面影に会いに (t)
ひたすら前へ。
目の前の道を、屹立したこの壁を、決めたからには足を出す。
全身に滾る汗が体力を削っていく。
私は垂直の壁を這う虫だ。
虫は虫らしく、一歩ずつ確かに。
この先がどれだけのものかも知らず、虫はこの灰色の壁に取り付いた。
限られた水は、口を経てすぐに体から昇華する。
まだ夏は始まったばかりだというのに。
この陽射しの、この試練の意味がわからない。
世の中には、ゆっくりのんびり行く道もあれば、車で行く道もあるというのに。
私の世界は、前方5mに限られた。
あまり毒づいたからか間もなく視界は開けたが、もはや限界か。
ほんの小さな石くれにさえ足をとられる。
GPSの精度を上げると、大岩の傍が目的地とわかった。
膝が折れ、全身が脱力した。
ここ、私のたいせつな人の場所に、あなたらしい白いキタダケソウが咲いていた。
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