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2019年を振り返る


振り返り。年末に途中まで書いて、下書きに残していたら2020年になっていた。

年末に発表された「しいたけ占い2020年上半期」でしいたけさんが言っていたが、2019年の蟹座は「何だかよくわからなかった年」だったみたい。あ、そうだなと頷いた。

「何だかよくわからなかった。でも、目の前にやってきた波に対して、無我夢中で乗ってみた」そして、気づけば、今の自分がもうすでに「人生の動きが速いなぁ」と感じるぐらいまで、ちょっと前の自分からは全然予測していなかった立場にいたりする。(しいたけ占い・蟹座の2019年)

まさに、しいたけさんの言うとおりの一年だった。占いってあまり信じない方だけど、こればかりは驚いた。ただ楽しい方を選んでいくと自然に色んな良い流れが巡ってきて、気づけば充実した今がある。

仕事、プライベート、なんだか本当に色々あった。まさによくわからない一年だったけど、28年間の人生において最も挑戦と成長の一年になったようにも思う。

2019年は転職、上京をしたばかりで、色んな「終わり」と「はじまり」が入り交ざった年になった。自分の頭の中を整理する意味で、備忘録的に2018年の秋から振り返ってみるので、少し長くなります。

* * *

愛媛から上京

10月。新卒から4年半勤めた出版社を退職し、愛媛から東京へ転職のため引っ越す。このとき27歳。

「28歳くらいで結婚して田舎でのんびりと暮らすのだ」と、ずっと思っていたので、この転職は自分にとってかなり大きな決断だった。

「同棲中の彼氏を愛媛に置いて来た」と言うと驚く人が多かった。

東京で出会った人たちはすごい、えらい、意識が高いぞ!と褒めてくれたけど、全くそんなことはなく、一人で泣く夜も多々あった。そのくらい自分は弱いし、何かに焦っていた。無理やり環境を変えてでも、俗に言う”何者か”になりたかった頃。

新しい職場、新しい仕事

11月。RIDE MEDIA&DESIGNでの仕事がスタートする。職種はコンテンツエディター。雑誌編集しか経験がない私にとって念願だったweb媒体の仕事。最初に任せてもらった案件は食のwebマガジン「アマノ食堂」のコンテンツ運用だった。(現在も担当)

オウンドメディアの運用、webコンテンツの編集、SEO対策、SNS運用、レシピ記事の企画。あれもこれも初めて尽くしだったけど、新しいことを覚えるのって、やっぱり楽しいと思えた。

取材にもたくさん行った。食材やレシピ記事にとどまらず、対談記事など幅広いジャンルの取材。料理家、作家、スポーツ選手、芸人、、これまでの仕事では出会えなかった人ばかり。

特に「お客さん対談」の取材では、毎月様々なテーマを極めたゲストに話を聞けた。“好き”を極めている人のインタビューは時間が足りないくらい面白くて、仕事なのに、趣味の延長のようなありがたい時間で、毎回楽しくて仕方なかった。


「ほぼ日の塾」に参加する

1〜3月。「ほぼ日」が主宰する講座「ほぼ日の塾」の選考を通過した。1月からは実践編がスタートし、課題として「対談」「エッセイ」「自由テーマ」の3つの文章を書いた。

仕事と並行して課題をこなすのは想像以上に大変だった。特に「エッセイ」の課題では”自分について書くこと”の苦しさと初めて真剣に向き合う時間となった。私は、私について書くことが苦手だ。

この講座で書いた文章は実際に「ほぼ日」のサイト「ほぼ日の塾 発表の広場」で一般読者に公開される。書いては、消してを繰り返してなんとか完成した文章が世に放たれる瞬間のドキドキ。

ずっと避けてきたエッセイだったけど、「もっと良く書けたよな」の後悔は残りつつも、世に出すことでの嬉しい反応の方が多かった。

思わぬ知り合いから「読んだよ」と連絡が来たり、知らない読者さんから長文の感想が届いたり、「魅力的なコンテンツ」としてページの上段に載せてもらえたり…。

自分がずっと自信のなかったものが評価してもらえたことに驚いたし、自分から見えているものと、外から見られているものって結構ギャップがあるのかもしれないと気づくことができた。

▷あなたのことなんて誰も興味がないんだから。それは僕らだって同じ。エッセイは「私ごときが...」と思って当たり前。開き直ってエイや!っと書けばいい。
▷インタビュー記事は、読みやすくするためならば相手の言葉を編集しても構わない。ただし、相手への敬意を絶対に忘れないこと。

中でも乗組員の永田さんや菅野さん、糸井さんから教えてもらったこの2つは今でも常に頭の中にある。

この塾では自分を世に放つことへの勇気をもらった。苦手だったnoteを書くようになったし(かなり頻度は低いけど)、Twitterアカウントの鍵も外した。

それは塾の内容だけでなく、一緒に参加していた塾生から刺激をもらったのが大きい。

同じ業界で頑張っている同世代の友達もたくさんできた。穏やかだけど、アツくて、良い時間だったなと今でも思う。

雑誌「TURNS」の編集部に加入

6月。アタシ社のミネさんに声をかけていただき、「TRUNS」の編集部員となった。愛媛にいた頃から読んでいて、いつかチャンスがあれば関わりたいと思っていた雑誌だったので、驚いたし、すごく嬉しかった。

