根本的な解決よりも大切なこと
確認作業は好きですか?
私はめちゃくちゃ嫌いです。仕事を勝手に前に進めてミスをするということを何度もやってきました。ADHDみがあるので私にとっては苦手な部類です。
あなたも怒られた経験はないですか?
私でいうと職場の機械を勝手に改造をしようとして、データが全部消えてしまい冷や汗をかきました。内容をなんとなく覚えていたのでうろ覚えで復元し対応しましたが、あの機械は今も動いているらしいので私の中ではセーフです。
みなさんも気をつけてください。(普通はしない)
そんな勝手な私も猫山課長のツイートに共感しました。
根本的な解決、例えばドアの閉め忘れ。人間なら確実にあることでしょう。その根本解決策はセコムをつける。ドアが閉まっていなければセコムをセットすることができず、ボタンを押せばどこかのドアが閉まっていないとわかります。
これにより閉め忘れて帰る。という問題を解決することが可能です。
ルールとは何?
ミスが起きる時、それは誰かの確認ミスです。機械の誤作動だったりすることもありますが、それはまれです。マニュアルの確認ミスであったり、資料の読み飛ばし等。つまり確認ミスです。
それをなくすためにルールはあります。
交通ルールだってそうでしょう?もし交通のルールがなければいろんなところで事故が起きます。例えば「俺は赤が好きだから赤になったら進む!」「私は青が好きだから青でいきますよ。」そうなるとぶつかりますよね?
赤で止まると決まっているから事故になりません。当たり前だけど大切ですよね。
事故を未然に防ぐためにルールはあるのです。
コピーアンドペースト
しかしルールは1から作っていくと膨大な時間がかかります。そこで賢い人類は昔のルールや他の国でうまくいっているルールをコピー&ペーストして使うのです。
エラーが起きるとランプが点灯して機械が止まる。このルールを考えたのはトヨタです。これを真似して作られている機械は五万とあります。
5Sなんていうのもトヨタです。整理、整頓、清掃、清潔、躾の5つのSから取られています。どこの工場に行ってもこの紙は貼られています。
法律もどこかの国から真似て作られています。大日本帝国憲法(戦争前の憲法)はドイツの国が自由主義・資本主義を基調とする連邦制をとり,国民主権・三権分立が原則のルールです。
それを真似て作られています。《巨人の肩に乗る》ニュートンの言葉です。先人の発見に基づいて新たな発見をする。ルールだって先人の発見に基づいて決めるのが人間にとっての最適解です。
我々の今ある世界は何万年も続いてきた、天才たちのリレーの上に乗っているだけです。それを傲慢にもゼロから作ろうとすると、色々なところで歪になってしまうのです。
ルールを守る
さて、ルールについてあれやこれやと書いてきましたが冒頭の話に戻りたいと思います。
ルールを作るのは合理的であり正しいことです。しかしルールを守るというのはある種の狂気なのです。
イチロー選手の現役時代のルーティンを知っていますか?
バットもグローブもスパイクもイチローさんは変えません。食事も美味しい、美味しくないではなく気持ちを左右されないためにルーティン化しています。
他にもボディビルダーもそうです。まいにちほぼ同じ食事を摂ります。なぜなら自分に必要な栄養素が決まっているからです。変えるのはトレーニングメニューだけです。
ササミとマグロなどの魚、プロテイン、卵の量(卵白のみ)などのおいしいとは思えない食事を摂ります。(体重が停滞してくると一度だけ大量にカロリーを摂ります)
素晴らしい肉体を作るにはある種の狂気、とも思えるルーティンワークを自分にかすのです。
ビジネスの最重要事項
絶対にミスしない人はある種狂気とも思える確認をします。
なぜか?不確定要素を排除するためです。
我々ビジネスパーソンに必要な能力です。事業を継続する上で不確定要素というのは最悪なものです。これから成長していこうとする企業は確かにリスクをとらなければなりません。
レバレッジがなければ成長はないからです。こんなことは分かりきっていますよね?だから不確定要素をひとつひとつ潰していくことによりリスクを回避していくのも重要です。
わかりきっているような落とし穴でも、確認しなければ落ちてしまいます。不確定要素をそのままにして進んでいくというのは、ただの無謀です。
合理的でなければビジネスで成長することはできません。そのためには狂気にも似た確認が必要なのです。
新しい顧客が現れても相手の会社の信用度調査をせずに受け入れてしまうと、実は潰れかけている会社で手形の不渡りによりダメージをうけてしまう。よくある事例です。
しかしよくあることなのにも関わらず、みんな落ちていきます。なぜか?確認がめんどくさいからです。
ポンジスキームという詐欺のシステムを知っていますか?
