ある実家暮らしの自閉症のヲタクがうつになって入院するまで Part3(完)

ここからは、入院生活の日常を話せる範囲で話そうと思う。
とはいっても、入院生活について語れることは少ない。

先述の通り、基本的には1日暇だ。
決まった日に担当医に病気の経過を話して、病状に応じた薬を処方してもらう以外は、治療らしい治療は何もない。
周囲の患者も視界に入る限りでは似たような感じで、基本的には投薬と患者の意志に任せる形のようだ。前述の通りもっと手厚く、セラピーを受けたりレクリエーションに参加させられたりするものかと思っていたので、かなり拍子抜けだった。

院内の食事は常に「平均値」といった感じで、不味くはないのだが何か物足りなさがあり、常に「外食に行きたい」と考えていた。本当に不味くはなかったのだが。
けど、妙にネチャネチャして冷めた炒飯、お前だけは許さない。

部屋は男子部屋の4人部屋だったが、会話は一部を除いてなかった。入室した当初は世間話の一つくらいは振られるだろうと思っていたのだが、会話は基本的に患者と担当医・看護師だけで完結している。
メンツは
・50〜60代のアルコール依存症(推定)のAさん。声がデカくて放屁がうるさい。
・30代の、躁鬱病(推定)のBさん。妻子持ちの陽キャラ。独り言がうるさい。
・C君(後述)
この二人の存在は他人の生活音が気になってしまう自分にとっては若干のストレスであったものの、全然耐えられた。
だが、一番気になって仕方なかったのが3人目の推定10代後半の少年、C君だ。

C君は症状は不明だがとかく無気力で、一日中眠っているかテレビを見ている。その無気力ぶりは凄まじく、誰かに促されない限りトイレ・食事・洗濯・レクリエーションのどれにも行かない。
レクリエーションはまだしも、トイレさえ面倒くさがるのは驚きだ。
口数も少なく、必要に迫られた時しか口を開くことがない。
加えて著しくズボラで、食事中に別の物事に気を取られて完食が遅れるのはザラ、食事が運ばれていても無視して再び眠ってしまったり、トイレを流さずに出てくることが日常茶飯事だった。

彼と担当医や看護師の関係は、幼い王子を取り巻く家来のそれを連想させた。
朝から夜まで、彼のところには何度も何度も担当医と看護師がやってくる。
「Cくん!ご飯ですよ!」「Cくん!レクリエーションの時間だよ!」
「Cくん!トイレ流してないよ!次から流そうね!」
「Cくん!水分はちゃんと取った?」「Cくん!」「Cくん!」「Cくん!」

僕は心から担当医と看護師に同情した。そういうハードな患者相手にも笑顔で、ハキハキと応対する彼ら・彼女らの強靭なメンタルには尊敬しかない。

隣でC君と担当医のやりとりを聞いていたとき、衝撃だったことがあった。
その日も担当医が彼から言葉を引き出そうと四苦八苦していたのだが、担当医が質問を具体的に、イエスorノーで答えられる簡単なものに絞り込んでいくと、C君はしだいに、担当医に対して今までの無口が嘘のように、マシンガンの如く質問に答え始めた。
担当医と看護師(と仕切りの向こうでそれを聞いていた僕)が驚く中、看護師がこの場の誰もが聞きたかったであろう一言をC君に質問する。
「それ…なんで今までの回診で教えてくれなかったのかな?」
すると、Cくんは僅かな沈黙ののちに一言。
「(具体的に)聞かれなかったから」
これが漫画だったら僕は頭からずっこけていた。「聞かれなかったから答えなかった」なんて、アニメや漫画の中でしか聞いたことない!

そんな個性的な同居人と過ごす約3週間は、長いようで短かった。
二度の一時帰宅を経て、退院はあっさりと決まった。

実は、入院を経ても、うつの各種症状が完全に消え去ったわけではない。老いや死に対する恐怖感は未だ残っているし、無気力感や外的刺激に対する鈍感さもある。
だが、前者は我慢ができるようになった。前述したように以前はそうしたことを考えるだけで心がすり減り息苦しかったのだが、今は単純な時間経過や周囲の人々のサポートによって負の感情が小さくなり、そうした苦しさを感じても我慢できるようになった。
今、現実的な問題は後者だ。もともとパッション溢れる性格ではなかったのだが、以前にも増して怠惰になってしまっている現状は変えないといけない。手始めに、病院を出たら近くのスポーツジムに通うつもりだ。

だが、ベッドにこもりきりで動けなかった頃を考えると、こうして未来に目を向けられるようになっただけでも、大きな進歩と言える。
この流れに乗ってうつを抜けるのが、今の僕の目標だ。

そのために、まずは4月のレヴュースタァライトのライブイベントに当選することを祈るとしよう。彼女たちを追いかけようという思い、そして彼女たちの放つキラめきこそが、自分にとってうつに対する最高の特効薬なのだから。
チケットがご用意されますように、チケットがご用意されますように、チケットがご用意されますように…。

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