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小説 やわらかい生き物 2
慣れない土地
[1]
「出張…と言うか出向ですか?」
滅多にないことなので、少したじろいだ。
なにしろ、今の職種は会社という現場に来ようが、家でも出来る、他の場所に行くことは滅多にない。
まして、旅行すらあまり出ない自分に対し、そのような指示が出るとは思いもしなかった。
とはいえ、上司も先方の申し出なので当人に確認してみる、と配慮をしてくれた。
苦手としている事を理解してくれる人間だからこそ、有る程度出来ることなら応じたい。
「向こうでも毎日出社することはないんだ、慣れない土地だし、期間も長めに取ってある、住まいも家具家電完備だし、今のスタイルでも良いんだ。
ただ、何度かは当事者に説明と、意思の齟齬が無いようにしたい。そんなわけなんだが、どうだろう、観光も兼ねて。」
気分を少しでも和らげようとしてくださることは、充分にわかる。
最近、本当に、同じ生活しかしていないし、チャンスと思うのも一興かもしれない。
そんな訳で、依頼を受けることにした。
[2]
荷物を置いてみると、家具家電は最低限揃っているし、ホテルで過ごすよりは「部屋」と言える居心地の良さがあるような気がした。
2、3日程度ならホテルでも良いが、さすがに一週間を超えるとなると食事や、風呂に困ることもある。つくづく、理解者がいてくれることは働きやすいし、生きていける。
世の中は、そう巡り合わせが良いことばかりではない。僕だって今迄がすべて順調であったことは少ない。むしろ、生き辛いこともあり、その事で孤立感を味わったこともある。仕事だけではない、学校ですら、馴染めない、馴染まないと、という狭間でグラグラしていた。
仕事に就く時も、きっと同じ事になる、学生よりも辛いことになる、そう覚悟して臨んだ。
案外人間歳を重ねると、諦めるのか執着がなくなるのか、ただ、環境が良かったのか、仕事に就いてみて思う程居難い感じはなかった。
でも、それは、周囲の配慮であり、僕の打ち明けた悩みを、受け止め、働きかけてくれた、上司がいたからこそだった。
「まだ夕飯には早いけど、散歩にでも、出てみようかな。」
冷蔵庫に入れるものを買い出すついでに。
[3]
ちょうど、夕方に差し掛かる時間帯は下校や帰宅者が増えて来て駅に向かう通路は少しぼうっとしていると人が目前に居たりした。
身を引きながらやっとで避けるのだが、こちらとは対照的に慣れているからか目もくれず去って行く。
不思議なものだ、と、壁際に寄りながら改札を探す。
幾つも並んだ改札を選ぶこと無く通る人々を見ていると、一度覚えた迷路を迷うこと無く抜け、餌にたどり着くマウスの実験を思い出してしまった。
ふと、対岸の壁際に、同じようにぼうっと寄りかかる女性が居た。待ち合わせだろうか、改札を見ながら動かない。
なんとなくボンヤリ見ていたらうずくまってしまった。
あれ?
どうした、貧血か。
壁際に居るせいか、しばらく誰も立ち止まらず、自分も駆け寄ることもなくそのままで居てしまった。そのうち立ち上がるだろうと、なにかあれば人を呼ぶだろうと思っていた。
が、全く動かないので、気になったまま立ち去れず、駅務室に声を掛け係りと連れ立って女性の元へ寄って見ることにした。
係りを呼んだのは、こういう場面自分一人は何も出来ずただの通りすがりに過ぎないからだ。
「どうしましたか、貧血ですか?」と問う係員に、俯いたまま女性は小さな返事をする。大丈夫、と応えるようだが、大丈夫にみえない。そのうちに通る人々もチラチラと見ながら去る。
「とりあえず、休める場所へお連れします」と係員が女性が立つのを手助けしようとするのだが、彼女はそれをキョトンとしつつも身を縮める。混乱しているのか、聞こえていないのか。
【これは、憶えがある…】
やれやれと思いながらも、僕は自分のキャスケットを女性にスポッと被せた。
係員も突然の僕の行動に見ているしかない。
大きめの帽子で彼女の視界は遮られたはずだ、そのまま、静かにゆっくり話し掛ける。
「静かな場所へ移動します。
触られたくなかったら、こちらの裾を掴んで付いて行ってください。」
そう、係員の腕に掴まらせ、そのまま歩かせた、係員には女性が携帯かなにかにメディカルな対処法を所持している可能性があることを伝え、落ち着いたら話も普通に出来るはずだと話をした。
「医療関係の方ですか?」
出来れば協力して欲しかったのか、若い係員は僕に尋ね不安な表情をした。
医療関係者ではないので、これ以上はわからない。ただ、あの反応を知っていただけだ。
「そんな顔しないでください、不安なのはあの女性自身でしょう?」
あとは、任せよう、買い物して冷蔵庫に食糧を詰めないと。
どこからこれほど人が集まり、いつ途切れるのかわからないターミナルは、僕も得意ではない。
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