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中立国はつらいよ~ヒトラーにも英仏にも屈しなかった国王~

皆さまヴェーザー演習作戦はご存知でしょうか。

ご存知ドイツ軍がノルウェー、及びデンマークに侵攻した作戦です。

では、イギリスはドイツよりもっと早い時期にノルウェー侵攻計画を計画・準備していたことはご存知ですか?

どうもミリタリーサークル「徒華新書」です。
 本日のミリしら(ミリタリーの実は知らない)です。
 @adabanasinsyo

 筆者の北条岳人です。
 @adabana_gakuto

 今回の記事は、以前のヨーロッパ戦線通史の記事

https://note.com/adabana_sinsyo/n/nda2f8d9c3214

に入っていたはずの小コラムに多少の加筆をしたものです。

……まぁ、顛末は後で書きます。とはいえ、こういうことは前にもあったので、想像通りだとは思いますが。


 それはともかく、なんでHoI2wikiの各国戦略>ドイツのページに「hoi2的にはあまり意味がない*1ので、面倒なら必要ありません」とまで書かれてるヴェーザー演習作戦を題材にするのでしょう。
1940年時点では北海油田もクソもないのに、なんでわざわざノルウェーなんか取り上げるの?」と問われれば、バトル・オブ・ブリテン及びその失敗を❝正しく❞理解するには、まず「なんでヴェーザー演習作戦なんてしたのか」を知る必要があるからです。

 また、そもそも前掲ページの「*1史実ではUボート基地の確保とかスウェーデンの鉄鉱石を守るとか、そういう意義がありました」という記載、どういうことだか説明できますか?
Uボート基地はともかく、なんでノルウェーに攻め込むとスウェーデンの鉄鉱石を守れるのでしょう。
英仏の間で「スウェーデンの鉄鉱山を物理的に接収する案」が検討されてたことがあるってご存知でした?
というわけで、実は意外と面白いかもしれない(かもしれない運転)ヴェーザーユーブンクについて解説をしていきます。


海軍相の提案

 2016年にノルウェー映画「ヒトラーに屈しなかった国王」が公開されましたが、実のところノルウェー侵攻を先に思いついたのも、ノルウェーの中立を先に侵害したのもイギリスです。
 当初ヒトラーはノルウェーの中立政策を「ドイツに利する」と評しており、ノルウェーの中立を支持すると共に「誰かが中立を侵害したら然るべき措置を取る」と発言していました。
39年10月頃に海軍がノルウェー侵攻案を提出してきた時には「ノルウェーの中立を侵害する」として却下までしているのです。

 翻って、❝我らが正義の連合国様❞はどうだったのでしょうね?

 39年11月。当時チェンバレン内閣の海軍大臣だったチャーチルは「ドイツがスウェーデンから輸入している鉄鉱石は、冬季にはノルウェーのナルヴィクを経由して輸送されている」ことに目をつけました。
何故ナルヴィク経由で輸送されているのかといえば、ノルウェー西岸は北極圏に近いにも拘らず北大西洋海流が流れ込む関係で、冬でも凍らないからです。(下図を参照)
余談ですが、イギリスも北大西洋海流(と偏西風)の影響で北海道の北緯41~45度よりも北(北緯50~60度)にある割には、その割に温暖な気候で四季もちゃんとあるとされていますね。

緑が鉄鉱山の大まかな位置。イェリヴァレより北西に打った点のあたりにもキルワの鉄鉱山がある。青線が夏の輸送経路、イェリヴァレ・キルワからルレオに鉄道輸送してボスニア湾を船で運ぶ。赤線が冬の経路。ナルヴィクに輸送してからノルウェー沿岸を運ぶ。

 チャーチルはドイツを経済的に締め上げるために
・『ノルウェー沿岸部に機雷を敷設しドイツ輸送船の航路を妨害する』(アルフレッド作戦)
・『これにドイツ軍が反応してきた場合は、ナルヴィクをはじめノルウェーの一部を占領する』(R4計画)

という2つの作戦を提案しました。
チャーチル自らこの作戦の意義や必要性を力説して曰く小国は、我々が彼らの諸権利と自由を守るために戦っているときに、我々を拘束することは許されないというのです。

 が、言うまでもなく他国の中立政策を堂々と無視する内容なので閣内でドン引きされ『他の中立国からの非難も招く』として却下されます。

 ヒトラーですらノルウェーの中立を支持したというのに、ヒトラーですらも遵守した小国の中立と諸権利を、
ヒトラーよりも先に土足で踏みにじろうとした悪い人間がイギリスとかいう島国にいるらしいな???

