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「ちょっと思い出しただけ」フィクション史上、最もさりげなくて愛おしい恋愛。知らんけど。

どうも、安部スナヲです。

タイトルからパッと思い浮かぶイメージのまんまと言えばまんまだし、何の事件も予想外の展開もない、本当にただの恋愛なのに、期待していた10倍は感動しました。

とにかくこの映画を観て以来、何回「ちょっと思い出しただけ」を繰り返している事でしょう。

まいったな。

【“花束”よりも“野花”】

松居大悟監督はこの映画のオフィシャルサイトに掲載されているコメントで「きっと花束みたいとか色々言われるんだろうな」と語っています。

ここで言う「花束」とは昨年大ヒットした恋愛映画「花束みたいな恋をした」のことです。もしちがったらごめんなさい、でもそれは満に一つもあり得ないでしょう。

等身大の恋人同士の出会いから別れまでを、つぶさに描くという趣旨は、「花束~」とこの映画は共通していますが、私にとっては何もかもが本作の圧勝です。特に登場人物のさりげない実在感に関しては一枚も二枚も上手です。

…と言いつつ「花束~」も楽しく観させてもらいましたよ。だけどどうも主人公の麦くん(菅田将暉)と絹ちゃん(有村架純)の「ちょっと内向的なオタクカップル」というアイデンティティの構築に「あるある要素」を盛りすぎて逆にウソっぽいというか、結局脚本の坂元裕二さんとその世代の人が思う今の若者という虚像感が拭い切れませんでした。

「その人は今村夏子の『ピクニック』を読んでも何も感じないんだよ」なんて台詞とか、いくらなんでも幼な過ぎやしないか?

寧ろ、そういう世代や時代の感覚込みのリアリティを登場人物に反映させるテクニックに関して、松居大悟監督以上の人をさがす方が難しいのかも知れません。

この映画に登場する照生くん(池松壮亮)と葉ちゃん(伊藤沙莉)も、「もしかするとオレ、この子らと会ったことあるんかな?」と思えるくらい、一般大衆化されています。

役柄としてダンサーと女性タクシードライバーって、どちらかといえば個性強めな属性なのに、この2人は適度に無個性というか、妙なキャラ立ちがないところがとても自然で、花束というより、路傍にさりげなく咲く野花という感じです。

ま、これが言いたかっただけですがね。

【定点観測で想像させる2人の変化】

映画は、照生くんの誕生日である7月26日を「定点」として、別れた後の2人から一年ずつ遡りながら、破局直前→倦怠期→蜜月→出会いの順に辿るという構成です。年月の経過を、その一日でしか見せられないことで、そこまでの2人に何があったのかを、観る側は想像で繋ぐことになります。しかも誕生日という、恋人同士なら大なり小なり特別な何かをする日に照準をあてることによって、2人の変化が殊更に際立ってしまいます。

それによってホッコリするような優しさもグサリと来るような残酷さも味わうことになります。

この2人のヒリヒリするスレ違いを象徴するのがタクシーの中での喧嘩シーンです。

足の負傷によってダンサー生命を絶たれるかも知れなくなった照生くんは塞ぎがちになり、2週間もの間、葉ちゃんからの連絡をスルーしていました。

剛を煮やした葉ちゃんが、自分が乗務するタクシーで照生くんを迎えに行ったのが7月26日。くどいようですが照生くんの誕生日です。

この時の葉ちゃん、はなっから喧嘩を売る気満々なのに、初めは「ものわかりのいいカノジョ」というスタンスをとりながら、ジワジワネチネチ正論めいた言葉で照夫くんを詰めて行きます。

めっちゃ面倒臭い女です。

本当は2週間も連絡が途絶えて、不安で寂しかった。それだけの筈なんですが、もう2人はそれを素直をぶつけられない時期に来てるんだなということが伝わって来ます。

そして、折角のバースデーケーキをあんな風に…(T . T)

【ナイト・オン・ザ・プラネット】 

この映画の原案はクリープハイプの「ナイト・オン・ザ・プラネット」という曲です。

かつての恋人と観たジム・ジャームッシュの映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」を、苦く甘く思い出しながら、今を生きている…歌に描かれたそんな物語を膨らませるように作られた映画です。

実際、照生くんと葉ちゃんが部屋で2人で「ナイト・オン・ザ・プラネット」を観ながらイチャイチャしたり、映画に出て来る台詞を言い合いっ子したりするシーンが、蜜月期のピークに置かれています。

そもそも葉ちゃんの職業=女性タクシードライバーは「ナイト~」の主人公ウィノナ・ライダーと同じなんですよね。

そして特筆すべきはやはりジャームッシュゆかりの役者・永瀬正敏さんの出演です。本作での役名「ジュン」は若かりし彼が初めて出演したジャームッシュ映画「ミステリー・トレイン(1989)」と同じ名前で、いつもベンチに座っている男というのは、すなわち「パターソン(2017)」を思い起こさせます。

何よりも、スクリーンに永瀬さんが登場すると、それだけで一気に「ジャームッシュ感」が増します。

もうこの人はミニシアター系やアート映画のアイコンみたいな存在になっているなと、あらためて感じました。

【松居大悟×クリープハイプ】

松居大悟監督とクリープハイプはこれまでも2作、いっしょに映画を作っています。

クリープハイプの楽曲からインスパイアされて作ったオムニバス映画「自分のことばかりで情けなくなるよ(2013)」

クリープハイプファンの女子高生4人組が武道館ライブを観るために、地元の九州から東京を目指すロードムービー「私たちのハアハア(2015)」

どちらも独特な笑いと感傷が残る、とても良い映画ですが、特にドキュメンタリックな青春アトラクションみたいな(形容がわけわかりませんが)「私たちのハアハア」は衝撃的で、あれを観て以来「松居大悟×クリープハイプ」の相乗クオリティに驚異を感じていました。

そして本作は7年ぶりの両者コラボ作品。

今回は、クリープハイプの尾崎世界観がコロナ禍のモヤモヤした心情の中で書いた曲を松居監督に送ったことからスタートしています。

特に映画の企画があったワケでもなく、ただ「松居くんと作りたいものができた」と言って、後に「ナイト・オン・ザ・プラネット」と題される事になるその曲を送ったといいます。

送る方も送る方ですが、それで映画を作る方も作る方ですよね。それもこんなに愛おしい素敵な映画を。

このような純粋な想いの共有や、さりげないリレーションシップは御両人ならではのもの。

ちなみにこの映画には、コロナの影響でライブの予定がなくなった、そんなに有名じゃないミュージシャンの役で尾崎さんが登場します。

はじめに松居監督が彼に出演依頼した時は渋ったそうですが、「ジャームッシュの映画に登場するトム・ウェイツ的な感じで」と提案すると、アッサリ落ちたようです。

ったくミュージシャンごころを擽るのもうまいんだから!

最後にクリープハイプの「ナイト・オン・ザ・プラネット」のミュージック・ビデオをご覧ください。

これも映画との連動で松居さんが監督し、伊藤沙莉さん扮する葉ちゃんも登場します。

まだ観てない人は、予告編とはまたちがう角度で映画を想像してみると、きっと楽しいと思います。

もう観た人はこのM Vで、またちょっと思い出してみるのもオツですな。

出典:

映画「ちょっと思い出しただけ」公式パンフレット


映画『ちょっと思い出しただけ』オフィシャルサイト 2022年2/11公開


ちょっと思い出しただけ : 作品情報 - 映画.com


ナイト・オン・ザ・プラネット : 作品情報 - 映画.com


パターソン : 作品情報 - 映画.com


ミステリー・トレイン : 作品情報 - 映画.com

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