6月20日(土) 東京大散歩

東京都写真美術館へ行くと決めていた日。昨夜のカレーを多めに平らげ恵比寿へ出発。
その前に四ヶ月以上ぶりに図書館へ行った。分厚いベール越しに予約資料三点を引き取る。
それからコンビニでライブチケットの払い戻しを頼んだら払い戻し期間まであと30分ほどあり出来なかった。このお金を当てにしていたがまあ財布の二千円ほどでやっていくことにする。

電車で先程借りた橋爪大三郎×大澤真幸の対談本『アメリカ』を読む。四ヶ月以上前に予約していた本だが何故これを読もうと思ったのか全く思い出せない。過去の自分に応えるように読んでいくしかない。
アメリカとはどのような存在なのか、日本人がアメリカを理解できないのは何故か、というのを話していく本のようだ。
宗教の下で生きる人達を「神を本気で信じている人」ときちんと認識して接する必要性と、日本人にとってのその難しさ。なるほどな。

恵比寿駅東口に着き、長い長い動く歩道を乗り継いでガーデンプレイスに出る。五ヶ月ぶりの都写美が見えてくる。
中に入ると今まで見たことがない数のスタッフがフェイスメットをつけて待ち構えていた。検温をされ丁重に案内されチケットを買う。
はっきり言って都写美にそんなに客が来ることはないし、スタッフ側を密に配置してどうするのかと苦笑しそうになったがこれはこれで緊張感が出て良い。命懸けで写真を見るのだ。

まずは2階で『写真とファッション 90年代以降の関係性を探る』を観る。正直目当ては3階の方だったからジャブとして軽く観るつもりだったが入っていきなりかっこいい。少し昔の外国のファッション雑誌のスナップらしきものがとにかく格好良くしばらく見つめてしまう。
布だったり雑誌そのものだったりストリートスナップだったり、ファッションにまつわる様々な方の作品が並んでいるのだがどれもめちゃくちゃかっこいい。
雑誌『Purple』の表紙はどれも最高だった。髙橋恭司さんの写真も良い。ホンマタカシさんが撮ったスナップの人々の表情がとにかく良い。真っ暗な部屋でフェイスメットのスタッフ陣に見守られながら観た展示も良かった。
つまりは全部良かった。正直ファッション関連の展示はふーん...で終わることが多いのだけれどこの展示は好感触だった。適当な服で来たことを反省してしまう。

最後はPUGMENTさんの本物の服の展示だった。ぐるっと回り最後に目に入ったワンピースに何かとても惹かれ、ずっと見ていたくなりずっと見ていた。
生地や縫製は無造作なのだけれど、白に前衛的な模様の入ったプリント、青っぽい袖のアシンメトリーなシルエット、マネキンの佇まい、全てが合わさって何かとても完璧なものとして迫った。少しMaison book girlの衣装のようで可愛い。着てみたいけれど目の前の展示品は絶対に着られないのだ。だからこそ甘美な誘惑に駆られる。

ワンピースに別れを告げ3階の『森山大道の東京 ongoing』へ。巨匠の写真を観に来た。
入場即壁一面に大量の唇が並ぶ。おお、と思いながら進むと『三沢の犬』という見たことのある名作に迎えられる。本物のあの犬だ・・・。
大量の唇の向かい側にはキャンバスにシルクスクリーンでプリントされた迫力あるモノクロ写真が並ぶ。こんな風に粗めのモノクロ写真をキャンバスに載せているのは初めて見たかもしれない。黒い部分は真っ黒の絵具を塗ったようにただ黒い。とてもかっこいい。

そこを抜けて出たメイン会場はとても広い一間として使われていた。四方の壁に写真がズラっと並び、ガラスのテーブルにもスナップが散らばる。この空間そのものが「森山大道の東京」になっているようでワクワクした。
まずはモノクロのスナップを一つ一つ見ていく。めちゃくちゃかっこいい。マスクの下で口角が上がってしまう。
池ハロ(池袋ハロウィン)を撮った写真がとてもツボだった。路上コスプレイヤーの写真は何点かありどれも切り取る目線がかっこいい。