 39年12月末〜40年3月にかけては、フランスが提案する『冬戦争への支援にかこつける』案も検討されました。「英仏合同でフィンランドに軍事援助を送るのだが、その部隊をナルヴィクに上陸させ、港と鉄鉱石輸送の鉄道を適当な理由をつけて押さえてしまう」という計画でした。
こちらの計画は内閣の了承も得たものの、通行される側のノルウェーは「争いに巻き込まれかねない」と感じ、英仏から出された通行要求を拒否します。

ノルウェーなんて小国ごときに断られた程度で諦める英仏ではありませんで、同意なしの強行上陸計画を進めていきます。
ノルウェーは道路ではなく国なんだが?もしかして千里浜なぎさドライブウェイかなにかと勘違いしてる?

日本で唯一、世界的にも珍しい車で走れる砂浜、千里浜なぎさドライブウェイ。石川県羽咋郡宝達志水町今浜から羽咋市千里浜町に至る8kmの千里浜海岸沿いを指す。「水曜どうでしょう」の『試験に出るどうでしょう石川県・富山県』などで取り上げられたことでも知られる。
画像出典は石川県羽咋市のウェブサイト<https://www.city.hakui.lg.jp/soshiki/sangyoukensetsubu/syoukoukankouka/12/1/2505.html>

 しかしナルヴィク上陸部隊の準備が整ったのが3/12、フィンランドがソ連との和平交渉に応じたのも3/12で、介入の口実を失ったイギリスは機雷敷設→侵攻案に回帰しました。
逆に言えば、もし冬戦争が長引いていればイギリスがノルウェーに上陸作戦をかけていたかもしれないのです。
それどころか、下図に示す上陸予定地点に加え、スウェーデン側にも立ち入って鉄道どころか、あわよくばイェリヴァレやキルワの鉄鉱山そのものも抑えてしまうことまで提案されていたとも言われています。
……これで「我々が彼らの諸権利と自由を守るために戦っている」だって?よく聞こえなかったな、もう一度、ゆっくり大きな声で言ってくれるか?

冬戦争介入にかこつけたノルウェー部分占領案が本当に実行されていた場合に、上陸作戦が計画されていた場所。ナルヴィク以外にもトロンヘイム・ベルゲン・スタヴァンゲルへの上陸も検討されていた。

総統の決断

 では、逆にヒトラーはいつからノルウェーに戦略的興味を持ったのでしょう。彼は40年1月頃から「英仏がフィンランド支援の名目でノルウェーに侵攻する」との噂を気にし始め、2/16のアルトマルク号事件を経て『こいつら中立を遵守する気がねぇ!』と悟ります。
 この事件は英駆逐艦「コサック」が独海軍のタンカー「アルトマルク」を「ノルウェーの領海内で」拿捕したものです。敵国船の臨検・拿捕を中立国の領海内で行うのは海戦中立条約(1907)第2条に明らかに違背する行動であり、臨検・拿捕をするのなら当該船舶が「公海上に出てから」でなければなりません。

「交戦国軍艦カ中立国領水ニ於テ捕獲及臨検捜索権ノ行使其ノ他一切ノ敵対行為ヲ行フコトハ中立ノ侵犯ヲ構成スルモノトシ之ヲ厳禁ス」
(交戦国軍艦が中立国領水に於いて捕獲および臨検捜索権の行使その他一切の敵対行為を行うことは中立の侵犯を構成するものとしこれを厳禁す)

海戦ノ場合ニ於ケル中立国ノ権利義務ニ関スル条約第2条

 ことここに至り、ヒトラーはついにノルウェー(と、足がかりとしてデンマークにも)侵攻を決意したのです。この侵攻計画が後のヴェーザー演習作戦です。

また偶然とは面白いもので、ヴェーザー演習作戦発動前後のタイムスケジュールは
4/5~6 独軍上陸部隊、出港。
4/7~8 英海軍、ノルウェー領海内に機雷敷設(アルフレッド作戦)。中立違反。
4/9 独軍によるヴェーザー演習作戦発動。同日中にノルウェーの主要港湾都市占領。言うまでもなく、中立違反。
4/10前後? 英海軍によるノルウェー上陸予定日(R4計画)。言うまでもなく、中立違反。

となっており、独英の作戦はちょうど交錯していたのです。独軍の出港が遅かったら、ノルウェーの港湾都市にハーケンクロイツではなくユニオンジャックが掲げられる可能性もあったのです。

 以上のように、実はノルウェーはドイツだけでなくイギリスからも狙われていたのです。それどころかイギリスがノルウェーの中立を軽視したことが、ヒトラーにノルウェー侵攻を決意させたというのは皮肉という他ないでしょう。

