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奴隷根性から脱却するための本

「今の政治はひどい」と思っている人は少なくないかもしれません。しかし「そもそも政府なんて必要ない」と思っている人がいたとしたら、これは全然違う話になってきます。

政府なんて必要ないという考え方を、無政府主義(アナキズム)と呼びます。今からおよそ100年前、明治の終わりから大正時代にかけて、このアナキズムの急先鋒と言われ注目されていたのが大杉栄という人です。

個人的には大好きな、この大杉栄について書かれた新刊を最近読みました。

著者が若いこともあり(といっても40代ですが)、この手の評伝本としては大変読みやすかった。そして結論。やはり大杉栄は面白い!

何が面白いのかといえば、彼の「人生そのものが」です。例えばこんなエピソードがあります。

大杉は当時の労働運動を煽動したり、言論活動で社会主義運動に関わったりしていたので、その生涯で何度も監獄に入れられています。

そのたびに「一犯一語(いっぱんいちご)」といって、監獄で外国語を一語学んでシャバに戻ってくるのです。独房生活には自由はないが、時間だけはたっぷりあります。だから妻にありとあらゆる本を差し入れてもらって、その期間にじっくり(まさに腰を据えて)勉強するのです。

 元来僕は一犯一語という原則を立てていた。それは一犯ごとに一外国語をやるという意味。最初の未決監の時にはエスペラントをやった。次の巣鴨ではイタリア語をやった。二度目の巣鴨ではドイツ語をちとかじった。今度も未決の時からドイツ語の続きをやっている。で、刑期も長いことだから、これがいい加減ものになったら、次にはロシア語をやって見よう。そして出るまでにはスペイン語もちっとかじって見たい。とまずきめた。今までの経験によると、ほぼ三か月目に初歩を終えて、六ヶ月目には字引なしでいい加減本が読める。一語一年ずつとしてもこれだけはやられよう。午前中は語学の時間ときめる。                      「獄中記」

まるで、研究者が自分だけの「隠れ家」を与えられたような書きっぷりだと思いませんか。監獄に入っていてもこんなんですから、大杉栄は底抜けのオプティミスト(楽観主義者)でした。

さらに、大杉は「自由恋愛」も説いています。つまり結婚していようとなかろうと、(自分は)複数の相手を好きになってもかまわないし、(相手の)自由恋愛にも干渉しないと。もうむちゃくちゃです。

彼はこれを自ら実行し、堀保子という妻がいながらも神近市子という女性と男女の関係を持ち、さらには伊藤野枝という女性とも付き合い始めています。まさに三つ又状態です。あげくのはてには葉山の日蔭茶屋という旅館で、嫉妬にかられた二番目の女性(神近)に首を刺されています。(ちなみに大杉は命は取り留めました)

やれやれですが、今回読んだ『大杉栄伝』(KADOKAWA)で一つ分かったことは、大杉が求めていたことはおそらく、「奴隷根性からの脱却」だったんだろうなということです。自分は「アナキスト」であると本人が言っているわけですからそれは間違いないんだろうけれども、彼の生き様を見ていると、ただ「自由に生きたいんだ」という(まるで子どものような)心の叫びをヒシヒシと感じるからです。

大杉が労働運動に力を入れたのは、「もっと金をくれ」「もっと待遇をよくしろ」という労働状況の改善ではなかったのです。むしろ金なんかに縛られるな。労働者諸君よ、君たちは経営者の奴隷でもなければ、金の奴隷でもない。そう、自由なんだ!自由のために闘うのだ!

そんなソウルから、来ているような気がするのですよね。

実際大杉は(ふだんは貧乏で食料もまともに買えないほどでしたが)少しでもお金が入ると、それを惜しげもなく散財してしまったといいます。大杉にとっては、お金などいうものにはその程度の価値しかなかったということなのでしょう。

身なりもお洒落ですもんね。

大杉は関東大震災後のゴタゴタの中で、伊藤野枝(内縁の妻)と橘宗一(甥っ子:写真)と共に、憲兵たちによって38歳という若さで虐殺されますが(甘粕事件)

亡くなった時に残っていた借金は、なんと1500万円もあったというのですからさすがです。


大正の世を疾走した自由主義者、大杉栄。

コロナ禍で政治や組織の倦みがどんどんふき出している今、奴隷根性を捨ててもっと自由に生きたい!とひそかに思っているそこのあなたに

この本をお勧めします。



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