耽溺する肉聲、熟れたレイシを喰す 第13話(最終話)

其れからしてリクに連絡を取るも特定の人物とは何の音沙汰も無いという。
念の為ローズママにも報告はしておいたが、誰も知る手配が無く立ち往生したままだった。

更に二週間が経過した平日の午後。
勤務先の事務所で外勤から戻ってきた際に他の同僚からリクから連絡が来ていたと伝言があり、折り返し彼に電話をすると警察から連絡が来て、彼を襲った人物らしき者が確保され拘置所に居ると言い、任意同行をして取り調べに応じて欲しいと告げてきたという。

退勤後、リクと待ち合わせをして警察署に向かい、取調室の隣にある部屋に入り、彼が早速本人であるか専用の小窓から覗いてみた。容姿から確認してやはり特定の人物と一致すると告げ捜査員から経緯に至った話をすると、リクの足跡そくせきを付け回した挙句、上野界隈にある繁華街の店の数か所に出入りをしては店内の人物達に恫喝どうかつまがいな行為をもしていたという。

改めて逮捕状を出すと伝えられると私達は一安心した。その帰り道、駅の構内で別れを告げようとした時、彼が近日中に私に会って話したい事があると言い、日程を伝えてそれぞれ対向になる駅のホームへと向かい家路に帰った。
ナツトとママに其の事を伝えると胸を撫で下ろしていた。

数日後、リクの自宅に行き居間へ上がると何時もより部屋の中が殺風景の様に家具などが片付けられていた。次の月に長野の親族の家に引っ越しをすることになったと言ってきた。

「本当は都内に居ようとしていたのだが、どうやら空気が合わなくなってきた。叔母から連絡が来て話をしている内に向こうで色々考え直したいと決めたんだ」
「もう、東京には戻らない気か?」
「恐らく。あちらも此処ほどではないが、住みやすい場所だ。また一から手探りで自分と向き合っていきたい。」
「寂しくなるな」
「悲しまないでください。僕は貴方から色々と助けられたし、気づかされたこともある。本当に感謝している。こんな僕にでも相手にしてくれた」
えて言っておく。何があっても自分のやり遂げる信念を忘れるな。過去も今の君に繋がっている。リクは……何時でも素敵な人間だよ」
「僕は、貴方に恋をしていました。でも、愛することは儘ならない。貴方には大事な伴侶が居る。ずっと一緒に居てください。それが、僕の永遠の願いです」
「傷……まだ痛むか?」
「先日よりは大分治まってきた」
「こんな綺麗な顔を殴るなんて酷いな……見せてみろ」

私は彼の口元のすみれ色に化して滲むあざに手先で触れた後口づけをした。私達はお互いに握手をして抱き合った。彼の肩越しにありがとうと礼を告げると微笑んでくれた。家を後にして暫くの道のりを歩いていた。

急に足元が止まり私の思いが身体の芯から溢れ出てきた。振り返ろうとしたが、それは彼の過去も今も未来も何処かで欺いてしまうかと痛感したので、深く目を瞑り片手を握りしめた後再び駅へと歩いて行った。

──「おかえり。リクさんどうだった?」
「元気だった。傷口は治ってきている。来月に長野に引っ越すそうだ」
「そうか。絵のお礼をしたかったのに、残念だ」
「また一人、深い傷を負わせてしまった気がする」
「ジュートのせいじゃない。気負いしなくても良い。そうだ、絵を見せてもらったよ」
「お前、あれだけ毛嫌いしていたのに其れは別ものなのか?」
「だって俺達の為に贈ってくれた希少な物なんだろ?逆に必要無いからと返してしまったら、余計落胆させてしまう。折角だから家に置いておこう」
「短い期間で大分成長したな」
「余計なお世話。俺だって絵画に関心はある」

いつの間にかナツトも以前程過去の出来事には傷を引きづら無くなっていた。普段なら泣きついて甘えたいところなのに、何か私に対して秘策でもあるのだろうか。彼は机の隣にある本棚の所からリクから貰った絵画を手に取って眺めていた。

「それにしても可愛らしい花だ。ねぇ、今度生花店に行って窓辺に飾る花が欲しい。買っても良い?」
「ああ。あるだけで部屋も明るくなるだろう。」
「次の土曜日は空いてる?」
「うん。一緒に行こう……ナツト」
「何?」
「……ありがとう」

何時もの私達の日常が戻りつつある。其れは此の街の片隅で起きた密やかな出来事に過ぎない。好いた色恋も瞬きの様に儚く消え去った。此度こたびの他者に目移りした己の猛省は安易には流れゆくものでも無い。
しかし何時までもそれらが留まる事も許しはしない。いつしか海原へ繰り出す時が来た時、褐色した私の耽溺たんできした肉聲にくせいもやがてこの渡りゆく紺碧の空を突き抜けて粉砕し消えていくのだろう。築いたものはやがて崩れ落ちるが礎は残りこの地に根付いていく。

時を感じながら次に訪れる歳月に思いを馳せて、私の心は在処を求めて歩き出すのだ。

《了》

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