かっこいいを浴びながらゆっくり進んでいく。とにかく「近い」と思った。それは元々知ってはいたけれどそれにしても森山大道は近い。街に、被写体に潜り込むように近付いてゼロ距離で撮っている。知らない人を正面から撮る。道往く猫を見上げるように撮る。
ビビリの私には出来ないことだった。人を撮っているのに気付かれて怒られたら嫌だ、あの人あんな所で何撮ってるのと思われたら嫌だ、と怖気付き、撮れるのは俯瞰したような写真ばかりで迫力がない。
森山大道はそんな次元で生きてはいない。毎日毎日東京に潜って何も遠慮せず貪欲に写真を撮っているのが分かる。毎日毎日撮っている彼しか遭遇出来ないであろう場面が多すぎる。
彼の作品を観続けていると元気が湧いてきた。すごい。かっこいい。憧れが詰まっている。
特にカラスの撮り方がとても格好良かった。ただでさえ黒いカラスを彼がモノクロで写すと一層箔が上がる。東京のうるさいカラスではない本物の貌を見た気がした。

続いてカラー写真のコーナーへ。森山大道のカラー写真を観るのは多分初めてだがカラーも物凄くかっこいい。流石だ。
彼がカラーで撮る東京はカラーで撮られるなりの理由が一つ一つにあった。骨太なモノクロ写真とは違ってどこか近未来の光景に見えるのが不思議だ。
反射を利用した作品も目立つ。反射は私も好きで良く撮るのだけれど森山大道がやると当然次元が全く違う。凄すぎる。マネキンの顔をアップで写してそのサングラス越しの街と自分と不思議そうに見てくる歩行者を収める、だとか、水色のマネキンに反射する駅の電光掲示板を近未来的に収める、だとか、ANNA SUIの店舗の壁にあるバラに街を重ねる、だとか。普通に歩いていては絶対に見つけられないリフレクションばかりだった。反射や鏡越しに撮った自画像も非常にかっこいい。
あとは新大久保の韓国アイドルやアキバのメイドさんを撮った写真も面白かった。サブカルにも惹かれるらしい、というより、東京そのものがそういう街なのか。彼が撮るとどこか侘しくて良い。
全ての写真を観終え、もう一周さらっと「森山大道の東京」を散歩するつもりで回った。少しだけ森山大道の見ている東京をなぞれた気がした。

名残惜しくも東京を去り売店へ。森山大道グッズを、と思ったら展覧会の図録があった。欲しい。しかし3300円+税。財布には1000円弱しか残っていない。
よく見ると図録のサイン本が残り一点あった。よし買おう、コンビニでお金を下ろして・・・いや待て、もしかしなくても今月はもうマネーがないからとキャッシュカードを持ち歩いていない。クレカもない。SuicaもPayPayも使えない。チケットの払い戻しも地元のコンビニでしか出来ない。あの払い戻しが出来てさえいれば・・・。
何度も財布を確かめたが身分証と何故か入れっぱなしだった耳鼻科のカードとビックカメラポイントカードとアニメイトポイントカードしかない。こんな時アニメイトポイントカードが何の役に立つのか。

万策尽きたため大勢のスタッフに見守られながら退館。
図録を買えなかったモヤモヤ感で展示の余韻が遠のいているのが悔しい。
もういい、真っ直ぐ帰ろう、と思ったが道を逸れる。やっぱり歩こう。歩いて東京を撮ろう。
こうして私の東京大散歩が始まった。

陽に照らされた坂を降りて行くと綺麗な花が咲いていた。立ち止まってカメラを出す。撮る。森山大道がそうさせている。
一度カメラを出せばもう大丈夫で、どんどん反射的に撮りながら歩いて行く。そうか、お金がなくて図録を買えなかったのは、そんなことより自分で歩いて撮ってみな!という森山大道からのメッセージだったのだ。

駅前を過ぎて尚、駅とは違う道へ逸れて行く。
前へ前へ歩く。ブレもボケも気にせずただシャッターを楽しく切る。
もう恵比寿駅へ戻るつもりはない。どこかに出るまで歩き続ける。スマホは見ずに勘で進む。東京であればいつか必ずどこかしらの駅に出る。これが私の恒例行事「アドリブ散歩」だ。

看板で見つけて一応目当てにしていた「山種美術館」に到着するも休業中だった。そんなにダメージは受けず更に奥へ歩いて行く。
久々のアドリブ散歩が嬉しくてどんどん歩く。問題は照り付ける日光だけれど、麦茶と塩飴を適宜補給すれば耐えられそうな程度だ。
この道はどこへ繋がるかという問題については、実は昔アドリブ散歩で歩いた覚えがあった。ずっとずっと行けば青山学院大学を経由して渋谷駅に着くはずだった。

