気になって
トイレの入口の方に目を向けました

すると……

いる!


咄嗟にそう思いました
ヤツは入口から中を覗き込んでいました
友達が出てくるのを待ち構えているのです

トイレの建物の出入り口はひとつしかありません
それは、ここを出るにはヤツと対面するしかないということを意味していました

どうしよう……

入るときには生理的欲求の後押しがありました
が、今は落ち着いた素の自分です

このままここで朝が来るのを待とうか、とも
思いました
でもこうしていたら、今にもヤツが入ってきそうで気が気ではありません

……仕方がない……
友達は、腹をくくりました

入ってきたときと同じくらい、猛ダッシュで
駆け抜けてしまおうと思ったのです

「どうなるかわからなかったけど、もうとにかくどうしてもそこから逃げ出したかったんだ」

友達は言いました

生まれてこのかた出したこともない、最大限の
勇気を振り絞って、彼は出入り口に向かって
走りました

すると予想通り、ヤツは出入り口のところに
こちらにまっすぐ向いて待ち受けていて

友達が走り抜けるとき、吸い寄せられるように
正面から近づいてきました

「『うわっ!!』って、声をあげちゃったよ」
友達は遠くを見るような目つきになって言いました

「……なあ、体験したことある? 
っつか、想像出来る?
幽霊に体の中を通り抜けられる瞬間」

出入り口を出た瞬間、幽霊が近づいてきて、
彼の体を通過したというのです

それはとてもおぞましい体験だった、と彼は言いました

「同じ体験した人ってどれぐらいいるんだろうな、最初はあんまり真っ正面から来たもんでビックリしたっていうのが正直なところだけど」

「こう~……何ていうのかな、半透明の人間の形をした〝もや〟のようなものがワッて来て去って行く感じ」

通り抜けていく瞬間は、衝撃が走るくらい冷たくて、〝ゾワゾワした〟そうです

自分の体のどこか、でなければ魂の一部か、
とにかく何かしらを持っていかれそうな感覚がした、
と彼は語りました

そのまま勢いを止めず走り抜け、何とか車まで辿り着きました
後ろを振り返って見ても、〝ヤツ〟が追いかけてくる様子はありませんでした

友達はそのままエンジンをかけ、大急ぎでその道の駅を後にしました

「やっぱりさあ……、何も下調べせんで行ったのが悪かったんだよなあ……」
友達は言いました

というのも、気になって後でネットで調べてみたところ、
その道の駅は数々の心霊目撃情報で
有名なところだったそうです

噂の範疇を出ないものの、大昔は墓地だったとか、植え込みにしゃがみこんでこちらを覗く少女の霊が出るとか、長い髪に白い服の女の人がどこまでもついて来るとかいった、
よくある話ではありますが
そのテの情報がてんこ盛りに寄せられていました

「……でも、俺が遭ったのは、
男の霊だったんだよなあ……」
友達は言いました

しかも体の中を通り抜けられた、と、
彼はそのことをしきりに気にしていました

「その後、何か変わったことは無かったの?」
と私が聞くと、特に何も無いとのことでした

「ちょっと疲れやすくなった、っていうぐらいかなあ……
でもまあ、そんなのよくあることだから
別に気にしてないんだけどな」

と彼は言いました

別れ際に、私は何とも気まずい気持ちになりました

というのも、実は最初から気になっていたのですが、彼は前に会ったときより格段に痩せており、顔色もかんばしくありませんでした

そして何より

彼の顔が、以前と全く違って見えるような気がしたのです

そう、まるで別人なのではないかというくらいに……


あれ以来、私の頭の中でひとつの考えが
ぐるぐる渦巻いています

恐怖からだったとはいえ、
「霊にマウントを取った」と彼は言いました

そのことが霊を刺激し、
「生きた肉体が欲しい」と思わせてしまった
……ということはないだろうか

あの瞬間、霊は彼の体を通り抜けたのではなく、

彼の中に〝入った〟のではないだろうか と……

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