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文字サイズの表記について調べてみたら、 米国のローカル・ルールに振り回されていることに気づいた。

こんにちは。ディレクター兼グラフィックデザイナーのドナリーです。

緊急事態宣言が明けて出勤ができるようになった方、今もテレワークを続けている方、日本のワークスタイルは会社や地域により多様になったかと思います。

それにともない、Web会議やチャットアプリなど新しいコミュニケーションスタイルにも慣れてきたように感じています。

そんな中、対面でのコミュニーケーションが減った分、文字でのコミュニケーションが増えてきたと思いませんか?

そこで今日はみなさんもPCなどで使っている文字、そのサイズ表記について考えてみたいと思います。


いつから文字の大きさをポイントって言い始めた?

みなさんは普段パワポやワード・エクセルを使うとき、文字サイズを10.5ポイントとか12ポイントとかポイントで設定していますよね。

当たり前になっているので何の疑問もないでしょうし、デフォルトがそうなっているので自然にそうなると思います。

でもこのポイントによる文字サイズ表記、実は私はとても気持ち悪く感じているのです。

それは、A4やA3などの紙サイズはメートル法ベースで規定されているのに、何で文字サイズだけ別のルールになるのかと……。

ポイントはインチがベースの単位ですので、メートル法で規定されたグラフィックの世界においては異質な規格になります。

建築設計に例えるなら、一つの図面の中にメートルとインチの寸法表記が混在している状態です。

こう考えると、何かおかしなことになっている気がしません?


日本には日本特有の「Q」という文字サイズの表記がある

ご存知の方も多いかと思いますが、日本には電算写植機に採用された「Q」(1Q=0.25mm)という文字サイズの単位があります。

これは便利な単位で、例えば12Qの文字は12÷4(✕0.25)=3となり、その文字サイズは3mmということ。つまりメートル法に準じた0.25mm刻みの単位になります。

一方、ポイントはそもそもインチがベースのため、例えば12Qに近い9ptの文字サイズは約3.175mmと、割り切れない数値になります。

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もちろん割り切れなくても使用できるのですが、グラフィックデザインの仕事をするとき、私はポイントではなく「Q」を使っています。

なぜなら「割り切れない=コントロールされていない」という感じで無責任で雑な仕事をしているように思えてならないからです。

こうした理由からグラフィックデザイナーの中にはポイントに抵抗感がある方は結構いらっしゃるのではないでしょうか?

Adobe日本語版イラストレーターやインデザインなど、DTPアプリに「Q」設定できる仕様があるのは私のようなニーズがあるからだと思います。

では、いつから日本で文字サイズをポイントで言うようになったか?

それが気になり、ちょっと調べてみました。


実はポイントによる文字サイズ表記は、活版印刷の時代から日本でも使われていた

そもそも日本は「金属活字」の時代、文字サイズは「号」で表記されていました。(鯨尺の一分を基準単位にしたもの)

その後、アメリカ式の活字鋳造技術の導入のため「号」を「ポイント」であらわす「和文ポイント活字」というものが生まれます。

具体的には七号活字(5.25ポイント相当)、五号活字(10.5ポイント相当)という形で新号数として日本工業規格で規定されました。

日本の公文書には主に五号活字(10.5ポイント相当)が本文に使用されており、今もワードソフトのデフォルト文字サイズが10.5ptになっているのはそのなごりです。

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この頃から日本の活字文化は技術導入のためにアメリカの影響を色濃く受けていたわけです。

メートル法の義務化から生まれたQ数制

1790年にフランスで生まれた世界で共通に使える統一された単位制度「メートル法」。

現在も運用される「国際単位系」という世界標準の単位制度はこのメートル法の延長線上にあります。

日本はメートル条約に加盟し、メートル法は時間をかけて導入され、1921年ついに法律で義務化されます。

このとき日本は慣れ親しんだ尺貫法を廃止して、国際社会のルールに準ずる道を選んだわけです。

そして1929年、電算写植機の商用化にあたり、メートル法に基づく文字サイズの必要性からQ数制※を策定しました。

※1Qが1mmの1/4(Quarter)であることから「Q」という単位に。ちなみに漢字で「級」と表記されることもありますが、これは「Q」の当て字!です。

その後、金属活字は一部の印刷物を除いては廃れ、電算写植を使用した印刷が一般化していきます。

ここまで読んだ方はおわかりと思いますが、日本は国際標準に準拠して文字サイズの単位を作ったはずなのです。

それなのになぜ、日本において一般的な文字サイズの表記がポイントになってしまったか?


世界はアメリカの技術力の前にひれ伏し、国際単位系を無視しはじめる

もはや言うまでもありませんが、ITによるグローバル化の波はアメリカの軍事技術を基とするインターネットの普及から起こりました。

それにともない、ソフト・ハード両面において「ポイント」や「インチ」など、ヤード・ポンド法の単位がITの世界では国際標準として広まっていきます。

昭和の日本では、テレビ画面のサイズは「32型」や「50型」など、国際単位系に準拠してインチを使わない表記が主流でした。

それがIT化の進んだ現在では、32インチモニターとか、50インチモニターとか平気で使用されるように変わりました。

デザインの現場で使用される画像解像度の単位dpiも「dot per inch 」の略で、1インチあたりのドット数が標準表記になっています。

もはや国際単位系って何? 条約って何? という状態になっているのです。

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なぜアメリカは国際単位系に完全準拠しないのか?