そして明らかに見覚えのある分岐点に到着した。左へ進めば青山学院大学だ。
だから右を選ぶ。これが私流だ。
未知のゾーンをグイグイ撮り進んでいく。「広尾」の字が散見される。広尾に向かっているのだろうか。
日差しが体力を削っていく。それでも健康を謳歌している感触があった。アドリブ散歩を自粛していた意味が今となっては分からない。

やがて「広尾」もなくなり「青山」のゾーンに入る。青山に出るのだろうか。まだ駅が近い雰囲気はあった。確かこのあたりでBlue Note TOKYOの前を初めて通り感動した。
勘で道を選んでいくとどんどん静かになってくる。南青山の住宅街に突入したようだ。南青山にお住まいの鳩を撮ってみると彼らはシャッター音に驚いて飛び上がった。ポヨポヨポヨ!という独特の音にこっちが驚かされる。
住宅街を突き進んでもいつかはどこかの駅に繋がると信じているがさっきからやたらタクシーとすれ違う。タクシーでしか来られない場所なのだろうか。

すると突然大きな通りに出た。見覚えがある、まさか六本木じゃないか?
ビンゴ。六本木通りだ。この通り沿いに右か左へ動けば六本木駅に出る。
だから私は_____横道へ逸れた。まだアドリブが足りない。このまま六本木駅を目指したら予定調和でしかない。体力ももう少しある。
これが私の特徴で、疲れるほどに「止まる」という思考を奪われてしまう。そして自分の脚力を過信しすぎている。おかげで魅力的な散歩が出来るから良いのだけれど。

もう記憶が曖昧だが機械的に足を動かしていると「港区」の字が目立ってきてその後「赤坂」や「西麻布」になってきた。赤坂か麻布に出るのか?と思っていたらどんどん駅の気配が遠のいていった。
これは死んだかもしれん。ここで熱中症になったらどうしたらいい?それだけは嫌だ、今病院に運ばれるのは良くない。

すると突然大きな通りに出た、パート2。車道の看板を読むと左は渋谷、直進は千駄ヶ谷・信濃町、右は・・・右は何だったのだろう。
ここに来ても一旦は千駄ヶ谷に興味が出て千駄ヶ谷に向かおうとしたがしばらく歩いて諦めた。止めよう。ここが限界だ。
そして何故か右の坂を登っていくと少し遠くに塔が見えた。あれは六本木ヒルズ・・・だ、多分。六本木ヒルズを間違えることがあるだろうか?あの高さと模様は六本木ヒルズだ。少し遠く見えるけれどあの塔を目指せば六本木駅に出られる。ここは赤坂でも麻布でもなくまだ六本木だったのだ。

緑溢れる日陰の道に入り少し心が和む。涼しさへの喜びが夏を思い出させる。
塔は常に動かず目印になってくれている。
しかしあれは本当に六本木ヒルズか。赤坂にもそういうビルはなかったか。
と疑っているとモデルルームの看板に出会った。六本木駅徒歩9分とある。間違っていなかった。

そして・・・再び六本木通りに出ることができた。濃い見覚えがあるなと思ったらやはりEX THEATER ROPPONGIの対岸だった。去年の3月に有安杏果さんのライブで来た思い出の地だ。
EXシアターの電光掲示板が点いているから何かと思えば「BELIEVE OUR FUTURE # 春は必ず来る」とあった。それな。
やがてあの塔の真下に辿り着く。紛うことなく六本木ヒルズだった。食事でも、と思うがあまりに密だったためそそくさと退散。

六本木駅から家へ帰った。車内では日記を書いた。
地元に着き朝のコンビニへ行き今度こそライブチケットの払い戻しをしてもらった。一万二千円ほど戻ってくる。この額をそのまま寄付できず申し訳ないと思いつつ、またMaison book girlのために使おうと思う。

ついでに買ったいちごミルクを飲みながら部屋でゴロゴロ日記を書いていると当然のように寝落ちた。身体が熱を持ち続けていた。
起きるとまた日記を書き、夜は「コナン」を観ながら鍋。昼食はいちごミルクだけだったから塩分がじんわり滲みる。美味しい。

長い長い日記をようやく整えられた。お風呂へ潜ろう。写真のことを少し考えて眠ろう。

Maison book girlのベストアルバム『Fiction』発売まであと4日。

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