意識

ぼくは彼女と話をしたいと思う。
「久ぶりだね。元気にしていたかい。」

彼女の肉体はもうすでに存在しない。彼女は昨年交通事故にあった。歩道を歩いていたら接触事故を起こした車が突っ込んできた。彼女はその車の下敷きになって、壊れた人形みたくぐちゃぐちゃになった。だから、彼女の肉体は存在はしない。

それでもぼくは彼女と話したいと思う。
「今の気分はどうだい。楽しいかい。」

彼女の肉体は確かになくなった。ぼくは彼女が下敷きになった時にすぐ横にいて、一緒に救急車にも乗った。ぼくはこの目で、彼女の肉体が使い物にならなくなったところを見ている。だから、ぼくは彼女の肉体がなくなったことを受け入れることができる。仕方がない。そういうこともあるさ。でも、彼女の存在がなくなったわけではない。彼女はぼくの意識の中で存在している。概念という形で存在している。

だからぼくは彼女と話そうと思う。
「こちらはだいぶ暑くなってきたよ。体調はどうだい。」
ぼくの意識のなかで彼女の輪郭がだんだんと定まってくる。彼女は彼女という存在として、形を帯びてくる。
「こっちはそんなに暑くないよ。体調も悪くない。」
彼女はぼくの問いに答えてくれる。
「わたしね。こうなってよかったと思ってる。だって、わたし、あなたの中に存在できるから。とてもすてきなことじゃない?」
「そうだね。そうとも言える。」
彼女はぼくの意識のなかではっきりとした存在になっている。
「でも、ぼくはもっと近づきたいんだ。できる限りもっと。手をつないだり、抱きしめたりしたい。」
「わたしはあなたの意識の中にいるのよ。そんなこと簡単にできるじゃない。あなたが意識をすればわたしはあなたの思い通りになる。」
「そういえばそうだね。ぼくの意識の中にいるんだもんね。」
ぼくはそう言って彼女を抱きしめる。ぼくの胸に感情が流れ込む。ぼくは泣きそうになる。
「わたしのこと忘れないでね。わたしはあなたの意識の中にいるの。だから、あなた次第でわたしはいつでも現れる。でも、あなた次第でわたしはいつでも消滅する。わたしはあなた自身の感情なのよ。あなたがわたしに対する感情を失った時に、わたしは消滅するの。」
「そんなことはないよ。ありえない。ぼくはきみをずっと大切にする。きみの肉体がなくなる前にも言っただろう。きみはぼくのすべてなんだ。」
「でも、あなたはいつか肉体が必要になる。現実的にね。その時は躊躇なく、わたしを消して。わたしのことを意識からなくしてしまえばいいから。」

ぼくは彼女を絶対的な存在にしたいと思う。
どうすればいいのか、ぼくはもうわかっている。ぼく自身も意識になればいい。彼女の意識の中にぼくが存在するようにすればいいんだ。ぼくらの存在はそれで永遠になる。だから、ぼくはぼく自身の肉体を捨てる。ぼくという存在を概念にするために、ぼくは肉体を捨てて意識になる。そうして、ぼくらは完全体になるんだ。

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