belief and free

私がその事件を知った時に感じた違和感は間違いではなかった。私はその事件に特別な意味を感じたわけではない。ただ、その男が何かしらの思いを持って行動をしており、だからこそ、その男の行動が最終的にはその男自身を追い詰めると感じたのだ。それは直感と言ってもいい。だから、私は彼を止めたいと思ったのだ。そして、私自身もそう行動したつもりだ。

私がその事件を知ったのは新聞の記事だった。私は文章を書くという仕事柄、新聞は必ず読むようにしている。新聞から得られるものは決して多くはないが、普段テレビも見ない、インターネットもしない、私にとっては唯一の社会との接点だ。だから、私は毎朝ゆっくり時間をかけて入念に新聞を読む。このような新聞との接し方をしている私だからこそ、この事件を見つけることができたのだろう。その記事は、新聞の地方欄の片隅にあった。「祟りか、神社を狙う謎の放火事件」というタイトルの記事だった。そして記事には、なぜか神社の神木が何件も放火されていること、また放火は朝早い時間に行われていること、それとなぜか神社や鳥居は被害に遭わず神木のみが燃やされていることが書かれていた。よく神社にある、あのしめ縄がされた木、大抵は樹齢が高く大木である、あの神木を燃やすことができることに驚いたが、それよりもその意味のなさ、意図の不明さが気になった。灯油を大量に使い、一気に燃やしているところからも愉快犯ではなく、明確に神木を燃やしきることを目的にしている。誰かを陥れようとした呪いの儀式か、それとも神道への冒涜か、謎は深まるばかりだ、といった一文で記事は締めくくられていた。

私は、なぜだかこの事件が気になり、現場となった神社のいくつかへ足を運んだ。その記事によると、その時点ですでに七ヶ所の神社の神木が燃やされているとあった。さすがにすべての神社に回るのはどうかと思い、その中でなるだけ自宅から近い神社だけを見て回った。確かに神木だけが綺麗に焼かれていた。大きな神木は炎の強かった部分からぽっきりと折れていて、葉や枝の部分が切り落とされたようにその場に倒れていた。大抵の神社では神木に近寄れないように柵がされていたが、処置に困っている様子でそのまま放置されている神社もあった。しめ縄はほとんど原型をとどめておらず、未だに焦げ臭いがその場に立ち込めていた。

現場にきて、気づいたことがあった。それは、木の倒れる方向が、どの神木も他の建物や施設に当たらないように配慮されていることだった。燃やし始める場所でコントロールをしているのだろう。どの木も被害を広げないように何もない場所に倒れていた。犯人は、本当に神木のみがターゲットなのだ。そして、それ以外なるだけ被害を広げないように配慮をしている。毎回早朝に燃やしていることも理解できる。周りが目視で確認でき、また人が少ない時間というと早朝しかない。私は犯人に興味をもった。なぜ神木を燃やすという行為を、そこまでの配慮をして行う必要があるのか。それは信念とも信仰ともとれる、強い執着にみえた。どんな事情かわからないが、どうしても犯人は神木を燃やす必要があるようだ。その行動の動機に非常に興味を持ったと同時に、その犯人の危うさに恐怖を感じた。

犯人に会うのは非常に簡単だった。犯人の行動に規則性があったわけではないが、もう樹齢が長い、大木になっている神木は、その周辺には数えるほどしかない。警察もこの事件には本腰を入れていないことは明白だから、犯人も迂回することなく、目的のために一直線に進むだろう。そう考えると次の神木は大きさからあたりがついた。私は、その神社に早朝へ行って隠れて待っていればよかった。そうすれば勝手に向こうからやってくる。

そして、彼は自転車に乗ってやってきた。籠に灯油ケースをのせ、パーカーにスウェットのパンツを履いて、どこから見ても犯人という出で立ちだった。二十歳前半くらいで髪は伸び放題、手入れのされていない無精髭という、ステレオタイプな挫折して自暴自棄になった若者のようだった。私は灯油を撒く彼の後ろに近づき声をかけた。

「君はなんでそんなことをするんだ。」

彼はビクッとして、睨むように私をみた。そして、今にも走って逃げ出しそうだった。

「待って。私は君を捕まえようとは思っていない。私は君に興味があるんだ。」

「興味?」

「ああ、なぜそんなことを、つまり神木だけを燃やすことをするのか。その行為に興味があるんだ。」

「お前に言ってもわからない。わかるわけがない。」

彼はそうやって、また灯油を撒きはじめた。

「私には完全に君のことを理解することはできないだろう。ただ、君がもつその行為の危うさが気になるんだ。君は心を病んでいるのかい?」

「心を病んでいる?そんなバカな。俺は正気だ。そして、この行為は神聖で意味のあることだ。」

「それでは教えてくれ。その意味を。私も何か手伝えるかもしれない。」しばらくは私を睨みつけていたが、仕方なくという感じで彼は答える。

「解放だ。俺が全てを本来あるべき場所に戻している。神木はその中の一つに過ぎない。真の神聖さとは信念と自由を兼ね備えている。だから、その場から解放されないといけない。」

「それは、信仰のことを言っているのか。もし、信仰を否定するのであれば、君のしている解放だって、ある意味では身勝手でエゴな行為ではないのか。」

「それは違う。すべてを解放するのだ。それは自然のあるべき姿だ。」

「ならば、君という存在はどうなんだ。君はあるべき姿なのか。」

「そうだ。そのとおりだ。俺はまだあるべき姿ではない。俺は解放のための犠牲だったのだ。そして解放が完了した今、俺自身も解放されるべきだ。」

そういうと彼は灯油を自身にかけはじめた。なんということだ。私はわかっていたはずだった。彼はずっと準備をしていたのだ。神木を燃やし、そして最終的には自身を燃やし昇華するつもりだったのだ。それなのに、私はわかっていたのに彼にその道を歩ませてしまった。私は止めることができなかった。私が呆然としている隙に、彼はライターに火をつけた。火をつけた瞬間に彼は一気に炎に包まれた。止める暇などなかった。炎はすぐに広がり、やがて彼は神木と一体になった。結局、私はそれを見ていることしかできなかった。

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