こんなの知っている人の方が多いでしょう。しかし毎年引っかかってしまう人が出ます。なぜか?確認がめんどくさいからです。
相手の会社は大丈夫なのか?他の人はなんと言っているのか?それよりもいま目の前のお金に目が眩むのです。それが人間でしょう。
確認が必要なことはわかっていてもめんどくさいのです。
判断はAIにはできない
確認作業はこれから先AIに取って代わられる仕事であることは間違いないです。これは断言できます。
なぜならAIの得意な分野だからです。大企業が研究開発さえしてしまえばそれまでです。
ですがAIは学習しなければ役に立ちません。つまりはどれが不確定要素なのか。を人が先んじて見つけなければならないのです。
それは課題解決能力とも言えるでしょう。問題点を把握する。それは課題を見つける、イシューを見つけるということです。
例えばアイスクリームの売り上げ。アイスが売れれば水難事故がふえるのです。
これは少し考えればわかりますが、偽相関です。なぜなら暑いから売れているだけであり、暑ければみんな水場にいきますよね?だから水難事故が起きるのです。
それはAIでは判別できません。我々が判断を下さなければならないのです。
どれが問題点(不確定要素)なのかを判別するのは人間ならではの能力です。今は。
どこで間違いが起きやすいのか?
それを決めるのは人間です。AIには提示することはできますが、決定するのは人間です。もしAIが発達して「あなたの結婚相手はこの人が60%この人が80%結婚生活に適しています。」と判別するようになったとしてその相手と結婚しますか?
それは人間の感性的にNOでしょう。いくら合理的といえど感情がそれを許しません。
他にもそれが自分の子供の結婚相手だったら?
つまりいくらAIが合理的な選択肢をだそうが、自分のビジョンにないことを、いくら経済合理性があろうと人は行わないのです。
だからこそコンサルタントは、これほどまでに売り上げを上げる職業になっているのです。いわば理性だけに訴えるコンサルは売れず、感性、感情に訴えかけられるコンサルの方が売れるということです。
根本的解決は大事。でも、
猫山課長がおっしゃったことというのは大切なことです。根本的に解決せねば何度でもその問題は頭を持ち上げます。
しかしながらルールを作るということは、守らせる人が存在するということです。それはAIにはできません。なぜなら感情に訴えかけられないからです。
根本的な解決策は大事。だがもしそれだけになるとどうなるか?それはできない人間を全て排除しなければならなくなります。
例えばこのボタンを押してもしエラーが出たらこのボタンを押す。そしてそれでもダメなら管理者を呼んでください。そんな指示が出たとします。しかしそれすらできない人間がいることも事実です。冒頭の私のように勝手なことをする奴が出てくるのです。残念ながら。
確かに人のために仕事はなく、仕事のために人がいる状態は最悪です。しかし人間にはモチベーション、状態というものがあります。やる気があるときはできるが、やる気が起きない時もある。それが人間です。
彼女に振られて次の日から仕事に燃える人は変人です。しかしそれでも社会は回る。だからこそルールを守ってもらうようにうったえる人が必要なのです。
監視の人の監視のような仕事が必要なのです。堀江貴文さん等の賢い人からすれば、頭がおかしいのかお前は?そんなやつ辞めさせてできるやつ雇えよ。と仰るかもしれませんが、しかし凡人はポンジスキームすら確認せずにお金を注ぎ込みます。それほどまでに確認を蔑ろにするのです。
どんなに怖い人が指示したとしても、確認する人がいなければ忘れるしやらないのが人間です。学生の時を思い返してみてください。めちゃくちゃ怖い先生に怒られる、そうわかっていても宿題を忘れていませんでしたか?
