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平安王朝、恋愛プロポーザルの教え

光源氏をめぐる女君の駆け引きは、組織でのポジショニングに通じるというお話

源氏物語、「梅枝」の巻から。光源氏の正妻(紫の上)、第二夫人(明石御方)、昔の憧れの人(朝顔斎院)、元カノ(花散る里)それぞれが2種類ずつ薫物を作ることになったときのこと。※光源氏との関係で厳密ではありませんが、ここではわかりやすくデフォルメしています。

前提として、薫物は季節に応じて六種あり、源氏物語にはうち四種が登場します。

黒方・・・格が高く、冬またはお祝い事用。

梅花・・・梅の花に似せた香り。春用。

荷葉・・・蓮の清涼な香りに似せたもの。夏用。

侍従・・・秋風を思わせる香り。

源氏物語にでてこないのは他に、菊花と落葉、その名の通りいずれも秋、または冬の香りです。こうしてみると、秋冬が香りを楽しむクライマックスというところ、香水と似ています。

薫物には、使う香木の種類も限定され、その調合法は代々その家に継承されるものでした。つまり、どんな出来栄えになるかというのは家柄にも準ずるわけですね。名店の秘伝のタレのよう笑。

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姫君たちがどのような薫物を調合したか。それぞれ、勝手に心の声を妄想しながらご紹介します。


紫上「黒方」「梅花」「侍従」

「私は春の御殿の女主人、私といえば春っ。梅花は私流にアレンジもしようっ。もちろん、立場上、黒方は必須。あーでも、侍従もつくりたい!そうね、三種、いっちゃう!」

朝顔斎院「黒方」「梅花」

「この季節は梅花※は外せないわね。もちろん、私が受け継いだ正真正銘の黒方もきっとお愉しみいただけるでしょう。」(注:春の姫君、紫上への忖度なしw)

花散里「荷葉」

「私は夏の御殿に住まわせていただいているので、荷葉。これだけでいいわ。二種類といわれたけれど、他の方々と競うなんて憚られるので、せめて荷葉だけはつくって義務は果たさないと」

明石御方 薫衣香

「冬の御殿の私は黒方。でもきっと他の女君たちも黒方を作られるでしょう。家柄の良い方々とそこで競っても意味はないから、薫物はやめて薫衣香にしよう。その中で最高の処方をもってつくりましょう」

この女君の関係を、下の図のように整理してみました。縦軸は立場(出自と現在の立場)からくる選択肢の自由さ。家柄が良いと良い処方を持っている、光源氏の正妻であればだれにも遠慮はいらない、など何を作るか考える際の自由度。

横軸は源氏との関係です。ほぼ現在も進行形なのか、過去には関係があったか、あるいは未遂のまま笑か。(ほぼ今カノ、ほぼ元カノ、時々元サヤあり、と理解ください)


源氏梅枝

お立場やお家柄の上で申し分ない朝顔と紫上は、黒方、梅花と主旨(源氏の令嬢の皇太子との婚礼準備品としての薫物)や季節に沿う、まさに王道をいっています。ついでに、「どの女君の薫物が優れているの?」という読者の主旨にも沿っているような・・・。

選択肢を持てる人は王道に行く、というより、選択肢が持てる人がやることは、結果、王道になる。

と私は考えています。ここに感性トレンドを掛け合わせていくと、面白いけど、今日は我慢、長くなるので笑。

一方で、ビハインド感のある、または自分で勝手に後ろに下がる女君たち。明石は、薫物なのに薫衣香(質のアレンジ)、花散里は二種なのに一種(量のアレンジ)と、課題と違う成果物。いずれも変化球勝負ですね。

軍配はそれぞれにあがります。

朝顔・黒方→奥ゆかしく、しっとりとした格別な趣

紫上・梅花→華やかでモダン、とがったセンスも感じる

花散里・荷葉→心優しい味わい

明石・薫衣香→優れた過去の傑作に学んだ、世にも稀な雅さ。

自由度高めゾーンの朝顔と紫上

さて、自由度高めのゾーンで競合したのは朝顔と紫上。違いを考えた時、ふとここに登場しない姫を思いました。既に儚くなっている正妻、葵上です。身分も教養も美しさも申し分ない方です。もしも、葵上がここに参戦していたとすると、嫉妬深く、自己肯定感が周辺環境に左右される紫上は、晴れ晴れと嬉々として三種も調合、とはいかなかったでしょう。

