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ときめく会話

昨日のNOTEをきっかけに少しサロンのことについて掘り下げていきたい。
香りの向こうに描いてる世界のこと。

adams fragrance family とは。
サロンのテーマは「心の離れ、大人の自己変容、美しい化学反応」。
そのために、どんなことが起こる空間かと言えば、
「ときめく会話」があり、「目から鱗の大刺激」があり、「穏やかな風」が運ばれ、互いに「エレガントな尊重」がもてる、そんな空間。
そして、この場に集ってくださる方々に秀麗凛華が宿る。
自分の中ではつながっているけれど、まだまだ、メッセージとしては点と点かもしれない。

「ときめく会話」
これは本当に、降って湧いたような言葉で、一見したら何の変哲もないけれど、あるオンラインイベントに参加する前日に、「あ、明日には何かときめく会話がそこにあるかも」と思った。
実は特に興味のある内容でもなかったけれど、ふとそう思ったのだ。
少し気持ちが擦り切れて、埃にまみれたような疲労感を味わっていたから、その予定のことを思い出して、まさに「垢ぬけ」したのかもしれない。
特にそのイベントでときめく会話が具体的にあったわけではない。
けれど、自分にとって”棘もなく””泥もついてない”やり取りができることだけはわかっていたし、そうだった。
心理的安全性なのだろうか?

私はスルーされたい!
そういえば、昔、あるメンタリストの方と話す機会がたまたまあった。人間関係の話になり恋愛の話になり、うんうんと聞いていたけれど、その時私がその方に思い切って話してみたこと、それは
「私スルーされたいんですけど、どうしたらいいですか?」
(スルーされたくないではなく、スルーしてほしい、だった笑)
答え(アドバイス?)は、「人生の中で大事なものを三つ決める」だった。
それがスルーされたいことに、どうつながるかわからなかったけれど。
今思えば、スルーされたいというのは、構われることが相手によってウザいわけで、ウザさを解消するには人生において大切な3つ以外を眼中にいれなければいい、とうことだったのかもしれない。

ときめかない部屋 そしてときめく部屋
なんでこの話になったかというと、ときめかない会話があるからこそ、
ときめく会話という言葉が私からは出たのだと思うのだ。
何がときめかないって、マウント、牽制、抑圧、がすぐに浮かんだ。
何か硝子の天井、硝子の壁を感じて、窒息しそうになった時、別の部屋への出入りは自由だとふと、知った。
硝子の天井の部屋は確かにある、押し上げてもどんどん迫ってくる、
けれどその部屋を出ていくことができる、
別の部屋がいくつもあっていいはず。
そして、その部屋にはときめく会話があるはず、と思ったのだ。

サロンにはときめく会話を起こしたい。
だから、マウントと牽制と抑圧と、否定はしてはダメ。
何がダメか「ときめく会話」の反対側が少し、わかってきた。
その向こうは、またあとで。

#note100日
#コルクラボ
#adams


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