社会人になっても同じです。失敗したら怒られる。それはわかりきっていることなのに、確認をせずに作業をしてしまう。結果怒られる。
しかし、そんな凡人でも大事なリソースです。中小企業などはある種、ギリ健をリソースとして使えなければ存在できない業態もあります。
そんな会社潰れて当然でしょうか?高度人材だけが必要な社会は本当に健全ですか?たしかにいつかはロボットに代替えされるかもしれません。
しかし暫くは人間の能力を拡張させるほうが現実的ではないでしょうか?AR(拡張現実)や運搬補助装置などです。人間の作業をロボットへと移行するのを現実化するにはまだまだ時間がかかります。
弱い中小企業を排除していけば、そこに存在するギリギリ生活している人々も排除されてしまいます。「そいつのせいで俺たちの分配が減っている!」と思うのは勘違いです。
分配していないのは経営者です。もし正当な報酬が貰えないなら経営者と話してください。それでダメなら転職です。
その人達はなにもあなたから奪っていません。もしその人のせいであなたの仕事が増えるのならばそれは経営者が無能なだけです。
資本を投入するのが経営者の仕事です。それをせず「お前らがダメなんだ!しっかりやれ!」というのは《流してない水をすくう行為》です。
ルーティンを守ること
この世はゼロサムゲームではありません。コンビニで働く人やごみ収集の人を見て「努力しないとああなるんだ!」と思う人は勘違いです。その人達がいないと生活インフラは支えられないし、その人達は仕事をしているのだから自助努力をしているんです。それがその人たちの最大限の努力なのです。
それを努力と呼ばないならばなにを努力と呼ぶのでしょう?自分の最大の力を発揮するために行うのが努力です。どの職業も需要の値段が違うだけで全部需要があるから成り立っているのです。需要がなければ仕事にはなりません。
コンビニの店員もアクセンチュアのコンサルタントも値段が違うだけで、本人から見た努力量は同じです。他人からみたら違うかもしれませんが。
私にとってものを無くさないのはかなりの努力を必要としますが、あなたにとっては普通のことですよね?家の鍵をかけるのは私にとってすごく意識しなければできませんが、あなたにとっては呼吸するようにできることでしょう。
努力とはそんなもんなのです。
無能と言われる人も、バリキャリビジネスパーソンも仕事して生きていけるのが良い社会ではないでしょうか?仕事ができない人にも役割がある。そんな社会こそが多様性ではないですか?なんでもかんでも排除していけば綺麗な水になるわけではないんです。
つまりは自助努力させてもらえる社会です。どんな形であれども。ベーシックインカムで体は健康かもしれませんが、社会に必要とされないのでは心の健康がなくなってしまいます。
しかし、そういう社会を回そうと思えばルールが必要です。そしてルールが必要ということはルールを守っているか確認が必要なのです。
作っただけでうまく回るルールなど存在しません。人間は弱い。だからこそルールを守る仕組みが必要、だけどそれだけでは社会が成り立ちません。守らせる人が必要なのです。確認者が必要なのです。
そうでなければ税理士、弁護士、弁理士なんて職業いりません。監査法人なんてもっと必要ないですよね。だからこそずっと昔からの三権分立がうまくできている仕組みなのです。
人間は弱いからすぐルールを守らなくなる。そしてそのルールの意味がわからなければなおさらです。だからこそ監視が必要、確認が必要なのです。
それら確認作業は狂気です。普通の人がめんどくさがることを意識の力で確認する。本当に狂気の沙汰でないとできません。
そして確認してダメだったらフィードバックを行う。明らかに嫌われるのに。しかしミスが起こる前に未然に防ぐにはその確認する人が必要なのです。
リソースは無限にあるわけではないからこそ、そこにいる人を使わないとやっていけない。それに間違えない人を大量に集めてもミスは起きます。人間だから。
根本的に間違えない方法を考えたとしても訳の分からないミスをするのが人でしょう。
車なんてその最たる例でしょう。どれだけ安全なサポートシステムをつけても、減少はしても無くなりはしない。人間の脆弱性は見事なまでに機械のサポートを受けてなお余ります。
右を見て左を見てもう一度右を見て…すら行わない規模の脆弱性です。小学生ができることすらままならない。
だから確認には狂気が必要なのです。
ルールの使い方
