はじめてのアルバイト_表紙

Adan #20

はじめてのアルバイト〈1〉

「荻堂くん、つまり君は、チョップド・オニオン抜きのコニードッグのオーダーだと承知していたにもかかわらず、チョップド・オニオンをトッピングしてお客さまに出したというわけだね、しかも山盛りで。一応尋ねてやろうじゃないか。どういう了見なんだい?」と店長は僕に訊いた。店長は面接で僕と同じ干支だと話していたから、四十四歳だと思う。彼は小太りで、すれ違った女性を絶対に振り向かせないっていう目的で創作されたと思われる目鼻立ちをしていて、頭が薄くて、腕毛が濃くて、青ひげで、おまけに、いつも頬や顎に新しい剃刀負けをつくるのに余念がない人だった。

 僕はこう答えた。「コニードッグにチョップド・オニオンがトッピングされてないなんて、あってはならないじゃないですか。小顔に見せたいがために首を太く整形する、といったようなことに匹敵するくらいあってはならない」

「君の言うことはもっともだ」と言って店長は太い首を縦に振った。「私だってコニードッグにチョップド・オニオンがトッピングされてないのは考えられない。気分屋の風向計に道《タオ》を尋ねるくらいにね。ありえない。しかし、すべての人がオニオンを好んでいるわけではないし、それに、オニオンアレルギーの方だっていらっしゃるだろう。だからお客さまからチョップド・オニオン抜きのオーダーを承った場合、チョップド・オニオンをトッピングしてはならない。論じるまでもないことだ。チョップド・オニオンがトッピングしてくれって、君に頼み込んできたわけじゃあないんだろう?」

 哀願されました、と僕がジョークで応じると、店長は不快を覚えたのか、顔をしかめた。それから僕はしばらく無言で店長と見つめ合ったあと、こう言った。

「チョップド・オニオンって美味しいんだという気づきをお客さまに促すのも我々の使命なのではないかと。もしアレルギーの方だったら、そのアレルギーを起こすものをあえて食べる、ナントカ免疫療法っていうのもあったんじゃないかなあ。まあ僕はブラックホールとおんなじで食物アレルギーがないから、そのへんのことはよく分からないんですけど。それにしても、チョップド・オニオンを食べられない人生なんて悲劇ですね」

「もう分かった。お客さまに対する愛情が招いた行動であると君は言いたいわけだな、先週と同様に。先週、マスタード抜きのホットドッグのオーダーがあったとき、君は同じことをし、そして同じことを言った。違うのは、それがマスタードなのかチョップド・オニオンなのかということだけだ。荻堂くん、私はそのマスタードの件があったとき警告したはずだ。次はない、と。お客さまに対する君の愛情、それを否定してるわけじゃあないんだよ。正解がないのが正解であるという考えを正解とするのなら、君のそれも正解なんだろう。しかし、この店で働く者は、この店の定めた正解に従ってもらわなければならない。なぜなら、そうしてもらわなければ店の運営が円滑に進まないからだ。店の運営と冠婚葬祭だけは円滑でなければならない。円滑に進まなくて楽しいのは恋愛だけだ。荻堂くん、悪いが君は今月いっぱいで退職してもらう、物覚えもよくないようだし。とにかく、猫の手も冷凍庫の中の手羽さえ借りたいくらいだから、今月残り一週間、君なりのその愛は抑制して、つまりお客さまに愛情を持たないで作業に当たってくれたまえ!」

 斯様なプロセスを経て、僕はファストフード店(店名のスペルはAから始まってWで終わる例のあの店さ)のキッチンスタッフのアルバイトを一か月で解雇された。解雇されたことは勿論ショックだったんだけど、店長は僕の首を切りながら、背中を押してくれたんだと僕は思った。この店でアルバイトを始めた目的を思い出せ! と店長に叱咤されたような気がしたんだ。

 僕は何も金に困ってアルバイトを始めたわけじゃない。僕がそのファストフード店でアルバイトを始めた理由、それはずばり——ホールスタッフの聖良《せいら》ちゃんをテークアウトする、そのためさ。テークアウトの方法については直接店内のカウンターからでもドライブスルーでも、手段は問わない構えだった。

 聖良ちゃんとの出会いの場面からきちんと話すとしよう。僕は彼女と出会った日、その日時を正確に覚えている。それは僕がそのファストフード店でアルバイトを始める四日前、二○一八年九月二十七日の午後八時だ。僕はその日、ドライブをしていた。それは渚ちゃんへの恋が終わった直後で、僕は車内で「あれ以後の答えは、それ以前の問題」という番組名のラジオをぼんやりと聴きながら、タンポポの綿毛のように行き先を決めずに車を走らせていた。働くことになる二十四時間営業のそのファストフード店の看板と目が合っていなかったら、僕は自分が空腹だってことにも気がつかず、そのまま本島北部の森のドアを叩いていたことだろう。

 僕はファストフード店の駐車場に車を駐めて店内に入った。そして天使《エンジェル》と対面することになった。そう、そのときカウンターで僕の注文を受けようと待ち構えていたのが聖良ちゃんだ。

 僕は聖良ちゃんに一目惚れした。彼女は小麦色の肌をベースに、澄んだ白目と、白い歯と、シャープな顎、そしてふくよかな胸までも所有していた。制帽であるハンチングを被っていたから髪型はちゃんと確認できなかったが、これだけの顔立ちと体つきなら、ルイサ・ディオゴ[注1]みたいな髪型でも構わないと思った(無論聖良ちゃんの髪型はルイサ・ディオゴ・ヘアではない。彼女の髪型は可愛らしいボブヘアだった)。

 このときは時給制だって分かってなかったから、僕は彼女の報酬になればと、ドリンクも含めたすべてのメニューを一個ずつ注文した。そうして僕は、カウンターにいる聖良ちゃんの姿がよく見える席に陣取り、仕事をする彼女を眺めながら、畳みかけるように運ばれてくるアメリカンフードを、バケツリレーするような要領で胃に運んでいった。聖良ちゃんが運んできてくれたものから片付けていった。

 一時間半くらいで全メニューを平らげて、シンプソン一家と同じ家族構成の白人ファミリーと記念写真を撮ったあと、僕はふと店内の壁に目をやった。その壁には貼り紙が貼ってあった。アルバイト募集の貼り紙だった。僕は「これだ!」と思った。まだ聖良ちゃんの仕事ぶりを眺めていたかったのだけれど、僕は店を後にした。

 明くる日の朝、僕は店に電話をして、その日の昼に面接をして(前日に全メニューを平らげた男がアルバイトの面接に来たから店長は驚いていた)、そしてその日の夜に採用するとの電話をいただいた。僕は三日後の月初めから働かせてもらえることになった。交通費は出ない上に、出勤に車で五十分ほどかかることは(しかも高速道路に乗って!)、僕を脅かすものでも何でもなかった。それらの事柄は恋の魔力によって、僕の前ですでに野垂れ死んでいたのだ。

つづく

読んでくれてありがとうございます!
次回「Adan No.21」は、8月12日(月)の午後にアップします!

[注釈]
1.ルイサ・ディオゴ(モザンビーク共和国第4代首相)