オレンジジュースの転換期
いつからかカフェで飲むものは決まって、
温かいブラックコーヒーになった。
冬はホットの、夏はアイスの、といきたいけれど、
夏は冷房の寒さにおびえて結局ホットのコーヒーを注文する。
ミルクもシュガーもいれない、真っ黒なコーヒーが好きだ。かっこいいし。
こうやってブラックのコーヒーを好むようになったのはいつからだろう。
いつからか、スタバでフラペチーノを頼むことがめっきり減った。
高校生の頃は新作が出るたびに、友人たちと飲みに行くのが楽しみだったのに。
今日も私はブラックコーヒーを飲みながら、
ひとり、この文章を書いている。
先日、婚約者である彼のご両親と、
私の母を招待した、「両家顔合わせ」をした。
母はめずらしくとても緊張しているようすで、
何日も前から準備していた手土産を家に忘れ、
待ち合わせの駅に1時間前に到着した。
「どうしよう、手土産さがさなきゃ」
そう言う母と、ちかくの百貨店でふたりで手土産を買った。
バターイエローの包装紙でくるまれ、
紅白のリボンを結んでもらった手土産。
カラフルなものはいつも心が躍ってしまう。
外は猛暑。
せっかくふたりオシャレをしたので、汗だくにならないようにと近くの喫茶店で時間をつぶすことにした。
そこはサイフォンでコーヒーを淹れてくれる
老舗の喫茶店。豊富なメニューに目移りしながら、
「お食事中にお手洗いに行きたくなったら失礼かしら。コーヒー飲まない方がいいよね。」と母。
母も私もカフェインに弱く、
コーヒーを飲むとお手洗いが近くなってしまう。
ふたりともコーヒーは大好きだったが、
顔合わせを前に我慢することにした。
「ひさしぶりに、オレンジジュースにしようかな」と私が言うと、
「そう?それなら私はトマトジュース。リコピンとらなきゃ」と母。
昔から母は、娘より女子力が高い。
レモンが添えられたトマトジュースと、
チェリーが入ったオレンジジュース。
カラフルでキラキラしていて、心が浮き立つ。
「わあ、きれいだね~」とふたりで喜び童心に返った。
オレンジジュースをお店で頼まなくなったのは、
いつからだろうか。
あなたの横で、オレンジジュースを飲まなくなったのは。
「そろそろお店、向かおうか」
そういって、緊張しながら顔合わせの会場へ向かった。
母を相手のご両親へ紹介し、食事会は始まった。
緊張はしていたが、思いのほか両家の親どうし、会話が弾んだ。
「看護師をしてましてね、昔から娘には寂しい思いをさせたと思うんです」と母は言った。
小さい頃は家を空けることが多く、思春期はそんな母にひどくあたったこともあった。
その時を埋め合わせるかのように、最近は頻繁に会いに行く。
顔合わせはあっという間に終了し、ふたりでお手洗いに行った。
「実はお食事いただく前から、お手洗い行きたかった、ずっと我慢してたのよ~」と笑う母。
「ねえ、私も」と笑って返す。
それなら気を利かせて、私から席を立てばよかった。
「こんなことなら、喫茶店でコーヒー飲めばよかったよね~」と話しながら、近くのバルでお酒を一杯だけ飲み直した。
「結婚に、乾杯!」
そういって、緊張したふたりから、
いつものふたりへクールダウン。
あんなに暑かった太陽が少しずつ、傾きはじめた。
「そろそろ帰るか~」という母。
遠くまで来た母を駅まで見送って、
「またね」と、ひとりになった。
彼が待つ家に帰る。
ママ、ほんとうはね、もっとあなたの横で、
オレンジジュースを飲んでいたかったよ。
カラフルなものは今でも、私を幸せにする。
変わらないものは、ずっと、鮮やかに、記憶の中にあるから。
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