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作り手として意識していること

パティシエの経験を重ねた最初の修業先から今までにおいて、ずっと心の中で意識している事があります。それは、バリスタの時も、商品開発職として勤めた時も、変わらず常に心の中にあります。今回はそのお話です。

・相手の笑顔を思い浮かべて作りなさい

ホテルのパティスリーに勤め始めて、仕込み担当となってから暫くは、失敗ばかりの日々でした。当時のパティスリーの暗黙のルールとして、「メモを取りながら教わらない」、「教わる時、1回目は付きっ切りで見て、2回目では一人で作り、3回目(実質一人で作る2回目)では一つの仕込みに対し、1時間以内に絶対に終わらせること」というのがありました。例え、100個のムースの仕込みでも、20台のホールケーキの仕込みでもです。

メモを取らないのは、一瞬で状態が変わる仕込みもあり、見落とす可能性もあるためと認識していましたが、仕込みの三度目までの決まりは、必死でした。5分延びただけで「何時間かかってんだ!!」と怒鳴られ、すみません!と謝ることが何度もありました。

そんな中で、楽しさもありつつも、基本的にしかめっ面で仕込むことが続いた1年目のある日、製菓長が突然「作る時はな、『美味しくなれ、美味しくなれ』って、食べてくれる相手の笑顔を思い浮かべながら作るんだよ。そしたらそんな顔出来なくなるから。」

実際に食べてくれる人が分かっていても、分からなくても、誰かが食べて笑顔になってくれる事を想像したら、確かにしかめっ面なんてする理由がありません。このケーキは誰かの笑顔のため、だから美味しく作る。私がお菓子作りが好きになったきっかけも、母の笑顔が見たいからだった。そう思い出し、作る時に意識するようになってから、より楽しく集中して作れるようになりました。

・指導する時は、相手の長所から言いなさい

2年目に入り、後輩が入って来ました。製菓学校を出たばかりの新卒で、私にとってもパティシエとして初めての後輩です。年齢も5歳以上離れており、製菓学校ではどこまで出来るようになるのかも何も分からない私は、教えながらも失敗した時の指導の仕方に悩んでいました。

その時に製菓長から「指導する時はな、相手の長所から先ず言って、次に出来てない短所を言うんだ。そうすれば相手は、自分の良い所も解った上で、指導してくれているんだと思える。逆に短所から言って長所を言っても、どうせフォローのつもりだと捉えられてしまう。だから、指導する時は、長所から。」

このアドバイスを頂いてから、パティシエとしてだけでなく、どの場面でも「長所から言う」と意識するようになりました。いきなり何かを指摘するのではなく、良い点を見つけて、伝えてから言う。そうすると、相手は受け止め方もスムーズにいく事が多くありました。正直、そんな余裕なく、ストレートにバスッと切る時もたまにありますが(汗)指導の場面だけでなく、会話の中でも意識するきっかけになりました。

・自信を持って作りなさい

2年目も後半になったある日、同じ仕込みで二度続けてミスをしました。周りからは「なんだ、お前が失敗なんて珍しいな」と言うほど、その頃は安定した仕込みが出来ていた時。原因はそれぞれ違い、自分でも理解していたのですが、それをきっかけに、作る事に慎重になってしまいました。

家庭用の10個ならまだしも、100個単位、キロ単位の仕込みは、一度のミスで多額の食材と材料費が無駄になります。「ミスなく作らなくては...。」と思うばかり、慎重さからスピードも落ちます。

その様子を見かねた製菓長が「作る時は、自信を持って作れ。自信なく作ったものは、自信の無いボケた味になる。お前は出来るから、自信を持て。」そう喝を入れてくれました。

同じ食材を使っていて、自信の有る無いでボケた味になるの?と、思う人もいるかもしれません。でも、例えば「これ今までで一番の自信作なんです!どうぞ!」と笑顔で出されたものと、「試しに作ったんですけど、あまり自信無くて...どうぞ」と出されたもの、同じものでも、印象が違うと思うのです。それが、作る時点から食材に伝わる、ただそれだけのことだと思います。

この3つが、最初の修業先から今もずっと、私の中に常にあります。きっかけはパティシエの修業の中で得たことでしたが、気づけば料理を作る時も、誰かに何か伝える時も、手紙を書く時も、何かしらに通じていて活かされることになりました。

~後日談~ ホテルを退職してから10年後、私は初めて訪れます。何故10年行かなかったのかというと、「胸をはって行けなかった」からです。製菓長や、当時の先輩が居る場所へ、ここまで成長しました、と自信を持って会う事が出来ず、そう言えるまで10年かかりました。パティシエとしてもまだまだですけど、一区切りの報告が出来るまで10年かかりました。

その際、当時の製菓長の言葉を話すと「俺そんな事言ったっけ?」と笑いながら話していました。常に心にある人は、当たり前だから言ったことも忘れてしまうんだなと、改めて、此処で働かせてもらえた事に感謝しました。


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