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兼業小説家志望(仮題)3 コラボ小説

「伊香田本部長、通電です」
女性のオペレーターは、受話器を置いて後ろにいる男に向いて言った。
前かがみに椅子に座る本部長と呼ばれる男はオペレーターの声に目をやり、無言でうなずくと、近くにある黒い受信機を取った。
「…はい、はい」と何度か、相手に応答をして、黒い受信機を置いた。

「大臣か?何事かね?」
少し白髪の混じった細身の中年男性は背筋をピンと立て、後ろに手を組みながら、背後から現れた。そして、伊香田本部長と呼ばれる男に問いかけた。

「機密が漏れているとのお叱りだ」
伊香田は目の前で自分の指を組みながら、視線を前から動かさずに答えた。
「例の投稿か…?」
白髪の中年男性は、本部長と呼ばれる男の席に歩み寄る。

「そうだ」と、伊香田は、簡潔に答えた。
「我が国の国家機密だ。いったいどこで漏れたというのだ。知っているか、伊香田。投稿されたタイトルを」
「『悪しからず』…」
伊香田は視線も動かさず、微動だにせず答えた。

「これは我々に対する宣戦布告かな」
「焦るな上月。まだあれは未完成のようだ。情報が完全に漏れたと決まったわけじゃあない。真偽を見定めるための手はすでに打ってある」
白髪の中年男性 ー 上月は、一瞬、驚いた表情を見せた。
「…あいつを使うのか?」
「ああ、奴しか適任はおらん」
「しかしだな、伊香田」
上月は、後ろに組んだ手を前に広げて、抗議の姿勢を取った。

伊香田は組んでいた手を離して、くるくると自分の目の前の空中に渦巻を描いた。
「決めたことだ、いまさらどうにもならん。奴はすでに投稿者の目星をつけて、近寄っている頃さ」
上月は天を仰ぎ「どうなってもしらんぞ」と注意を促した。
伊香田は、また指を組み視線を前から変えなかったが、少し口角をあげたかのようにみえた。


「今日も、夜会える?」
女は茶色の掛け布団を羽織って、ベッドから起き上がり、男に近寄りながら言った。
「今夜は、遅くなりそうだな」
男は鏡に向かってネクタイを締めながら、女に返答した。
「ふーん、私より彼を取るのね」
女は男の背中にピタリとくっついて、じゃれてみせた。
「今日は休みを取っているんだろう。遅くてもいいじゃないか、ここに帰ってくるよ」
「ま、将来有望だから、付き合いも仕方ないわね。私は友達と買い物でも行こうかな、未来の係長さん」
男はくるりと後ろに振り向いて、女の髪に触れ、そして唇に軽くキスをした。
「すまない。じゃあ、行ってくるよ、恵理子」
吉井は、マンションの部屋から外に出て会社へと向かった。

「おはよう、吉井」
吉井は、機嫌が良さそうな男に背後から声を掛けらた。
振り向くと、アルコールの匂いが漂っていた。
「亀井、昨日は飲み過ぎたのか」
亀井は頭を少し掻いてにこっと笑ったのを見て、吉井は理解した。
「ああ、真理ちゃんの店に行ってたのか。元気だったか真理ちゃん」
「楽しかったぜ。お前も来ればよかったのに」
そう言って、亀井は吉井を追い越して会社に向かっていった。
なんだか、楽しそうだな、あいつ…
吉井は、亀井の後を追いかけるように、足を動かした。

「吉井、この案件の進捗状況はどうなっている?」
今日も課長に呼ばれた。
「本案件は、亀井が担当していますね。状況を確認しますので、少々お時間いただけますでしょうか」
「分かった。後で報告してくれ」
吉井は心の中で、課長が直接聞けばいいのではないかとも思うのだが、内実ともに係長になるということを示そうとしているのではないか。そのように納得して、吉井は亀井のデスクに向かった。

「亀井、先日やっていたこの案件はどうなっている」
亀井はパソコンに向かいながら、珍しく手を動かしている。
「その案件は、さっき先方から承認をもらったから、明日内示されるよ」
キーボードを叩く手を止めずに、亀井は即座に答えた。
普段であれば、案件の内容すら覚えておらず、「ちょっと待ってくれ」という言葉が返ってくるのを期待していたのだが。
「仕事が早いな。分かった、ありがとう」
そう言って立ち去ろうとした時、亀井が声をかけてきた。
「今日、恵理子さん、休みかな?」
「そうだな、見てないな」と、吉井は白々しく答えた。
「そうか、恵理子さんの匂いがしたような気がしたんだけどなぁ」
忘れていた。亀井は匂いフェチだったことを。
吉井は気づかれないように、少しずつ亀井のデスクから後ずさりつつ
「もしかしたら、体調悪くて帰ったのかもな」
そう言い残して、課長のもとに報告をするため戻った。

亀井が恵理子のことを前から好いていることは知っていた。
しかし、ある業務がキッカケで恵理子とオレの仲は急激に近くなった。
というより、恵理子がオレにアプローチをしてきた。
そのことを亀井に相談しようとも一時期は思ったのだが、社内で変な噂を立てられたら昇進の足枷となる。
あいつには悪いが、黙って関係を持つことになってしまった。

決して、亀井のことが嫌いなわけじゃないし、信頼していないわけでもない。同期で一緒に入った亀井は、どこか抜けていて憎めない奴だ。オレが出世すれば、いずれあいつもいいポジションに就けてやりたい。

ただ、その前に、恵理子との関係を言わないといけない時が来るだろう。
しかし、あいつには行きつけの真理ちゃんの店がある。
一度だけ亀井に連れられて行ったが、なかなかにいい女だった。

吉井は、課長との報告を済ませ、自席に戻り思念していた。
自責の念に駆られたのか、思い立って、亀井のデスクに向かった。
「亀井、昨日はすまなかったな。今日、行くか?」
吉井は手首を上に2、3回あげて、飲む動作をした。
亀井は少し考えた素振りを見せて、返答した。
「わりぃ。ちょっとやることがあって忙しいんだ」
「そうか。何か習い事でも始めたのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが、家に帰ってやりたいことがあるんだ、悪しからず」
先に断ったのは、吉井だったため、それ以上誘うことはやめた。

そういや亀井は、何か物書きの類をやっていたようなことを吉井はふと思い出したが、そんなことで飲みを断ることも無い。
何か他に楽しいことでも見つけたんだろう、そう結論付けた。

そうであれば、恵理子の元に帰ろう。
吉井は、スマホで恵理子にメッセージを打った。
「予定がなくなったから、仕事終わったら今夜も会いに行くよ」
すぐに、恵理子からメッセージが返ってきた通知が来る。
恵理子のアイコンは、ゴッホの「星月夜」のイラストだった。

(2582字)

sanngoさん、あんまり真理ちゃんのお店出せませんでした(泣)
歩行者bさん、かなり詰込み過ぎたかもしれません…
変なところとかありましたら、教えてください!!
宜しくお願いいたします。


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