「どうして、私はここにいなければいけないの」と運命を嘆いていたのでは?ネガティブサイクルにはいちゃったのでは?と思うと、彼女の自由度は他者=光源氏に依存したもので、彼女の安全安心は光源氏によってのみ、担保されるものということがわかってきます。従って、彼女の選択肢は光源氏次第、他者に左右される自由度といえます。

一方の朝顔は、光源氏を「他の女と一緒にしないで!」という理由で袖にした過去からも、基本的には一定の距離を自らおいて、その分自立した自由度を保てています。葵上がいても、紫上が春の姫君でも、他者への忖度はなく、自身の決めたところを全うするでしょう。自身で勝ち取った選択肢です。

自由度低めゾーンの明石と花散里

同じ自由度低めとはいえ、終始控え目、遠慮の塊、自己肯定感低めの花散里は他者との競い合いを望みません。それは、他者と比較して劣る自分を相対的に理解してる(思い込んでいる)からでしょう。

一方の明石は、同じ分の弁え方でも、勝負を回避するのではなく、相手の土俵にあがらない戦略です。どの領域なら自分が発揮できるか、とても心得たやり方で自分のフィールドに戦いの場を移すのです。頭いい、センスいい!

そう、自由度(王道)、不自由度(変化球)のゾーニングは対角線上で他者依存=相対評価か自立=絶対評価かに分けられると私は考えました。

それぞれ、自身の境遇の中で美しく生きてはいますけれど。

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この四者のありようを組織においての観点で解いてみる

組織に例えると、例えば、縦軸を役職やポジション、横軸を専門性ととらえることもできますし、横軸を案件と自分との関わり度にしても自身の現状、課題解決上のポジションを俯瞰できると思います。

梅枝巻のこの件が面白いのは、”権限はすべてのプレイヤーに公平に与えられている”ということ。誰が黒方を作っても良いし、処方を紫上のように今様にアレンジしても良い。

その中でこそ、プレイヤーたちの戦略が際立ってくるのです。それぞれに活路がある。さらに、女君たちの課題は薫物だけれど、ゴール(というか目論見)は、各々微妙に異なるようです。

朝顔は、自身を貫くこと、プライドにかけて、真正面から課題を受け取ること。どうせ今は(あるいはもともと)光源氏との関係も適度な距離があるのだから、失敗しても孤高を保つことはできる。朝顔は朝顔でおります、が彼女の価値観といえます。

紫上のゴールは常に光源氏にとって自分が一番の存在でありつづけること。愛情面でも六条院を運営する立場の上でも。役職が上がって権限も持たされる状況、もちろん経営の信頼を一身に集めた上で。それが脅かされない限り彼女は心理的安全性の元に力、自分らしさを発揮し続けます。危うい・・・。優秀だしエンゲージメントも高い。ただし、年がら年中「あなたが一番優秀」と嘘でも言い続けないと行けなくなります。しかも、文句も言わずに耐えるので、自己中な上司だったら酷使されまくって「君の成長のため」と、心なく扱われて終わりそうです。

明石は先程も触れたように「ここでは戦わない」というところを良く心得ています。自分のポジションを俯瞰して、負けがないよう独自路線を開拓します。ブルーオーシャンの見つけ方が巧く、そこで実績をあげていく。光源氏次第の身の上ではあるけれど、一番になることではなく、一流になる、という意思を感じます。順番ではなく至高のあり方が彼女のゴール設定です。

花散里は、これも組織に典型的なタイプです。出世はのぞみません、主流派にいなくてもいいです、ただ自分に与えられた仕事をきちんと静かにさせてください、という感じでしょうか。昇進レースに駆り出されるとか、マネジャーになったために招いた厄介ごととか、自分には無理です、というタイプです。源氏物語でも心落ち着く、心許せる人となりを貫いていますが、確かに安心して仕事をお願いできるタイプです。が、リーダーシップの発揮はむつかしそう。

自身が組織の中で、どこらへんかを考えても良いのですけれど、リーダーの方々は部下がどこにポジションをとっているかを見極めると、チームビルドがしやすくなるかもしれないですね。ここでは女君ですけれど、男性にも通じます。それぞれに活かし方と面倒な点はあります笑。

その人がどのような環境、組織内の自身のポジションにいたいか、という価値観からくる思惑。

価値観と環境のフィット感がモチベーションを高める一要因であり、そのフィット感を持っている限り、その人は組織やミッションとしっかりエンゲージメントできているのだと思います。

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さて、梅枝に登場する薫物を現代の名香に準えてとらえたいと書き始めましたが、これは次回を!


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