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映画『劇場版 殺意の道程』感想 非日常を、日常に変えるバカリズムイズム


 良い意味で、「世紀の凡作」とでも言いましょうか。映画『劇場版 殺意の道程』感想です。


 小さな金属加工会社の社長である窪田貴樹(日野陽仁)が、職場のビルから投身自殺をした。下請けをしていた取引先の社長である室岡義之(鶴見辰吾)の口車に乗せられ、多額の負債を抱えて倒産した直後であった。貴樹の息子である窪田一馬(井浦新)は、平然と葬儀の場に顔を出して帰っていく室岡に、遣り切れない怒りを募らせる。
 そんな一馬に、従兄弟の吾妻満(バカリズム)が声を掛けてくる。
 「復讐するなら、手伝うけど?」
 2人は、室岡を殺害するための完全犯罪を計画し始める…という物語。


 幅広い活躍を見せる芸人バカリズムによる脚本作品。監督は『架空OL日記』でも組んでいる住田崇。WOWOWで放送された連続ドラマを、劇場公開用に再編集した作品だそうです。最近、このパターンの映画が多いですね。

 あらすじに書いた部分だけ読むと、何の変哲もない2時間サスペンスという導入になっていますが、そこは流石のバカリズム作品、凡百な筋書きを、視点のポイントをずらすことで、見事なコメディに仕立て上げています。
 バカリズムさんの脚本作品は、どうでもいい細かい部分を、冷徹な視点で拡大して笑いにするというのが大きな特徴だと思うんですけど、今作でもその視点が、サスペンス復讐劇を笑いに変えているんですね。

 身内が死んだという哀しい出来事が、物語の根幹にあるはずなんですが、この作品では、あえてそこを焦点にせず、日常的な視点を据えています。
 まず、ファミレスで殺害計画の打ち合わせをしている時、相手の頼んだメニューが美味しそうに見えてしまうという序盤のシーン。何の変哲もないよくある笑いの場面なんですけど、復讐のために人を殺す事を考えているはずなのに、というシチュエーションが絶妙な可笑しさにしているんですね。
 でも、確かに親族が亡くなって哀しんでいても、腹が減ったらご飯を食べるし、その哀しさとは別の部分に心を使うことは当たり前にあると思うんですよね。
 だから、ある意味、もの凄くリアリティのある(クソどうでもいい)心理描写をしていると言えますよね。

 また、ホームセンターで殺害の凶器となる道具を購入する場面でも、一馬が「穴あき包丁」を手に取って満にツッコまれるとか、やっぱり絶妙ですね。この2人は殺人に関してはド素人なわけで、道具を揃える時にはこういう勘違いや失敗が、確かに起こりそうに思えてきます。ただ、普通のサスペンス作品では、そんな所は描かれるはずないんですけど、それをきっちり描くことで笑いにしたのは見事な発想です。

 朴訥とした一馬を天然ボケにして、満がイジるようにツッコむというのが、この作品の主筋となっています。井浦新さんは、トボけていて可愛げのある一馬という人間を演じながら、しっかりと身内を失った哀しさも、ピンポイントですぐ切り替えて矛盾することなく演技出来るというのが、芸達者ですね。

 バカリズムさんは役者じゃないので、器用な芝居を見せる方ではなく、淡々とした演技をするタイプですが、その使い方もよく分かっていて脚本を書いている感じがします。キャバ嬢のゆずきちゃん(佐久間由衣)が彼氏と仲直りしたと連絡があった後の、満のトーンダウンする感じを、全くの無表情で空気だけを作っているんですよね。普通何かしら余計な説明台詞や演技を入れたくなってしまうところだと思うんですけど、こういう引き算が出来るのが上手いんですね。

 個人的には、ダラダラとした空気が続く中で、中盤の唯一の起伏部分といえる、満のマジギレシーンが好きでしたね。バカリズムさんが淡々とした演技ではなく、ここのヤンキー演技だけはリアリティしかないという感じで名演ですよね(バカリズムは福岡の血気盛んな地域出身で、かなりの修羅場経験者)。

 ド素人の2人に、殺害方法をレクチャーしてくれるのが、キャバ嬢このはちゃん(堀田真由)なんですけど、この堀田真由さん、朝ドラ『わろてんか』やドラマ『3年A組』で観た時も可愛らしい女優さんでしたが、今作ではずば抜けて可愛いいですね。頭の良さで、いかにも人気ありそうなキャバ嬢でした。

 このはちゃんとゆずきちゃんというヒロインもいるためか、復讐計画を立てる日々が、何かユルい楽しさがあって良いんですよね。おじさんの遅れてきた青春みたいな感じが楽しそうです。
 ただ、このままそのユルさで、だらりと終わるかと思えば、きっちりとサスペンスとして結末を締めてくれるのも、また憎いですね。物語としてのカタルシスも押さえてくれています。

 いわゆる映画としては、邪道な作品ではあると思います。普通は、大仰な出来事や心情を描く映画が多いし、観に行く人もその非日常感を楽しむものなので、それを求める人からしたら肩透かしをくらうでしょう。けれども、それらの隙間を狙ったこの作品があることで、ふっと肩の力が抜けるような気持ちになれんたんですよね。
 コロナ禍の緊張が続く中、「世の中の大抵の出来事は、そんなに大袈裟なものじゃない」と言ってもらえたような気がします。こういうのもエンタメの役割の一つですよね。


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