【書籍レビュー】資本主義はどこに向かうのか

 近頃、僕は度々「現代の社会は何故こうも欺瞞に溢れているのだろうか?」と思索を巡らせていた。各国の憲法などでは自由だとか平等だとかの理想的な権利が多様に保証されているのにも関わらず、生まれ持った才能や家柄や財産や文化などで、皆スタートラインが違っている現実に対してはタブー化して多くの人々が目を背けあまり言葉にしようとしない。そして日々をより良く生きるために一度就労すれば、多くの人々の対立しがちな思惑に翻弄されかねない社会の荒波に揉まれることとなる。そこには法的に定められているような規範に対しても狡猾に違反した行為が当然の如く繰り返され、それを忖度で済ませたり人を陥れて揉み消したりするのが日常茶飯事である現実に嫌気が差す人は多いそうだ。

 では社会は何故こんなにいびつで欺瞞に溢れているのに暴動やテロすら起きず見かけ上は上手く動いているのだろうと考えたが、その答えは結局の所単純だった。それは我々の人間には唯一平等に与えられた個々人の生命と生存欲求から始まる多様な欲求を、極端な言い方をすれば人質に取られているからだ。我々人間は生まれれば必ず死ぬときが訪れるが、誰しも死ぬことは辛く、また限りある自分の人生をより幸福に生きたいと望んでいる。そういった未来への自覚があることで、辛く険しい過程を耐えて少しでも将来を良くしようとしているのだろう。つまり、皆我慢強いのだ。

 そんな我慢強い人々が支えている現代社会こそが、我慢した分だけその対価として将来的な財との変換機能を持つ貨幣を手にしそれを貯蓄させることで大きな財産を構築し得るような、資本主義社会という観念だ。

 しかし現代の資本主義社会は急速に拡大する格差や何でもお金で買えてしまうという市場原理主義への倫理問題や社会制度が将来的に維持できるのかと言った問題など、その構造的な問題が至る所に出てきていると多くの人々が痛感しているそうだ。僕自身もそんな強い問題意識から、日々悶々とした心境で過ごしている。

 そんな問題意識から触発されて、まさにストライクなテーマを掲げた本書を購入した。

内容に関しては以下の通り。

 拡大する「格差」の無限連鎖に、資本主義や市場経済への疑問・不信感が高まっている。
 社会学者、哲学者、金融の専門家、法学者、経済学者、脳科学者、ゲノム人類学者、人工知能(AI)研究者など、各界の錚々たる論客による「資本主義の教養学 公開講演会」選りすぐりの熱演を紙上で再現。
はじめに/堀内 勉
第I部 資本主義の思想的背景
1 資本主義と普遍
中島隆博(東京大学東洋文化研究所教授)・大澤真幸(社会学者)
2 資本主義は二一世紀でも通用するのか――哲学的考察
岡本裕一朗(玉川大学名誉教授)
第II部 現代資本主義社会が内包する課題
3 金融資本主義の基本概念の再考察――ファイナンスの哲学
堀内 勉(多摩大学社会的投資研究所教授・副所長)
4 日本型の資本主義の可能性――渋沢栄一の合本主義を見直す
渋沢 健(シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役、コモンズ投信株式会社取締役会長)
5 資本主義はどこへ向かうのか――格差・日本経済・テクノロジー
安田洋祐(大阪大学大学院経済学研究科准教授)
第III部 資本主義への新たな人間的アプローチ
6 脳科学から見えてくる資本主義――自然科学と人文学・社会科学の架橋融合
小泉英明(株式会社日立製作所名誉フェロー、日本工学アカデミー上級副会長 ほか)
7 ゲノム人類学から見た資本主義――“幸運者生存"の法則にもとづくヒトの進化
太田博樹(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授)
8 人工知能の技術進展と資本主義/松尾 豊(東京大学大学院工学系研究科教授)
第IV部 資本主義の行方
9 資本主義の終焉と歴史の危機――二一世紀の利子率革命が意味するもの
水野和夫(法政大学法学部教授)
10 際限のない欲望と資本主義の行方――経済史から見た新しい規範の社会的条件
小野塚知二(東京大学大学院経済学研究科教授)
11 ポスト資本主義
広井良典(京都大学こころの未来研究センター教授)
おわりに/小泉英明

 全体的には、2008年のリーマン・ショックと呼ばれる世界的な金融危機を切っ掛けに発足した勉強会が、現代の資本主義社会が抱える諸問題のテーマを様々な分野の専門家達がそれぞれの立場から考察するオムニバス形式の講演を書籍化したもの。講演を書籍化したものなので「このスライドを見て下さい(本にはどんなスライドなのか記載されていない)」のように不親切な書き方をされているところが多々あったし、あまり専門的な話にはならないのだが、内容に関しては各分野の専門家達の主張に多くの刺激を貰える内容になっていたと個人的には思う。

 中でも生物学的に人類を捉えた上での人類史を俯瞰して資本主義についてを語る論調が多かった。そこでは人それぞれが幸福追求を目指すための主体的な目的を論じるテーマや、それを補助するための現在の制度的な社会の存続を客体的に目的を論じるテーマがあった。進化生態学をミクロ経済学のゲーム理論と結び付けて考えたり、主流派経済学者の視点からゲーム理論で現在の格差社会を数理的に立証する取り組みなど、最先端の学術的な手法を各分野から取り入れて資本主義の分析や今後の展望や取り得る政策などの議論があり、どれも僕が普段から思索を巡らせていたテーマを扱っていて、知的好奇心を刺激されながら読み切った。

 本書は具体的な結論を出したものではなく、あくまで現在活発に議論されている論点を多様な分野の立場から紹介したもので、これを読んだからと言ってもちろん、現代社会でより逞しく生きていけるというものではない。それでも現代人としてはここで扱われている論点の問題意識は是非とも共有したいと思ったのが僕の率直な感想だった。