見出し画像

兼業小説家志望(仮題)2 コラボ小説



遅い朝、ピッピッピッと鳴り響くスマホの音にいつものように長い髪をくしゃくしゃにして工藤 真理子は目を覚ました。

いつものように?
違う。

真理子はスマホの目覚ましのアラームをセットする習慣を持たない。
「何?何だか、けたたましい朝ね…」
一応、気には止めてみたが、朝のルーティンを崩す程ではなかった。シングルベッドに二つ並べて置いてある使っていない方の白い枕にそっと手を置く。

「おはよう」

随分と前に旅立って、時の止まった夫にその日一日のおまじないのように声を掛けた。それが、優しくて貞淑な妻だった頃の彼女の唯一の名残なのかもしれない。今の真理子は仕事に出れば、社会に揉まれて疲れて帰って来る男達の「愚痴の清掃婦」だ。スナックのママなんて肩書きよりも「愚痴の清掃婦」って呼び名を真理子は心の中で楽しんでいた。

「辛い」「苦しい」「疲れた」「辞める」…

真理子の店は社会の吹きだめのような場所では決してない。むしろ一流と呼ばれるような会社の社員やそこそこの自営主、医師や弁護士、司法書士……等が集まる社交の場だ。そんな彼等でも愚痴と言うゴミを真理子に向かって吐き出す。
それを笑顔でまぁ~るく包んで受け止めて掃除機のように吸い込むのが自分の仕事だと真理子は自負していた。
店に入って来る時には下を向いていた男達も出て行く時は、ほんの少しだけ軽くなった心で顔を上げて去って行くように見えた。
真理子は仕事を終えて家に帰るとその重いゴミをマンションのダスターシュートにポイッと投げ捨てて手を振る。
「バイバ〜イ」
ハイヒールの足元がどんなにふらついていても、その日課の儀式だけは欠かさなかった。
希望なんて大層な輝く尊い物は与えられないが、絶望の淵に立っている人に手を差し伸べる事はできるかもしれない。
でも自分一人で抱え込むのは重過ぎるから、毎日真理子はこうして捨てて軽くする。明日のゴミを拾い集める為のキャパシティを作る為に。

ピピピッ
それにしてもうるさいわね。何かしら?

昨夜のアルコールで少し痛むこめかみを押さえて、ベッドから起き上がるとひんやりとしたフローリングの床が素足に心地良かった。この床も真理子がこのマンションの購入を決めた理由の一つだった。夫が亡くなった際に支払われた生命保険を頭金に真理子は無理をして、この家を手に入れた。新しい人生の再出発は新しい環境でと決めていた。
不動産屋に紹介された物件の中で、駅には少し遠いがセキュリティがしっかりしていて、樹の感触を感じられるちょっと予算オーバーなこの部屋を選んだ。

ピッピッピッ…
スマホはまだ鳴っている。

女性らしいカバーが掛けられたそれを手に取った。
「何?このDMの量!」
仕事柄、普段からDMはよく送られて来るが、今朝の量は半端ではなかった。
最初に店の女の子からのラインを開くと

『ママ!大変、大変!常連の亀ちゃんが大変なことになってる!』

亀ちゃん?
ああ、小説家志望のサラリーマンの亀井さんね。あの人、確か同期の吉川さんって人と次の人事で上のポジション争いをしてるってボヤいてたけど、何かあったのかしら?
えっと、それから…
あら、亀井さん本人からも…

『真理ちゃん 俺 今興奮してます!スゲーことになったかも!とにかく今夜行きます』

何なの?いったい?
送られてくるDMの殆どが『亀井』の文字で賑わっていた。いや、違う!

