ダウンロード

映画『架空OL日記』感想 日常を観察するバカリズムの冷徹さと狂気


 今回は、映画『架空OL日記』の感想です。

 みさと銀行に勤めて6年目の「私」(バカリズム)は、今日も憂鬱な職務をこなし、同僚のマキちゃん(夏帆)や、後輩のサエちゃん(佐藤玲)らと一緒に、仕事の愚痴や男性社員の悪口で盛り上がる…という物語。

ダウンロード


 はい、お読み頂いた通り、まったくあらすじになっていません。でも、本当にこういう物語の映画なんですね。

 原作は、芸人バカリズムが書いていたブログ「架空升野日記」を書籍化した同名作品で、深夜ドラマで放送していたものの、続編という形になります。ドラマも今回の映画も、脚本はバカリズムさん本人が手掛けて「第36回向田邦子賞」を受賞するなど、高評価を得ています。

 バカリズムさんを認識したのは、確か2006年のR-1グランプリの決勝で「トツギーノ」のネタをしていた時だったのですが、芸人として面白いと思ったのはもう少し後だったと思います(一番インパクトあったのは「人志松本のゆるせない話」でめちゃくちゃ毒を吐いていた時)。
 それでネット検索をして出てきたのが、ブログの「架空升野日記」だったんですけど、どういうブログかというと、ただひたすらにリアルなOLの日常ブログを、バカリズムさんが書いているだけなんですね。何の説明もないし、面白いわけでもないんですよ、何ならむしろつまらないくらい(もちろん、計算した上で、リアリティのためのつまらなさなんですけど)。
 その時点で、こちらはバカリズムが面白い芸人だと認識しているから、わざわざ検索してブログを探しあてて読んでいるのに、向こうはつまらなさも含めた、ただリアルな素人ブログの再現を作っていたんですね。しかも、数年単位でそのブログを続けているんですよ。
 売れる前だから時間があったのかもしれない、あまりにも暇を持て余したのかもしれないけど、ちょっと、マジで気が狂ってるんじゃねえかと思いましたよね。

 そのブログをどう実写映像化しているかというと、ただのOLたちの日常が描かれているんですけど、バカリズム演じる「私」の見た目は、女性物の制服や洋服を着ているものの、髪型や顔はそのまんまバカリズムさんなんですね。女装ですらない姿で出演しているんですよ。
 つまり「男性芸人であるはずのバカリズムが女性OLになりきって書いたブログ」という、狂気に近いボケのコンセプトを、映像で忠実に再現した手法なんですね。これ深夜ドラマが放送していた時から、凄く好きで観ていました。
 
 けれど、映画化という話を聞いてから、「さすがにダラダラしたOLの日常だけの物語を、劇場で2時間近く観るってどうよ?」と不安に思っていたんですよね。
 そして結果から言うと、そのダラダラしたOLの日常だけで、めちゃくちゃ面白いんですね。いくらでも観続けていられそうでした。

 この作品って基本的な楽しみ方は、作中のOLあるあるに共感することだと思うんですけど、それだけでは2時間も保たないですよね。
 そこに芸人バカリズムとしての視点が入っているのが肝だと思うんですよ。

 僕は、バカリズムさんのネタも考え方も好きなんですけど、世の中の尺度でこの人を見ると、多分めちゃくちゃ性格悪い部類に入る人間だと思うんですよ。
 この主人公「私」は、常に俯瞰して周囲の人々を観察していて、ものすごく些細なことに対して、内心でツッコミを入れているんですね。この部分はOLとしての意見ではなく、完全に芸人バカリズムの視点なんですよ。
 これを直接口に出すと、相当周囲に不愉快な思いをさせる失礼なものだと思うんですけど、ここがちゃんと笑える要素になっているんですね。
 そして、その性格の悪い視点というものは、誰しもが少なからず持っているから、笑いになっていると思うんですよ。
 会話していて、盛り上がっていたのに、「今の余計な一言で流れ止まったな」とか、「そこで止めていたら話のオチとしてキレイだったのにな」とか、無意識レベルで思ってしまうことってあるはずですよね。
 もちろん、それをいちいち口に出していたらトラブルになってしまうわけなんですけど(だから「私」もほぼモノローグで心の中の声としてつぶやくだけなんです。ただ、サエちゃんにだけは我慢できずに口頭で注意しているんですね)。

 この「私」の視点だけで語られていると、「私」がツッコミでそれ以外の人々はボケという、一方的な価値観のみで描かれているようにも思えるんですけど、実は「私」も充分ヤバいところがあるというのも、しっかり描かれているんですね(「給湯室のスポンジゆすいでないヤツ事件」の真相とか)。
 職場で色んな人間に接しているとわかると思うんですけど、たまに「人を殺していないだけで、こいつサイコパスなんじゃねえか」と思うくらい、価値観や常識が理解できない人がいるんですよ。
 ただ、それは自分にも恐らく言えることで、「誰もが誰かにとってのサイコパス」というのが当たり前なんだと思うんですよね。それがしっかりと描かれているように思えました。

 あと、登場人物が全員平凡な人間性なんですけど、しっかりとキャラクターの性格分けが出来ていて、ディテールが細かいのも魅力ですよね。マキちゃん、サエちゃんはもちろん、小峰様(臼田あさ美)や酒木さん(山田真歩)も、特異なところはなくても、ちゃんと個人個人の性格が際立っているんですね。

 それがよくわかるのが、「ハンコケース」のエピソードなんですけど(この話、めちゃくちゃ好きでした)、それぞれのハンコケースがパパッと紹介されるところがあって、そのハンコケースが見事にそれぞれのキャラに合っているんですね。「ああ、このキャラはこういうデザイン好きだろうな」というのが、むちゃくちゃ納得できるものになっているんですよ。ここでちょっと声出そうになるくらい感嘆しました。

 日常の光景にあるあるで共感しつつも絶対的に狂っているという、シンプルなようで複雑な面白さを持つ作品でした。とても好きです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?