リニューアル第1号の農業特集では新潟県燕三条市、千葉県いすみ市の農家さんを訪ねた。新潟で副業として農業を行う同世代の女子3人組「農業Crew」との出会いは特に印象的だったなぁ。

初めて乗る上越新幹線。現地カメラマンも含め、全員はじめましてという状況。こちらが取材を依頼している側なのに、もてなしてもらって、ステキな場所や人とも繋げてもらって、とても濃厚な時間になった。

会社員をしながら副業として畑を耕す三人娘。かわいくて、しっかりしてて、真っ直ぐで。やりたいことがあればすぐ行動して形にしてしまう彼女たちの姿勢に圧倒された。

東京に居ながら地域の取材ができるのは本当に幸せなことだと思ったのと、この編集チームをきっかけに生まれた出会いもあった。

ディレクターのミネさんは大好きな尾崎世界観のエッセイに何度も登場するあのミネさんで、愛媛にいたころから憧れていた編集者だったし、リニューアル第2号から加わったライターの山田宗太朗さんは、上京前に読んで感動したクリープハイプのライブレポート(愛に溢れたレポートに鳥肌が立って、当時ほぼ日手帳にその感想と山田さんの名前をメモしていた)を担当した、まさにその人だった。

TURNSに限らず、人との繋がり関しては予想外の連続だった。好きな場所へ行って、好きなものを追っていれば巡り巡って憧れの人に会えたり、一緒に仕事をすることだってできる。

Twitterで追いかけていた人達にもたくさん出会う機会が訪れた。これってラッキーなのか。東京ならではなのか。どちらにせよ、人に恵まれた一年だった。

TURNS企画チームの同世代メンバーとは小旅行やキャンプへ行くほどのマブダチになった。これも大きな財産。

「言葉の企画」に参加する

5〜10月。電通のコピーライターの阿部広太郎さんが主宰する講座「言葉の企画」の企画生になった。

半年間、月に1回行われる講座。「ほぼ日の塾」では【書く】ことを学んだが、「言葉の企画」では【伝わる言葉】【伝わる企画】と向き合う場となった。

名付け、伝わる企画書、エッセイ、キュレーション記事、自分らしい企画を考える...etc。毎月出る課題に苦しみながらも言葉で伝えることについて考え尽くした半年間だった。

仕事をしながら講座に通うのはやっぱり大変だったけど、同じく仕事をしながら業務外の時間で「企画メシ」「言葉の企画」の2講座を持って、居場所を作り続けてくれた阿部さんは本当にすごい人だと思った。

講義でのインプットはもちろんだけど、それ以上に他の企画生の考え方や学ぶ姿勢、阿部さんの熱に触れることができたのが大きかった。

そして、この講座でも同じ志で参加している企画生たちとの出会いが財産となった。優秀な同期たちに圧倒されて自信がなくなったタイミングが幾度とあったけど、人と比べない”自分らしさ”について考える機会にもなった。

それまでは人の評価を気にしたり、空気を読むこともしてきたけど、講座が半分終わったくらいで、何かがプツンと切れて、無理するのをやめた。

背伸びせず、のびのび過ごしていることで声をかけてくれた企画生もいて、その子とは、講座が終わった今でも連絡を取って気軽に会える友人になった。

その頃に書いた課題「素敵な人」のエッセイは、深く考えず表現できた。すると、普段からライターの仕事をしている企画生の子が、今回の中で一番好きだとコメントしてくれた。私は彼女の考え方や文章がとても好きで、もはやファンになっているので、すごく嬉しかった。

どうしても色んな人の目に触れるものだから、ちょっとカッコよく書きたいとか、あの人の文章をマネて書いてみたい(平野紗季子ちゃんみたいに書きたいとずっと思っていた時期もあったけど早々に諦めた)、なんて思ってしまうけど、「自分らしく、嘘のない文章を書く」ことしか私にはできないと思った。

これは2019年に詰め込んだ2つの講座で教えてもらったことだ。


そのほかに担当した仕事

アサヒグループの技術広報誌の制作、LIXILのwebメディア「Living Deli」の立ち上げ、など大きな企業の案件にも携わることができた。

中でも某企業のメディアリニューアルのコンペでは、尊敬する先輩、同期入社の仲間と一緒に企画を考え、「コンペで勝つ」という経験をチームの一員として味わうことができた。リサーチもブレストも企画も、ずっと楽しかったなぁ。

2019年、仕事に限らずプライベートでも会社メンバーと一緒に過ごす時間が多かった。

たくさん飲みに行ったし、ご飯も食べた。休日に出かけたりもした。今では当たり前(?)になったカラオケオールなんて大学生ぶりで最初は驚いた。みんなフットワークが軽くて、楽しい人ばかりだ。

もともと知り合いが少ない東京に一人ぼっちで上京したけど、寂しい思いをほとんどしないまま、楽しく毎日が過ごせているのは、すべてこの会社に入ることができたからだ。

尊敬できる先輩や同僚と一緒に働けることがどれだけ幸せなことか。我ながら、ここに飛び込んだ自分を褒めたい。

何者になりたいかを宣言しなくとも、活躍している誰かと比べなくてもよかった。目の前の人と向き合い、巡ってきたチャンスに乗っかること。その繰り返しで今がある。

たくさんの人とのご縁と強運が味方してくれた2019年。2020年はこの繋がりを大切にしつつ、今度は自力で、興味のあるものにどんどん手を伸ばしていく1年にしたい。

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