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「家賃を払えるかギリギリの状態…」コロナ禍を機に見えてきた“新たな貧困”と住宅問題

“アフターコロナ”という言葉がいつしか息をひそめ、新型コロナウイルスの対策が日常となりつつある2023年。4年目を迎えたコロナ禍に加え、物価高・エネルギー高による生活への影響に、家庭や企業の間でも切実な悲鳴が上がっています。「生活が苦しい」と感じる人がたくさんいるなかでも、特に貧困が深刻化した人の暮らしの立て直しに支援は欠かせません。

今回、生活困窮者の支援を行う認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい(以下もやい)の理事長・大西連さんと交流事業コーディネーター・田中悠輝さんに、コロナ禍以降の生活困窮の変容や実際にもやいで行った支援例を伺い、その課題について語っていただきました。

コロナ前・以降で相談件数は1.5倍、路上支援は100人未満から600人超に

もやい事務所内でのインタビューの様子
2022年12月、もやいの事務所へスタッフとともに伺いました。最寄り駅は江戸川橋駅。大西さん(右)と田中さん(中央)と和やかにご挨拶を交わした後は、昨今の経済状況が反映された、シビアなお話を伺う流れになりました。

――新型コロナウィルス(以下コロナ)が流行する前の2019年頃から丸3年を経た今、どのような変化があったと実感していますか?

大西さん:いろいろな場面で報道されていますが、コロナの蔓延によって、仕事や収入が減ったり、生活に不安を抱えたりしている人は確実に増えています。また、ここ数ヵ月は物価上昇が顕著で、その影響が如実にあると感じています。

通常の相談対応に関していうと、コロナ以前は年間4000件程度のご相談を受けていましたが、コロナ禍に入ってからはその1.5倍ぐらいの件数が続いています。
毎週土曜日に都庁の下で行っている路上支援(食料品の配布)については、コロナ以前は100人に満たなかったのが、回数を重ねるたびに倍増して、2022年12月時点では1回に600人を超えることが常態化してしまっています。

相談者の属性も、これまで主流だった野宿の人やネットカフェ難民といった人たちとは違い、年金生活をしている、働けている、子どもを連れている、若い人、女性…といった、生活保護を利用するまでではないものの、住まいはあり、非正規雇用などで収入を得つつなんとか生活を成り立たせている、と思しき人たちが目立ちます。
そういった人たちが、「家計が苦しい」「ちょっとでも節約したい」「1万円でもいいから貯金をしたい」と生活防衛として来ているのは、危機的な変化という印象です。

なかでも目を引くのが、“女性”と“お子さん連れの方”です。かつて2008年末に行った年越し派遣村では、約500人集まったうち、女性はたった5人といわれています。
私も路上での支援活動を10年以上続けてきましたが、さまざま年齢層の女性が毎回100名以上集まり、子連れもいるという状況は初めてです。

路上支援はホームレス支援が発端となって続けている活動で、食料を求めて来てくれるホームレスの方の安否確認の意味合いもありましたが、今は訪れる方の様相がだいぶ変わってきました。みなさん、相当困窮されているのだと思います。

生活相談においても、私たちがこれまで主に行ってきた、どちらかというと生活保護の利用ができるくらい困窮度合いが高い方や住まいがない方の相談とは違い、その手前の段階にある人の“生きにくさ”や“生きづらさ”、“生活の不安”、“苦しさ”といったものがコロナによって可視化されてきたのかなと思っています。

田中さん:確かに、住まいがある人がお見えになっている比率は高いですね。相談を受けていても、生活保護をすでに利用していたり、一時的に切れていたり、という話が多いです。大西の話のとおり、貧困の一歩手前にある人なのだろうなぁと感じています。

これまで、困窮度合いが高い方は、直近の相談日にもやいの事務所へ来てもらい話を聞き直してから、シェルターや他支援につなぐなどの対応をしていましたが、最近増えてきた”困窮一歩手前”の方々へは、また違った対応が求められていると感じています。

大西さん:私たちの元に来られる新たな層の方は、生活基盤が壊れているというよりは、その手前にいて、生活の揺らぎをどう回復するか、困窮の予防のためといった側面があるのではと想像しています。

