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大丈夫な「忙しい」と、大丈夫じゃない「忙しい」の違い

有り難いことに、たっぷりの「やること」に囲まれる日々です。

自分の心がけとして、このような状態のことも「忙しい」とは言わないようにしているのですが、今日の記事はニュアンスが伝わりやすいように敢えてタイトルに「忙しい」を入れました。

日本人の感覚として、近年特に「忙しい」ということに対して敏感かつ度を超えたそれについて過度に心配したり、その原因を作っているものを攻撃したりという反応が見られたりするのですが……多少は忙しい方が良いんですよね。やることがなければ(=仕事がなければ)、食っていくことは出来ないので。

ただ、「忙しい」にも性質はあると思っていて、個人的には自分でコントロールできる(範囲が多い)「忙しい」に関しては全然大丈夫なものだと考えています。意識的に適度なリフレッシュを取るなど、メリハリをつけられるので。

逆に、アンコントローラブルな忙しさについては「緊張と緩和」で言うところの「緩和」を自ら選択することができず、「緊張」が過度に続いてしまうのであまり良くはない。いつの間にかダメージが蓄積されていて、ふとした瞬間に破裂してしまうこともある。

僕の今の「忙しい」は、まだ前者だと思います。締切に追われているものや、超絶差し迫っているものもないですし、日々の睡眠時間やリフレッシュの機会などもまだ取れているので。

この部分の線引きを忘れず、今週も頑張っていきたいと思います…!

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