これには歴史的な経緯があります。

メートル法が発足した1790年当時、後にアメリカ大統領になるトーマス・ジェファーソンはアメリカ発の単位系を作り、これを世界標準にしようとしていました。

ジェファーソンは、メートル法よりも自分の考えた単位系の方が国際的に統一しやすいと考えおり、フランスに計量・計測分野で依存することを嫌がりました。

しかし、それから200年の時を経て世界はメートル法にほぼ統一されました。

そんな中、アメリカでは現在もメートル法とヤード・ポンド法の併用が許されています。

実はヤード・ポンド法を採用している国は、2020年現在、アメリカを除くとミャンマー、リベリアの2国のみです。

それでもアメリカがヤード・ポンド法を使い続ける理由は、後に述べます。

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▲トーマス・ジェファーソンの肖像。生誕地(バージニア州シャーロッツビル)では彼の誕生日が祝日になっていましたが、昨今のデモの影響で祝日廃止になりました。


アメリカ国内で起こる、メートル法とヤード・ポンド法を併用することによる弊害

現在のアメリカでは、併用といいながもヤード・ポンド法が主流となっており、農場や工場、スポーツのコートのほか、スーパーやキッチンにおいてもヤード・ポンド法の単位が使われています。

単位換算がわかりやすいメートル法に対して、ヤードポンド法の単位換算は非常にややこしく、長さだけでもマイル、ハロン、チェーン、ヤード、フィート、インチと呼び方が変わっていきます。

質量はポンド、オンス、グレーンで、体積はバレル、ガロン、クォート、パイントです。

しかしメートル法は世界標準の単位系ですから、使わないわけにはいきません。

そのため、ジュースはリットル、牛乳はガロン、道路標識はマイルとメートルを併記するなど、2つの単位系が一緒くたになっているのがアメリカの現状です。

単位が統一されていないため、換算が必要な状況ではしょっちゅうトラブルが起きます。

火星探査機マーズ・クライメイト・オービターは、1998年11月に地球から打ち上げられますが、1999年9月23日に起きた航行ミスにより、交信が途絶え行方知れずになってしまいます。

のちの調査により、航行ミスの原因は「ヤード・ポンド法の単位で行われていた計算結果を、探査機の航行担当チームがメートル法の単位だと思い込み、換算をしないまま使用したこと」だと判明します。

この探査機の開発コストは当時の金額で1,931億米ドルだったとか。

NASAでさえこんな感じですから、取引のたびに換算が必要になる輸出入の現場や、一般企業、一般家庭で起きている単位換算ミスは数え切れないほどでしょう。

『ポケモンGO』はアメリカでも大人気で、このゲームで使われる距離の単位はキロメートルのため、アメリカのユーザーは「5キロメートルって何マイルだ?」とよく混乱している、そんな笑い話まであります。

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アメリカはヤード・ポンド法を廃止するつもりはない

2013年、後を絶たない計測・計量トラブルから、アメリカ政府の目安箱「We the People」に「ヤード・ポンド法を廃止してほしい」という投書が5万件近くの署名とともに提出されました。

ところが、これに対する当時の政府の回答は「政府としてはどちらでもいいから、好きな単位を使って生活してくれればいいよ」というものだったそうです。

これは「メートル法を使えと強制するのは、国民の計測の自由を侵害する行為だ」というもので、だから「ヤード・ポンド法を使ってもいい」という状況は維持されるべきと。

また、切り替えコストの議論もあり、メートル法での表記を義務付ければ、公的機関はもちろん民間企業にも膨大なコストを強いることになると。

一見正しいことを言っているようで、効率を考えれば自由云々よりも切り替える方が賢明だし、切り替えコストについても単位系が一緒くたになっている状況の方が無駄なコストが多いのだから、長期的な視点で考えれば切り替えるのが道理なはずです。

それでも変えない現状を見ると、アメリカは単位系については「効率」よりも「歴史的意地」と「将来的野望」を重視していて、これからも併用していくものと思われます。


他国のことはとやかく言えないから、単位系の乱用で効率を落とさないよう注意しよう

一旦、私たちのビジネスの現場に目線を戻します。

ITの世界ではもうヤード・ポンド法が国際標準になってしまった以上、そこを考えても仕方がないでしょう。

WebデザインやUIデザインなど、オンラインは別世界としてヤード・ポンド法ベースで設計していくしかないと思います。

ただし、他の世界まで異質な単位系の支配が及ばないよう注意が必要ではないでしょうか?

アメリカのローカル・ルールの影響で、日本の効率が奪われないように……。(ドナリー)

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