――家賃はどうにか払えているけれど、それ以外の生活費が足りなくて、といった感じなのでしょうね。

田中さん:ある種、いい判断だとは思います。立ち行かなくなってからお見えになっても、打つ手が少なくなりますから。

大西さん:“生き抜く力をうまく使っている”ともいえますし、逆の見方をすると、そうした“住む場所はあるけれど生活に余裕がない人が使える支援が少ない”ともいえます。

支援の場所に来ること自体、かなり心理的にハードルが高いことだと思います。そのうえ、食料品を配る長い列を目の当たりにして、「自分の番まで回ってこないのではないか」「自分よりもっと困っている人がいるのでは」と、いろんな逡巡を経て来ている人が600人以上いるわけです。

田中さん:あの列に並ぶのは、女性や子どもはだいぶ抵抗感があると思います…。

大西さん:そうした抵抗感を感じながらも来ている、その背景にはおびただしい数の困窮者がいて、さらには食料配布の場にすらたどり着けていない人がごまんといるのでは…と考えが巡って恐ろしくなります。

――600人超分の物資を毎回そろえるというのも大変ですね。

大西さん:1回に600~700人分を用意するのですが、1人分に7~10種類を配布しているので、単純計算で5000~7000個の物資をさばきます。
それを賛同してくださる企業や寄付してくださる方から届けていただいたり、自分たちで調達したりして、うまくバランスを取りながら配布を続けています。あまりの数に、スタッフも体に思わぬ生傷ができたり、腕に筋肉がだいぶついてきたりしていますよ(笑)。

2022年の夏は物資調達が大変で苦労しましたが、それを新聞記者の方に話したら記事にしていただけて、寄付が集まってなんとか乗り越えることができました。ありがたいです。

今の生活困窮のプライオリティは住まいよりも“通信”

インタビュー中の大西さん
これまでとは違う層の支援を要する人たちが増えてきていることで、大西さんはリアルとバーチャルの両面での支援の在り方を探っているそう。

――先ほどお話にあった若者や女性の方たちは、どうやってもやいの路上支援にたどり着いているのですか?

大西さん:話を聞くと、「ネットで調べて」「新聞の記事を読んで」という方が多いですね。

――状況を伺っていると、生活は厳しくても住まいと通信手段を確保することが最優先で、食べ物などは二の次という印象を受けます。

大西さん:それはあると思います。住む所がなくなって電話代も払えずにいても、フリーWi-Fiのある場所で、メールやSNSを頼りに派遣労働をして過ごしているという人もいますし。

――昨年リリースされた「COMPASS(※)」に関しても、やはりそういった人たちが利用されているのでしょうか。

※COMPASS……もやいが開発・提供するWEBサービス。自身の状況から各支援情報を検索できるWEBアプリ「⽀援検索ナビ」と、オンライン上で⽣活保護申請書を作成できる「生活保護申請書作成システム(PASS)」がある。

大西さん:そうですね。COMPASSもオンラインがベースとなったツールです。特に若い方はオフラインで何かを調べることはほぼありませんから、COMPASSを通じて相談に来る方、もやいのホームページ上に設けているオンラインチャットサービスを利用する方は、若い方が多いです。

また、アクセス解析によると地方の方もかなり利用してくださっているようです。都内近郊にお住まいの当事者の方は事務所へも来やすいでしょうし、私たちも面談での相談を呼びかけます。
込み入った話をする際は直接会って話したほうがいいという考えからなのですが、遠方の方はなかなかそうはいきません。その点、オンラインのツールを導入したことはよかったなと思っています。

さらによかったのが、支援団体の方も活用してくださっている点です。なかでも、生活保護申請書を作る「PASS」を利用してくださっているのは、副次的な効果でしたが、私たちとしてもありがたいです。
PASSを使うことで、生活保護申請の仕組みもわかりますから。地方在住の方の支援となると、現地に赴くことが難しいのですが、このツールを通じて地元の支援団体によるフォローアップにつながればいいですよね。

