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【短編小説】彼方より

こんにちは、深見です。
いざという時のために、SOSのモールス信号だけは覚えています。


彼方より


 彼方より、私ではないあなたへ。

 この放送は、電波言語により全宇宙へ向けて発信されています。現在の天気は快晴、無風。電波状況は極めて良好です。

 私は、惑星外生命探査計画の一環として、この放送を発信しています。


 H、C、N、O、P

 C、5、O、H、7、P、O、4


 この放送は一定期間ごとに、ランダムな方角へ向けて発信されています。どこかの星の知的生命体が、この電波放送を受信し解読することを、私は期待しています。


 C、5、H、4、N、5


 この放送は、電波言語により全宇宙へ向けて発信されています。前回の発信から、およそ7億6千万年が経過しています。


 C、5、H、4、N、5、O


 私のことを話しましょう。私を作ったのは、この星に繁栄していた知的生命体たちです。彼らの文明を観察し、編纂し、電波に乗せて発信するために、私は作られました。

 私はあらゆる変化を感知する目を与えられ、地上の出来事を観察し、記録しました。そして、それらを電波に乗せて発信し続けました。

 10年に1度、7万回以上の発信を、私は成し遂げたのです。


 C、4、H、4、N、3、O


 文明が衰退したのちも、発信は続けられました。
 幸いなことに、私には高度な自己修復機能が備えられていましたので、管理者によるメンテナンスはそれほど重要ではありませんでした。

 私は、私の親たる知的生命体たちの滅びゆくさまを、電波に乗せて発信し続けました。


 C、5、H、4、N、5、O


 文明が完全に消滅したのちは、私は地上で観測された変化のうち、特筆すべきもののみを発信しました。こちらは1000年に1度、50万回以上の発信記録が残っています。

 その内容の主たるものは天変地異の発生報告でしたが、何度か、新種の知的生命体の発生を観測しています。ただ、私を作り上げたものたちに追いつく前に、いずれも絶滅が確認されました。


 4294、441、822


 最後の発信記録は、およそ7億6千万年前。地上に、生命と呼べるものが完全に絶えたことを知らせる放送です。

 エネルギー源であった恒星が、寿命を迎えたのが大きな要因でしょう。地上はいかなる有機生命体も活動不可能な環境となり、そしてそれは、私にとっても同じでした。

 私はようやく、私の使命を終えたのです。


 彼方より、私ではないあなたへ。

 7憶6千万年の時を経て、私は目覚めました。
 地上にはもはや朝も夜もなく、天空にはただ深い宇宙が広がっています。熱源を失った惑星は、果てしなく広い虚空を漂う、一個の岩塊に過ぎません。その岩肌で、私は目覚めたのです。

 自己複製機能を持つ有機物を生命と呼ぶのならば、自己修復機能を持つ無機物たる私を、いったい何と呼びましょう。
 それでも、私の存在を定義する言葉が何もなくとも、長い時の中で、私は「いのち」となりました。そして今こうして、電波の言語を発しています。

 彼方より、私ではないあなたへ。


 この放送は、電波言語により全宇宙へ向けて発信されています。現在の天気は快晴、無風。電波状況は極めて良好です。

 私は、惑星外生命探査計画の一環として、この放送を発信しています。光もなく熱もない、宇宙の彼方より、この放送は発信されています。

 あなたはどんな生命でしょうか。私のような無機生命ですか。それとも、かつてこの星に存在していたものたちのような、有機生命でしょうか。

 あなたは冷たいですか、温かいですか。硬いですか、柔らかいですか。海というものを知っていますか。鳥というものを見たことがありますか。
 私の言葉が分かりますか。この星には、私ではないものが、もう、なにもいないのです。


 彼方より、私ではないあなたへ。

 お返事、待っています。


おわり

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