しかし、「お前はルールを守っていない!」そういうだけならAIでもいい。だけどそれだけでは情緒に訴えかけられない。だからそこに人の力が必要なのです。
これはなぜ人でなくてはならないか?それは背景を理解させることができないからです。
例えば物を下に置くのは辞めましょう。というルールひとつとっても、いちいち運搬が面倒だからなどという理由で下に(順路に)ものを置きっぱなしにする作業員がいたとします。
その場合「あなたにとっては合理かもしれないけど、他の人にとっては順路なんだからそれを避けさせるということは、他の人にとっては不合理でしょ?それに下にものを置く。このルールひとつ守らないと他のルールも逸脱してしまう。あれが(あなたの行為)がOKなら俺のも私のも大丈夫だよね。と他の人にも悪影響なんですよ。だから辞めてください。」
説明が長い。そう感じたかもしれませんが、これくらい言わないとルールを守らせるように情緒に訴え掛けることはできません。それも下に物を置く行為を1ヶ月に一回見回って見つけたのでは「今日はたまたまです!」と言い訳されるかもしれない。それにそのあと何回もチェックしにいかないとすぐに元に戻ります。
だからこそ毎日の確認が大事なのです。ルールを逸脱している奴はいないか?それを毎日しつこく確認しないといけない。そうでなければみんな自分がベストの状態に持っていこうとします。
会社は理念が大事だ!そんなに確認ばかりしていては自律した組織にならないぞ!そんな声が聞こえてきそうですが構いません。
自律できる組織には理念の浸透という狂気が必要です。
ある種の宗教家の如く布教活動をしてまわらないと中々同じ方向を向く。というのは難しいのです。
だからこそインフルエンサーの方も本質は一緒だけど違う言い方で何度も発信するのです。なぜなら同じ方向を向いて欲しいからです。
つまり毎日しつこく確認する。それほどの狂気じみた活動がなければ同じ方向に走ることはできないのです。それこそが人間の脆弱性であり、それこそがもっとも人間に力を発揮させるために必要なことなのです。
確認は実は…
確認作業というのは狂気です。狂気や熱意がなければなし得ない事なのです。
確認作業はミクロの視点で見れば、つまり一人称で見れば無駄なことと思うかもしれません。
しかし、マクロの視点。複数の視点で見ればそれは必要なことであり。合理的なことなのです。
つまりは自分が嫌われるかもしれないし、組織にとっては合理的だが、個人にとっては不合理なことを強いるというのは人間誰しも嫌ですよね。
つまり確認は必要なことだけど個人にとっては耳が痛くて嫌なこと。
しかしそれは継続していくと結局は他の人のためになります。なぜなら事業が継続できるからです。事業が継続できないと経営者だけでなく、そこでしか働けない人も助けられません。
つまり利他の精神ということです。つまりは確認作業は本来ギブの精神なのです。
確認作業というのはテイカーのように思われがちかもしれませんが、ここまでの説明であなたもおそらくわかったはずです。確認作業というのは、giveの精神がなければできないのです。
自分のお母さんを見てもそうですよね。
お母さんが「宿題したの?ちゃんとティッシュは持った?ハンカチは持った?」などと確認するのは、ギブの精神がなければできませんよね。
それと同じなのです。確認作業の狂気と思われるほどの確認というのは、giveの精神でなければいけないのです。そしてできないのです。
もしその確認作業がテイクだと思われている。もしくは、あなたが思っているのならば相手が悪いということでしょう。つまりテイカーだということです。
つまりテイクのつもりでする確認作業は邪魔で不合理なものですが、ギブの精神でする確認作業というのは、合理であってギブの精神なのです。
インフルエンサーの方々が言うように、根本的解決はたしかに大切かもしれません。
だけど人間は意志薄弱。だからこそgiveの精神で行う狂気とも思える確認作業が人は必要なのです。
あなたも明日からgiveの精神で、狂気じみた確認作業をしてみてください。そうすればきっとより良い社会に近づいていきます。
お疲れ様でした。
また金曜日に。
あどりでした。
《毎回のスキとコメントを楽しみにしています。少しでもいいと思われたらスキとコメントよろしくお願い申し上げます。明日からの活力になるのです!》
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