ウェブ上の情報というと、昨今では無料の動画サイトで生活保護申請のやり方などを紹介する情報発信も増えてきました。ただ、それらが必ずしも正しい情報とは限りません。なかには私たちからすると怪しい情報もあります。
PASSではその後のフォローもしているので、正しい情報をうまく活用してもらえたらと思います。情報は今、命に次ぐ大事さになっていますから。

CASE1 ギリギリまで追い込まれてしまってからの相談

――家はあるけれど住まいに関してトラブルを抱えている人に対するもやいでの支援例をお伺いできますでしょうか。

大西さん:ご相談に見える方は、ギリギリまで追い込まれてしまってからという状況が多い印象です。

あるケースでは、「家賃をこれ以上払えなくて鍵を置いて出てしまいました、どうすればいいですか」という方がいました。今月中に申請すれば生活保護で今月分の家賃が出るので、家を出る必要はないと諭したところ、「知りませんでした!」と驚かれたこともありましたね。
払えなくなる前に来てほしいと思いますが、家賃を滞納したくらいではなかなか相談や支援につながろうとしない傾向が見受けられます。
切羽詰まった末、裁判所から退去勧告が出てから相談に来る方が多いのですが、裁判所の勧告が出てしまうと状況は難しくなります。
そうなる前なら、場合によっては、借りている部屋も維持できて、大家さんや管理会社との関係も再構築できる余地があり、債務不履行のブラックリストに載ることもないかもしれません。手段はたくさんあるので、手立てがあるうちに来ないともったいない、と私たちは思っています。

――情報にたどり着かないと手立てがあることがわからない、という情報リテラシーの問題もありそうです。貧困に陥る前に知っておいたほうがいい知識ですよね。

大西さん:知っていても、「相談するのが恥ずかしい」「自分が相談してはいけないのではないか」と、自ら相談へのハードルを上げてしまう方もいるようです。私たちとしては悩ましいです。

CASE2 家庭環境が悪化して実家から出たいという相談

田中さん:コロナ禍の居住支援でいうと、「実家や今いる家から出たい」というご相談が増えたのも特徴的です。
感染拡大初期のステイホームによって親や配偶者からのDVが始まり、家庭環境が悪化したことを理由に実家や今いる家からの引越しを希望する若い方のご相談が非常に増えました。そこで問題なのが、そういった人の公的支援がまったくない点なのです。

一般的にアパートを借りるとなると、敷金礼金など入居に際して一時的にかかるお金は賃料の約6ヶ月分かかるといわれています。ですが、そのお金はどこからも出ません。金銭に余裕のある人なら何とかなるのでしょうが、そうでない場合、家族と同一世帯ということで生活保護も利用できず、一時金の工面に相当苦心することになります。

こうしたケースでは、荷物を持って家を出て路上生活状態になったところでもやいの相談に来られて、生活保護申請のサポートを行い、住まいを確保したという事例もありました。
ですが、何とか生活保護を利用することができても、生活水準が下がってしまったことに適応できず、DVの危険を顧みずまた戻ってしまう方もいました。なんとも心苦しかったです。

CASE3 賃料が高く払えない人の相談

大西さん:生活保護を利用するほどではないが、家賃が高いために転居したい、という相談もありました。
収入や貯金がなく家賃を滞納している場合には、生活保護制度を利用して今後の家賃滞納を防ぐ、という方法を取ることもあります。

あるケースですが、都内の好立地にあり月10万円を超える家賃の物件に住まわれていた方が、コロナ禍によって職を失い、生活が苦しくなって生活保護を利用することになりました。
ですが、家賃が生活保護で給付される金額をはるかに上回ります。そこで、賃料の安い物件への住み替えを余儀なくされて、お部屋探しのサポートをしたこともありました。

――生活保護を利用して新居を探す際、ネックとなるのは、初期費用と保証人の確保、保証会社の審査が通りにくいことなどでしょうか。

大西さん:それにプラスして、仕事をしていない状態の人であると、収入のあてがないことで審査が厳しくなります。
生活保護を申請する見込みであることを申し込み時点で不動産会社に伝えても、その時点では家賃を支払える保証にはならないので、断られる可能性は高いままですね。

