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映画『アメリカン・ユートピア』感想 音楽で提示する人間の進化と理想郷


 音楽ファンのみならず、演劇などの舞台芸術が好きな方は、何かしらの衝撃を受ける作品。映画『アメリカン・ユートピア』感想です。

 2018年に発表されたデヴィッド・バーンのアルバム『アメリカン・ユートピア』。そのワールドツアーを経た後、翌年に行われたブロードウェイでの公演が大きな評価を得ていた。マーチングバンド形式で、バーン自身と11人のミュージシャンが、フォーメーションのダンスを繰り広げつつ、一糸乱れぬ生演奏で楽曲を奏でるライブは、観る者を圧倒的な感動に導いていく。
 このステージを、鬼才スパイク・リー監督が映像化することで、メッセージ性も含めて完璧な映画作品として完成。新たなライブドキュメンタリーの名作映画が誕生した。

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 トーキング・ヘッズのフロントマンとして知られるデヴィッド・バーンは、80年代のレジェンドミュージシャンの一人。個人的にはトーキング・ヘッズのリアルタイム世代でもないので、『リメイン・イン・ライト』を勉強のために購入した程度でした。
 ただ、その後の、ブライアン・イーノと共作したソロアルバムや、セイント・ヴィンセントとの共作アルバムは好きでよく愛聴したし、今作の基となったアルバム『アメリカン・ユートピア』もかなりお気に入りの作品です。
 ただ、この映画作品を観たことで、自分はデヴィッド・バーンの事を微塵も理解していなかったと思い知る結果となりました。

 今作は、ライブのドキュメンタリー映画とはいっても、ミュージシャンのインタビューや、ライブの裏側のオフショットなどは全くなく、ほぼステージ上のライブをそのまま映像に落とし込んだ作品となっています。そして、そのライブそのものが、デヴィッド・バーンの思考を、最もダイレクトに、且つわかりやすくした表現になっていると思うんですよね。

 バーンが歌う歌詞はもちろん、曲間のMCでの喋りもきちんと字幕で表示されるんですけど、これが楽曲のメッセージ性と繋がっていて、曲の解説にもなっているし、バーンの思想を表現した言葉にもなっているし、社会に対するオピニオンでもあるし、それでいてユーモア溢れるエッセイでもあるんですよね。ステージ上のパフォーマンスが、フォーメーションや振付などで完璧に構成されているのと同じく、この言葉の数々も、ステージを構成する欠かせないパーツになっています。
 活動再開以降の小沢健二のライブを想起させるものがありました。ライブ盤の『我ら、時』に収録されていたモノローグ朗読に近いものがあります。実際、バーンがこのライブで提示した社会の理想形と、小沢健二の理想形は、かなり重なる部分があるんじゃないかと思えたんですよね。

 当時はトランプ政権下のアメリカでしたが、選挙に行くことの大事さを訴えるメッセージ、バーン自身がスコットランドから帰化した移民であることを踏まえて、バンドメンバーを移民や多国籍で集めたという紹介など、今の日本にも刺さる表現ですよね。こういう事を音楽家が、きちんと作品でアピール出来るというのは強いと思います。「人種のるつぼ」であるアメリカの善い側面を全開にしていると感じました。

 これほどライブそのものに強いメッセージ性が込められていれば、スパイク・リー監督はカメラワークとして映像に収めるのに徹底しているだけで充分なのかと思いきや、終盤できっちりとスパイク・リー節を発揮しているんですよね。
 ジャネール・モネイのプロテスト・ソング『Hell You Talmbout』のカバーが披露されるんですけど、これがどういう曲かというと、差別により犠牲となった黒人の人々の名前を連呼していくというものなんですね。その曲を白人男性であるデヴィッド・バーンが歌う、しかもBLM運動が起こる以前にというのも、なかなかに強烈なわけですけど、スパイク・リー監督は、そのライブ映像の合間に、名前を連呼される故人の写真と生没年、さらにはその写真を持つ故人の遺族の映像を差し込んでいるんですね。
 これによって、英語圏ではなく黒人差別の予備知識のない僕のような日本人にも、強烈にメッセージが刺さってくるようになるんですよ。この辺りは本当に鳥肌が立ちました。
 バーンが、ジャネール・モネイにカバーの許可を求めた際、「年配の白人男性が歌って大丈夫?」と聞く気遣いも良いし、モネイが「これは人類に向けた歌だから構わない」と答えたというエピソードも最高ですね。

 デヴィッド・バーンの音楽も、スパイク・リー監督の作家性も、とても楽しいだけのものとは言えないと思うんですよ。皮肉めいていて、どこかひん曲がったような感じがするというか。この作品タイトルの『アメリカン・ユートピア』は、当然アメリカ賛辞では全くないわけで、タイトルロゴの「UTOPIA」の文字が逆さになっているのも、そのアイロニー表現なんだと思います。
 ただ、皮肉ではなく「ユートピア」を目指している、実現出来ると、本気で思っているようにも感じられたんですよね。本当にこのライブに参加しているメンバー、それを見ている観客が楽しそうで、在るべき理想形を提示するものでもあったと思います。

 バンドメンバーの演奏技術は、プロフェッショナルを超えた人間離れしたものだと思うんですけど、ここまで完璧な演奏を見せられると、普通なら「化け物」「人間じゃない」という感想が浮かんでしまうんですけど、このライブ演奏では、「人間ってここまで進化できるのか!」という、素直な驚きと感動があったんですよね。
 機械技術やAIに頼らずとも、身体的にも道徳的にも、人間はもっと上質な生き物になれる可能性がある。そう本気で思わせてくれる傑作でした。劇場など、なるべく良い音響で観るべき作品。


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