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兼業小説家志望1 コラボ小説

  ごあいさつ
このたび、sanngo女史、理生(りお)氏そしてわたくし、ほこbの三人で一編の小説を書くという試みをいたします。それぞれの特色が出るおもしろいものが出来上がると信じて疑いません。
みなさまもどうか、生温かい目で見てやってください。
三人共著という点につきまして規約上問題がなければ、理生氏に代表していただいて創作大賞に応募しようと考えています。



兼業小説家志望(仮題)   【2671字】

亀井歩は目に映る映像をぼんやり見つめていた。焦点が合わないのは寝不足のせいなのか、それとも飲み過ぎか、もうそんな区別はとうにつかなくなっていた。
 
眼裏(まなうら)に映る薄ぼんやりとした天井の木目模様は創造の端緒だと日ごろから思っている。
道理で亀井の書くものには渦巻や木目がよく登場する。それは心の有り様(よう)とリンクして、遠い昔からはるか未来まで亀井を連れ回す。毎晩、そのスマホの中に溺れていた。
 
ベッドから重い上半身をやっとの思いで起こして時計を見た。
「ヤバい」
思わず口から漏れるが、これももう習慣だ。
ダッシュで洗面台に向かい、顔を洗った勢いで髪を掻き上げ、歯ブラシを口に突っ込む。
小刻みに手を震わせながら見る鏡が一日に唯一確認する己の姿だった。
「浮腫んでんぞ、おまえ」
昨日脱いだままのスーツに速攻で包まって、玄関を飛び出すまで10分とかからない。
 
会社ではシュッとした顔を心がける。シュッとした気持ちはシュッとした外見を作り上げると信じている。
 
亀井の妄想の指が恵理子さんのつややかな髪に手櫛を通す。「綺麗な髪だね」と言ってみたりする。
しかし零れる眼差しが亀井に向けられることは滅多にない。意志の強い鼻筋から胸元へと視線をやる。制服がよく似合っている。彼女のお陰で亀井は会社に来られる。そんな気さえしていた。
そんな僅かな楽しみさえ、お局の目に留まらぬうちに視線を他所に流さねばならない。
 
同期の吉井が課長のデスクの前で、ヘコヘコ頭を下げている。
「なにかやらかしたか?あいつ」と誰かが言った。
振り向いた吉井の顔に笑みが見え、右手で軽いガッツポーズ。
 
「おい、何があった」
吉井はデスクから満面の笑みを亀井に向けた。
「何なんだよ」
「昇進の打診」
「え!係長か」
吉井は笑みを湛えたまま軽く頷いてみせた。同期の吉井に軽く追い抜かれた。
「今日、祝杯、どうだ?」
「わりぃ。先約があるんだ」
先約。今告げられた昇進に?それとも元々約束があったのか。
「いつでもいいよ、祝杯は。同期の出世頭を祝わせてくれ」
「お前とは正式に上司と部下になってからな。まだどっちに転ぶかわからないし」
「打診があったらそれは確定って意味だ」
「正式に辞令もらったら」
「ああ、わかった。待ってるよ」
 
ヤツには彼女がいる。しかしそれを告げなきゃならない謂れはない。
吉井はライバルだったのか、と亀井は入社時の時を思い起こした。「楽しくやろうや」とヤツは言った。
「楽しくやってるのはおまえだけだったか」ヤツは仕事ができる。そうは思っていたが、こうもあからさまに差を見せつけられると「忸怩たる思い」というやつが湧いてこないでもなかった。
ヤツはライバルなのか?亀井の胸に残渣のようなものが残った。
 
何も手がつかずに迎えた昼。
社食に並んだ列から亀井の前の二人が脱落した。そして目の前に現れたのは恵理子さんの天使と見まごう髪だった。亀井は嗅覚に能力のすべてを注ぎ込む。しかし無情にも食堂の匂いにかき消され、彼女の髪の一片の匂い分子をもキャッチすることができなかった。
千載一遇。こんな機会を与えていただいたことを、さっきの二人組に感謝したいと思った。それとも信じてもいない神か。
彼女は巨視においても、また顕微鏡的視点に照らしてもうつくしい。亀井はこれで論文が書けるとさえ思った。
 
昼はカレーかうどん。今日はカレーにした。
 
いつもながら何を話し合っているのかわからない会議と報告書で業務は終了。
最後に恵理子さんのお尻を拝見して眼底にプリントする。毎日繰り返されるこのルーティンの中に、ちょっとした齟齬を発見する楽しみ。
今日はちょっとブラウスがスカートからはみ出していて、ごわごわとした星雲にも似た造形を作っていたのを亀井は見逃さなかった。
 
帰路、満員電車に揺られヘロヘロになった挙句、駅前のコンビニで缶ビールを2本買った。
日曜日にスーパーに行った時、あまり飲んだらダメだからと買うのを自重したのは何だったのか。滑稽というのはこういうことを言うのだ。自演コントにだらしなく頬が緩んだ。
「それも2本も買っちまって。コンビニは高いんだぜ」
すべてが空回りしていた。
 
今日も無為な一日が消えていく。ビールがボロボロの体によく吸い込む。
考えてみれば吉井の昇進はごく当たり前の人事だ。それに異を唱えるのは嫉妬以外にないのではないか。
ビールに渦巻く頭の方が世の中を的確に捉えていた。
 
風呂から上がるとすぐにスマホを握り、それに思いの丈を吐き出した。恵理子さんに告って、こっ酷く足蹴にされる。そんな想像を書き綴った。負の思考は負の回転しか生まない。さらにビールを煽る。
こんな時にはビールは必須だ。今度スーパーに行ったら、迷うことなく一箱買ってくる、と未だ知らぬ神に固く誓った。
 
翌朝ぼんやり目を開けると、木目がいつもよりのたうって見えた。
亀井がむくりと体を起こすと、時計はいつもより5分早いと告げた。朝の5分の使い道は何げに多い。数ある選択肢から何をしようかと迷ううちに時間は過ぎてゆく。
 
さらに鏡は最悪の警鐘を鳴らしていたが、そんなことに構うほどの暇はない。とにかくシャツとネクタイを新しいものに替えて、駅に向かった。

少々家賃は高かったが、駅前のマンションにしておいてよかった。会社からの家賃補助のお陰で住居費の負担は軽く済んでいる。さらに独身男、彼女なしではそれほど出費することもない。せいぜい酒代か、外で酔っぱらった時のタクシー代だ。
 
いつもの満員電車でスマホを開いた。snsのマイページを開くと恐ろしいことになっていた。見たことのない画面。バグったのか。
 
亀井は投稿記事を見て驚愕した。昨夜知らないうちに上げてしまったらしい短編「悪しからず」の「いいね」が止まらない。見ている間にどんどん数字が増えていくのに怯えさえ感じた。心臓の鼓動もそのスピードに同調する。
 
「ヤバい。どうなっちまったんだ」図らずもそう口から溢れた。
 
それからは満員電車に苦痛を感じなかった。会社への道のりが花畑だった。
亀井の頭の中はアドレナリンの海に浸されていた。
 
一日中スマホの画面にニヤついて過ごした。もしかして、もしかするんじゃないのか。
亀井はその日、果たしてどんな仕事をしたのか、今日の恵理子さんはどんな髪型だったのかも定かではなかった。
所詮snsの気まぐれ。そんな風に思いたい。しかしコメントの絶賛の嵐を読むと、そんな自重は自嘲だと思えてしまう。
亀井は「もしかしたら、これでやっていけるかもしれない」と、確信めいたものを感じていた。
     つづく


sanngoさん、次をお願いします ゆっくりでいいですよ!


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