 とはいえ、ヴェーザー演習作戦によってドイツ海軍の被った損害、特に駆逐艦のそれは破滅的とすら言っていいほどでした。
ヴェーザー演習作戦発動時点でドイツ海軍は駆逐艦を20隻しか持っていませんでした。
兵員の輸送などのためにその中から14隻投入して、第一次~第二次ナルヴィク沖海戦で10隻も失ったのです。
一気にケリを付けたいから上陸作戦にするっつって駆逐艦で兵員を運んでるんだ……揚陸艦とか、いらっしゃらないんですか?というのもさることながら、
ここで駆逐艦を10隻も失ったことは「艦隊に耳目が足りなくなる」ことを意味しますから、ただでさえ規模が小さいドイツ海軍が不活発的にならざるを得ない要因のひとつとなり、ゼーレーヴェ作戦の実現可能性にも悪影響を及ぼしました。
戦艦少女Rの駆逐戦役「纳尔维克海战」が難易度「困難」だと駆逐艦縛りになり、相手に戦艦もいるので難易度高い訳だぁ……

あとがき及び顛末記

 前掲記事に入るはずだった、ジークフリート線をめぐる文化面での❝戦争❞

が、『必要だから書いた』ぼくと「長い」だの「突然軍歌の話されて分からない」とする校閲側で戦争になり1:2で押し切られて別記事にさせられたのと同じで、
この記事も『バトル・オブ・ブリテンという超重要な転換点を❝正しく❞理解するには海軍側の事情と空軍側の事情について詳しく触れなければならないし、ヴェーザーユーブンクについても言及せざるを得ないんだけど?
えっなんですか、❝転換点❞を論う記事で転換点についての詳説を避けるってマジ?ヴェーザーは全カット、BoBも9割以上カットってお前ら正気?』と押し切ろうとするぼくと、
「長すぎ」「重すぎ」「別記事にしろ」とソウド・オフしようとする校閲側の全面衝突が発生し、これも1:2で押し切られこのような形となりました。我々の間ではよくあることです。

『で?肝心要のバトル・オブ・ブリテンにおける海軍と空軍側の事情は?』
ご安心ください、調べはついております。
今月はコミケ当落があるので、当選を前提に「夏コミではどんなことを書く予定か」に関する記事を作る都合上、掲載まで少し時間は空いてしまいますが、ご期待ください。

参考文献

デヴィッド・ジョーダン、アンドリュー・ウィースト著、宮永忠将訳「地図と解説でよくわかる第二次世界大戦戦況図解」(ホビージャパン、2019年)
A.J.P.テイラー著、古藤晃訳「目で見る戦史 第二次世界大戦」(新評論、1981年)
ジョン・ピムロット著、アラン・ブロック序、田川憲二郎訳「地図で読む世界の歴史 第二次世界大戦」(河出書房新社、2000年)
アントニー・ビーヴァー著、平賀秀明訳「第二次世界大戦 上・中・下」(白水社、2015年)
ゴードン・ウィリアムソン著・手島尚訳「ドイツ海軍の駆逐艦1939-1945」(大日本絵画、2006年)
斎木伸生「ミリタリー選書37 世界の海戦史 洋上に轟く巨砲ー戦艦たちの時代」(イカロス出版、2015年)
外務省 条約データ検索>海戦の場合に於ける中立国の権利義務に関する条約 PDF-1<https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B-S38-P2-759_1.pdf>
海戦ノ場合ニ於ケル中立国ノ権利義務ニ関スル条約<https://www1.doshisha.ac.jp/~karai/intlaw/docs/hc13.htm>
Z2 Georg Thiele Operational History<https://www.german-navy.de/kriegsmarine/ships/destroyer/zerstorer1934/z2georgthiele/operations.html>
Z9 Wolfgang Zenker Operational History<https://www.german-navy.de/kriegsmarine/ships/destroyer/zerstorer1934a/z9wolfgangzenker/operations.html>
Z11 Bernd von Arnim Operational History<https://www.german-navy.de/kriegsmarine/ships/destroyer/zerstorer1934a/z11berndvonarnim/operations.html>
Z12 Erich Giese Operational History<https://www.german-navy.de/kriegsmarine/ships/destroyer/zerstorer1934a/z12erichgiese/operations.html>
Z13 Erich Koellner Operational History<https://www.german-navy.de/kriegsmarine/ships/destroyer/zerstorer1934a/z13erichkoellner/operations.html>
Z17 Diether von Roeder Operational History<https://www.german-navy.de/kriegsmarine/ships/destroyer/zerstorer1936/z17diethervonroeder/operations.html>
Z18 Hans Lüdemann Operational History<https://www.german-navy.de/kriegsmarine/ships/destroyer/zerstorer1936/z18hansludemann/operations.html>
Z19 Hermann Künne Operational History<https://www.german-navy.de/kriegsmarine/ships/destroyer/zerstorer1936/z19hermannkunne/operations.html>
Z21 Wilhelm Heidkamp Operational History<https://www.german-navy.de/kriegsmarine/ships/destroyer/zerstorer1936/z21wilhelmheidkamp/operations.html>
Z22 Anton Schmitt Operational History<https://www.german-navy.de/kriegsmarine/ships/destroyer/zerstorer1936/z22antonschmitt/operations.html>




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