『悪しからず最高!』
『悪しからず 書いたのってママの店の常連さんだよね?』

意思の疎通をはかる為の手段のはずなのに…
DMが益々、真理子の頭を混乱させた。
見た目の年齢差より最近は言葉や文化で歳を感じてしまうなと思った。でも当の亀井とは5歳とは離れていない筈なのに。

まあ、いいわ。
どうせ今夜、亀井さん本人が来て事情が分かるんだから。

真理子はキッチンに行ってデコレーションを施した長い爪を器用に操りアイスコーヒーのポーションを開けた。ホットならコーヒーメーカーで落とすが、アイスなら、この方が合理的で美味しいと思っている。
冷蔵庫で冷やしてあるグラスに更に沢山のクラッシュアイスを詰めてミネラルウォーターを注くと、お気に入りのアイスコーヒーが出来上がった。

リビングルームにスマホとアイスコーヒーを持って移動する。このリビングには前衛芸術家が描いた「渦巻き」の数々のリトグラフが飾ってある。ゴッホの「星月夜」を観てから、真理子は渦巻きの絵に郷愁にも似た想いを抱く自分の一面に驚いた。それから「渦巻き」の絵を収集し始めた。

そう言えば…
亀井さん、渦巻きと木が好きだって酔って私に話したことがあったっけ。
あれから私達、意気投合して急速に仲良くなったのよね。

真理子はアイスコーヒーを飲み干すと浴槽を洗ってお湯を張った。
今日は何かが起こるかもしれない。
多分、それは今までのような負の出来事の聞き役に回るのではなくて、とてつもなく面白い事が待っているかも…
放り投げたフラン・フランの入浴剤が、くるくると浴槽の湯の中で渦を描いた。

夜になって真理子が店に出勤するとボーイの早川が掃除の手を止めて話し掛けてきた。

「おはようございます、ママ読みましたか?」

普段は無口な早川が自分から話し掛けてくるのは珍しい。
「おはよう、早川ちゃん。読むって何を?」
「えー?!だから、ライン送ったじゃないですか、悪しからず!」

また、「悪しからず」か。

「何なの?その悪しからずって?」
「だから、小説っすよ。亀井さんが書いて投稿した…」

真理子も勿論『悪しからず』が小説ではないか、くらいの見当は付いていた。でも真理子は「小説」とは文芸賞を受賞したり、紙の本になって初めて「小説」と呼べる物なのだと言う頑なな考え方に未だに固執していた。
それだけ真理子の「小説」への思い入れには強いものがあった。

「後で読むから、悪しからず。さぁ、早川ちゃん開店よ」

8時半を回った頃、一軒目の店で腹拵えでもして来たのだろう。噂の張本人の亀井が現れた。
カウンターに腰掛けるなり、
「真理ちゃん、俺さ、今日スゲー事が起きた」
おしぼりで喜びが隠せない紅潮した顔を拭きながら
「山崎をハイボールで、いや、ロックで」
普段よりも格段に高い酒を注文した。
「知ってますよ、亀井さん」
無口なはずの早川が、山崎のボトルからダブルの分量を量りながら口を挟んだ。
カウンターで他のお客様の相手をしていたサユリも
「読みましたよ、悪しからず!すっごく面白かった。亀ちゃん天才だわ~」
声を掛ける。
「どうぞ」
早川がコースターの上に山崎のロックグラスを置いた。それを一気に飲み干すと亀井は、真理子の眼をまっすぐに見つめて言った。
「俺さ、嬉しいんだけど、悩んでるんだよね…」
「書きなさいよ」
「えっ?」
空になったグラスの氷を人差し指で、くるくるとかき混ぜながら、亀井はもう一度真理子に言った。
「俺、書いていいのかな?才能あるのかな?ってさ」
「いいから、書いて、書いて欲しいの」
「真理ちゃん?」
「小説は私の夢だから」
長い夜が始まろうとしていた。いや、二人にとっては朝焼けを待つ短い時間なのか。
亀井がかき混ぜた氷が、溶けた水と一緒にカラカラと音を立てて渦を描いた。
(2892字)



歩行者bさん、全部拾えなかったかも(泣)
続きは理生さん、お願いしますm(__)m
ゆっくりでいいからね♡


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?