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兼業小説家志望(仮題)4 コラボ小説


第一話(ほこb)   第二話(sanngoさん)   第三話(理生さん)


兼業小説家志望(仮題)4   【
2644字

日曜日、社内の軟式野球大会には、よく知った仲間がラフな顔を並べていた。
亀井のいる営業企画課チームはそこそこ強いという評価だったが、二回戦の今日の相手は社内最強と噂される第一営業課。そこに吉井はいる。ヤツは入社時からあちらのチームに所属していた。なんでも今の営業部長が第一営業課長だった私たちの入社時に、どうしてもと引き抜いたらしい。ヤツはなんでもできる男だ。
 
そもそもこんなことしている場合じゃない。熱中症を運んできそうな風のない青空に、亀井はタマシイを吸い込まれそうな渦巻を見た気がした。
 
「悪しからず」の続編の筆は思うように進まなかった。亀井にはあの時の勢いが欠けていた。キーをタップしては、バックスペースで舞い戻る。そして空が明るくなったころ、全選択して削除してしまっていた。
続編を早く出さなければ、読者はそんな小説があったことさえ忘れてしまう。流れは考える以上に速いことを亀井は身を以て感じていた。この空のように雲ひとつ残りはしないのだ。
 
守備位置のサードからはベンチも、その上の応援スタンドもよく見渡せる。
スタンドに恵理子さんの姿があった。社内の野球大会なのだから、来ていて何の不思議もないのだが、紫外線を気にする発言を聞いた覚えのある亀井はなんとなく違和感を感じた。
隣にいるサングラスの男。あいつはまさか彼氏?そんな思いが過ったばっかりに、野球への気持ちが削がれた。
三塁線を抜けるヒットを許し、続くバッターに三遊間を破られた。
バッターボックスには宿敵吉井。三塁塁上にいるランナーに張り付く。
投球と同時にマズいと感じて二塁方向に飛び出したが間に合わなかった。目の前を抜けたボールを空しくレフトに見送った。
ふと目をやったスタンドで、恵理子さんが立ち上がって手を叩いているのが見えた。隣のサングラスも手を叩いていた。
「なんなんだ。どういうことだ」たとえ吉井だとしても相手チームに拍手を贈るなんて。
何もかもがチグハグだ。
亀井は空になった三塁ペースを蹴った。
 
一塁の吉井を見て、二塁ランナーを見た。ヤバい!奴は三盗を狙っている。ダブルスチールだな。
「タイム」声を張り上げた亀井はマウンドに駆け寄って、バッテリーに向かってホームの方を指差して見せた。
「二塁ランナー気にしとけ」

プレイボールからの二球目、二塁ランナーが走り出すと同時に三塁ペースに立った。軽くタッチアウト。すぐにセカンドに送球。吉井を一塁に釘付けにした。
「よし」
拍手喝采の中、軽くグラブを挙げた。恵理子さんも拍手してくれたのが亀井はうれしかった。
 
バッティングはさっぱりで、結局3点差で負けた。
これで今シーズンの草野球も終わりだ。と、なんとなく胸を撫で下ろした。
恵理子さんが労いに来てくれるものと思っていたが、スタンドにはもうその姿はなかった。
一方、隣にいたサングラスがバックネット裏に移動していたのに亀井は気づかなかった。
 
グランド整備は負けたチームの役目。亀井はノーヒットの引け目もあって、内野の整備を買って出た。
*トンボを手に、三塁ファウルグランドから抜け目のないように引いていく。

道具を片付けたときにはもう人影もまばら。しゃがみ込んでバッグにグラブを突っ込む亀井の後ろに男が近づいていた。
 
ふいに肩を叩かれ振り向くと、サングラスの男。
「ちょっと時間いただけるかなぁ」
サングラスは見た目よりもはるかに高い声をしていた。
「今ですか?」
「ああ、なるべく今。喫茶店に行きましょう」
「忙しいんですよ」
「殺されますよ」
「え?・・・あはははは。何言ってんですか」
「冗談でこんなことは言いません」
 
サングラスが名刺を差し出した。

現代討論社 編集部次長 渡邊晃一郎

「政治経済誌の記者さんがなぜ?」
「詳しいことは車の中で話します」
 
黒のLEXUSの前で躊躇した。
「あの、すみません。あなたは本当に記者さんですか?間違いなく」
渡邊氏はそれには応えず、スマホを操作した。
「我が社が出ますから、名刺の名前を呼び出してみてください」
呼び出し音に続いて、女性の声。
「編集部の渡邊次長さん、お願いします」
少しガヤガヤした空気の電話口から、取材中との返事を聞いた。
「すみません。疑ったりして」
「それくらいの用心深さは必要です」
 
車が動き出すとすぐに渡邊は口を開いた。
「悪しからず、読ませていただきました。取材はどちらで?」
「あ、ありがとうございます。取材なんて一切。すべて想像の産物です」
「あのダム建設の汚職のくだりも?」
「はい、全部。私、これでもイッパシのサラリーマンですから、取材なんてできませんよ。どうかしましたか」
「ビンゴ」
「え!ビンゴ?」
「あの汚職の手口はそのまんま事実だと思われます」
「ま、まさか。あんな・・・一家を殺したっていうのも?」
「はい。すべて。側でご覧になっていたとしか思えない。私の取材ノートそのまんまです」
背中に粘り気のある汗が滲み出たような感覚があって、亀井は背中を高級シートに擦りつけた。
「ヤバいっすね」
「ヤバいです。身辺、気をつけてください」
「って私、どうすればいいんでしょう」
「誰かと一緒にいることじゃないかな。それから今後、それには触れないこと」
「触れない?そんなんじゃ続きが書けないっすよ」
「んじゃ書かないことだ」
目の動きはわからないが、渡邊氏は平然と言う。
「なんならうちで働いてくれてもいいぞ。小説を書く暇なんてなくなるけどね。松本清張だって伊集院静だって元はジャーナリストだったんだ。どうってことない」
「このまま続きを書き進めて、殺される確率は?」
「70%」
「え?確実に傘を持っていく確率」
「ただし、ターゲットが起訴されるまでの確率だ。それ以降は気にしなくていい」
「ターゲットって・・・大臣」
「そうです。田中角栄以来かなぁ。あの時は彼の運転手を始め、何人亡くなったんだったか」
「そんなビビらせるようなこと言わないでくださいよ」
「いっそ私たちに協力しないか。疑獄事件は命懸けだがおもしろいぞ」
「へ?私みたいなへなちょこには無理ですよ」
「じゃあ協力を頼むよ。君に近づく者があれば写真を撮ってくれ」
「それくらいなら」
 
いつの間にか、車は自宅前に停まっていた。
渡邊氏から赤外線付小型高性能カメラを受け取り、車を降りた。
恵理子さんのことを訊くのを忘れていた、と亀井は渡邊のLEXUSのテイルライトを見送りながら悔やんだ。
この時は、これが生きた渡邊氏を見る最後になるとは思ってもみなかった。
とにかく今は小説どころではない。
    つづく

*トンボ・・・グランドをならす道具。大きいトンボの形をしているためそう呼ばれる

sanngoさんゆうーっくりお願いします<(_ _)>


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