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映画『本気のしるし』感想 4時間を濃密に感じさせる圧倒的な脚本力


 TVドラマの再編集と聞いて油断してたら、とんでもなく傑作でした。映画『本気のしるし』感想です。


 玩具業界の営業職を務める辻一路(森崎ウィン)は、几帳面な性格で人当たりも良く、社内外での評判も高い。だが、職場の後輩である藤谷美奈子(福永朱梨)と、先輩の細川尚子(石橋けい)と二股交際をしながら、どちらとも本気にならずに、虚無感を持って日々過ごしていた。
 ある夜、辻は車に乗ったまま踏切で立ち往生した女性を助ける。その女性、葉山浮世(土村芳)の、あまりにも隙だらけなだらしなさに、辻は思わず世話をやいてしまい関わることに。予想を超える浮世のダメさ加減に、辻はイラつきながらも助ける中で、数々のトラブルに巻き込まれていく…という物語。

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 星里もちるの同名漫画を原作として、『淵に立つ』『よこがお』などで知られる深田晃司監督がTVドラマ化した作品を、劇場公開用として再編集した映画。ドラマは未見でしたが、カンヌ国際映画祭に選出されたとの評判、昨年観た『よこがお』が良かったこともあって、観てきました。
 ドラマ版は30分枠の全10話だそうですが、この劇場版は4時間近くという長さなので、さほど大きく物語をカットしていないようです。

 星里もちるの原作漫画は未読ですが、可愛らしい絵でラブコメ的なイメージのある作家なので、このサスペンス的な雰囲気からすると、元のイメージからちょっとギャップのある異色な作品に位置するんだと思います。そして、深田監督作品は日常的でありながら、地味に嫌~な空気の脚本が非常に巧く、かなりマッチした組み合わせに感じられました。オリジナル作品が多い深田監督が、学生時代から自分の手で映像化したいと望んでいたそうなので、企画ものというよりは、かなり思い入れのある作品なんだと思います。

 素性の知れない女性に出会ったことで普通の日々が壊れ始める、みたいな雰囲気の出だしですが、この浮世という女性は、サスペンスのヒロインとしての「魔性の女」「ファム・ファタル」という要素が、一切無いところが特徴ですね。今流行りの「あざとかわいい」ともちょっと違う感じがします。
 とにかく浮世の生活能力の低さに、辻と共に観客が驚かされるんですね。実際にこんな人間と接していたらイラつかせられることは間違いないキャラなんです。ただ、観ていて嫌にならないのは、それが絶妙な笑いになっているところだと思います。その場しのぎの嘘をつき、そこから想像の斜め上をいく真実を小出しにする浮世がボケで、それに振り回される辻がツッコミ役として、静かなコント作品としての魅力を発揮しているのが序盤の導入となっています。松本人志『VISUALBUM』のコントを観ているようでした。
 それだけでもドラマとして充分に面白いんですけど、そこからの展開がこの作品の真骨頂なんですね。
 ブラックな恋愛コメディだけなら、さすがに4時間の長尺は保たないと思うんですけど、そのコメディを導入、伏線にして、人間関係の立場が目まぐるしく入れ替わる脚本が、とても秀逸ですね。

 浮世の素性が徐々に明るみになるというのが、サスペンス的要素なんですけど、それと並行するように、辻一路の人間として欠落している部分も段々と浮き彫りになってくるように見せてくれるんですね。
 辻は浮世に対して、最初はあまりいい感情を持っていないんですよね。けど、辻が浮世という女性について、欠落しているヤバい女から、段階的に一対一の人間として認識するにつれて、浮世を助ける行為が辻の欠落部分を埋める行為のようになっていく構造になっています。辻が浮世に執着するのがごく自然に感じられるようになっていて見事ですね。
 そして、辻が、傷つけた人間に対して思い切った決意で吐き出した本音の言葉。これが普通の恋愛ものであれば、ここで結ばれてハッピーエンドなんですけど、この言葉が巡り巡って、浮世の言葉として自らに戻ってきて辻を傷つけるブラックな急展開も、心理劇としてとてもスリリングですね。

 それと、4時間という長い上映時間がきちんと意味を持っている構成もまた見事ですね。
 浮世の隙だらけのダメさは、実は大人として成熟する前に、男性からの性的目線で消費されたため、きちんと拒否する意思表示を出来ないまま成長してしまったというのがわかるんですけど、終盤ではちゃんと自立生活をして、ナンパしてくる酔っ払いにも蹴りを入れて拒否をするという人間に成長しているんですね。序盤での立ち位置はヒロインではなくむしろ悪役で、イラついて観ていたはずの浮世が、ここまで変化したのかと感慨深さに泣きそうになってしまいました。その人間性の変化を、4時間かけて描いたことでしっかりと説得力を発揮していると思います。と、同時に「女だからといって、しっかり防衛をしなければいけない社会ってどうなのよ?」というフェミニズム的な問題を、我々男性にも突き付けてくるものにもなっているわけですよ。

 浮世に関わった人間は、不幸に陥っていくというのが中盤までのイメージですけど、終盤で各キャラのその後は、むしろ幸せそうに見えるというのも関係性の転換となっていて、巧みすぎる構成になっていますね。
 唯一、物語を一番外側から見つめ続けたのがヤクザの脇田(北村有起哉)なんですけど、このジョーカー的な役割がまた良いですね。脇田に何が起こっているのかを、あまり本筋に絡めずに登場場面だけで想像させる演出も見事でした。

 そして、4時間という長い物語をまとめ上げるクライマックスも素晴らしいシーンになっていますね。アパートの薄い壁から漏れ聞こえるレコードのクラシック曲を、そのまま劇伴として繋げて映画的なカタルシスをもたらしてくれるんです。追う人間と追われる人間が入れ替わり、また踏切の場面で終わるという見事な締めくくり。

 劇伴がそれほどない代わりに、エレベーターのモーターの音や、外から聞こえる生活音や、それこそ冒頭とクライマックスの踏切音などが、とても印象的に使われていて音響的にも素晴らしい仕事をしていると思います。
 さらに、車や部屋の窓に反射する人物の顔や、ホテルの窓に映る花火など、画面表現も本当に巧みですね。深田晃司監督の映画的手腕がしっかりと発揮されていると思います。

 連続ドラマからの企画とは思えない、映画作品として本当、見事な一作でした。観て良かったという感慨がある映画です。



ネタバレの蛇足

 全く違う内容の終わり方ではあるんですけど、個人的にこの終わり方で連想されたのが、『(500)日のサマー』という映画でした。
 この作品の終わり方はハッピーエンドという解釈も出来ますけど、恋愛を必ずしも良いものとして捉えていない僕としては、また1日目に戻って地獄が始まるというホラーに感じられたんですね。
 それと同じく、辻と浮世の関係にしても、また振り出しになっているようにも見えます。ただ『(500)日のサマー』を観たときと違うのは、辻と浮世が、地獄がまた始まっても別に構わないと思える関係性になっているのかなと感じました。他者と生きていくということは、それくらいの覚悟が必要なんだと思います。それがタイトルにある「本気」ということなのかもしれません。

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