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住みたくなる最高の普通

ファッションは基本的に大量生産品になる為、同じ服であっても数着、数十着、数百着が市場に流通している場合があり、購入して着用体験を得られる人は複数存在する。デザイナーの創造性を、同時に多くの人が体験できることはファッションの利点であり、それはファッションだけに限らず、車や家具などそのほか多くの業界の商品に該当する(実際に購入できるかどうかは別にして)。

しかし、住宅は異なる。住宅は住むことで体験のマックスが得られる。その住宅に住む住人だけが体験できる極めて特別な商品。写真を眺めているだけでは、住宅の本当の価値と魅力は体験できない。これは避けられない事実だ。

けれど、それでも、写真を眺めているだけで癒される「良いデザイン」の住宅というものがある。良いデザインの住宅写真は眺めていると心地よくなってきて、長時間が経過することもしばしばだ。そんな住宅を手がけるのがランドスケーププロダクツである。

ランドスケーププロダクツをご存知の方はきっと多いだろう。1997年に中原慎一郎氏を中心に設立されたデザイン事務所であり、オリジナル家具の販売を行う「Playmountain」や、ネルドリップで抽出するコーヒーを提供する飲食店「Tas Yard」など、1940年から60年代のデザインをルーツにしたプロダクトを提案している。とりわけオリジナル家具の評判は高く、そのセンスとスキルを生かして店舗のインテリアデザイン、マンションや戸建のリノベーション、新築戸建ての設計までとデザインは空間領域にまで及ぶ。

ランドスケーププロダクツのインテリアデザインを、時折眺めたくなる衝動に駆られるのはなぜか。時代の先端をいく斬新さや、流行を捉えた驚きの発想を感じさせるインパクトがあるわけではない。誤解を恐れず言えば、ランドスケーププロダクツが手がけた住宅はとても普通だ。

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ランドスケーププロダクツ「千駄ヶ谷の住宅」より

大胆な発想で空間を区切る間取りがあるわけでもない。インダストリアルなデザインで荒々しさや迫力を全面に押し出すなんてことはない。

白い壁に無垢のフローリング。おそらく現在日本の多くの住宅で取り入れられている住宅のスタンダード。そんな普通をデザインするのがランドスケーププロダクツだった。

評価の言葉として聞いた時、「普通」という表現にはどのような印象を受けるだろうか。おそらくネガティブな印象を抱くことが多いのではないか。取り立てて目を惹くことのない、特徴がないといった具合に。だが、ネガティブな印象を抱かせる「普通」であっても、ある形容を添えれば、それは違う意味を持って響いてくる。

先ほど僕はランドスケーププロダクツのデザインを普通と述べた。訂正しよう。真に述べるべき表現はこうだ。

「最高の普通をデザインする」

住宅は人間が多くの時間を過ごすプロダクトである。数年、十数年、数十年と人の人生とともに時間を重ねていく。金額的にも、多くの人にとって人生最大の買い物となるだろう。人間の生活を支え、人間の心を豊かにするかどうかの生命線でもある「家」。

毎日を過ごすことになる家だからこそ、自分たちの納得する満足な空間にしたい。そう思うのはいたって自然だ。家に限らず、ファッションがそうであるように時代の先端性や流行を取り入れられたものはカッコよく、刺激的な魅力が得られる。だが、家をこれから長い年月を過ごすことになる場と考えた時、刺激的なデザインが正解なのかと疑問が僕の中で芽生える。

長い時間を過ごす家だからこそ、心をざわつかせない普通のデザインがいいのではないか。特別も奇想もいらない。極めて普通の空間。

けれど、その普通は最高でありたい。最高の普通に住みたい。最高の普通なら、時間の経過という重力に耐えられる強度を持つデザインではないか。僕はランドスケーププロダクツが手がけたマンション住戸や戸建住宅のリノベーションを見ていたら、そんな気持ちになった。

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ランドスケーププロダクツ「我孫子の住宅」より

塗装・素材・建具といった内装のあらゆる要素において、クオリティと細部のバランスにまでこだわり抜かれてデザインされた最高の普通。それがランドスケーププロダクツのインテリアデザインだと僕は思う。

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ランドスケーププロダクツ「平和の住宅」より

玄関を開けたら、陽の光に照らされたフローリングが柔らかく出迎える。その時、唇からこぼれる「ただいま」にはきっと優しさが滲む。

最高の普通。そんな家で、どんな服を着て暮らしたくなるだろう。

〈了〉

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