田中さん:私たちからすれば、確実に生活保護申請が通る人であれば、生活保護には「住宅扶助」という家賃を給付する制度があるため、不安定な就労をしている人より滞納することなく家賃を支払うことができるので、その意味で不動産会社が不利益を被ることは少ないだろうと思います。ですが、そうはいかないというのは、やはり理解がまだ足りていないからなのでしょう。

大西さん:それと、コロナ禍に入ってからの傾向で、“過去に家賃滞納歴がある”方が増えました。そうなると家賃保証会社の審査が通らないので、また大変です。滞納歴があるということは、コロナ禍で急に困窮したのではなく、前々から困っていたのでしょう。
生活保護に関しても、何度も利用しているか、それまで利用したことがないかの二極化しています。生活保護を利用した履歴がない人に関しては、なんとか自力でやってきたんだなという印象を受けました。

多様化する社会で不動産会社に求められることとは

インタビュー中の田中さん
国内に限らず、海外の支援現場も見てきた田中さん。現場を見続けてきたスタッフとしての、あたたかい言葉選びが印象的でした。

――今後不動産業界に期待することはありますか?

大西さん:低所得の方、精神疾患がある方、外国籍の方、LGBTQの方などにどう対応するか、この数年で不動産業界もだいぶ意識が変わってきたと思います。
協力してくれる大家さんや不動産会社も、かつてに比べたらずいぶん増え、理解が進んでいると感じることも多くなりました。とはいえ、業界全体でそうなっているかというと、必ずしもそうとはいえないと思います。

正直なところ「お金にならないのでは」と思われることもあるかと思いますが、ビジネスとして成り立つ方法がないわけではありません。福祉や行政との連携などこれまで取り組みがなかった分野に一歩踏み出していただけると、福祉の分野でも不動産の分野でも新しく広がるものがあるのではと考えます。

賃貸領域の不動産会社の役割は「家を貸す」「家を管理する」ことがメインですが、今後は地域の福祉や行政、また問題になりやすい空き家といった地域資源と連携して、地域に住む人を複合的に支える仕組みが生まれていくといいと思います。むしろそれができる不動産会社が、今後のリーディングカンパニーになるのではないでしょうか。

田中さん:人とのつながりのロールモデルをどうつくっていくかは確かにとても大切だと感じています。
事業ですのでインセンティブ優先で生活困窮者はどうしても後回しにしがちだった場合、そうした方々との関わりを今後増やしていくには、仲介者や触媒になる人が必要になるでしょう。そういった役回りは私たちができると思うので、一緒に何かを考えていけたらいいですよね。
そのモデルができたなら、また別の人たちのところにも…と広がっていくのが、もやいらしいなと思います。

大西さん:私たちのことを、“うるさく言う人”ではなくて“一緒に取り組む相手”と思ってもらえたらいいですよね。

おわりに

インタビューではそのほか、デジタルネイティブ世代の女性の危うさや、既存支援とデジタルネイティブ世代との親和性の低さ、“権利”としてある社会福祉の利用の仕方を義務教育で学ぶ必要性などにも言及されていました。貧困のあおりを受けやすい若い人と行政支援を、いかにスマートにつなぐか――課題は尽きません。
コロナ禍によって、生きづらさを感じながらも踏ん張ってきた人たちの姿があぶり出されてきた様子が、お二方のお話で如実に伝わってきました。
物価高やエネルギー高が、今後さらに生活を圧迫していくことが予想されます。相談をすることはより生きやすくするための手段。つらいと感じたら、遠慮なく頼れる機関への相談に踏み切ってほしいと思います。

プロフィール

大西さんプロフィール

大西 連(おおにし・れん)
1987年生まれ、東京都出身。私立麻布中学・高等学校卒業。2010年より認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいの活動に参加し、2011年には東日本大震災の困窮者支援のサポートにも尽力していた。2012年より、もやいに職員として入職、2014年理事長に就任。そのほか、社会福祉法人いのちの電話、新宿ごはんプラスの理事や、内閣官房 孤独・孤立対策の政策参与も務める。

田中さんプロフィール

田中 悠輝(たなか・ゆうき)
1991年生まれ、東京都出身。明治学院大学国際学部卒業。2013年よりNPO法人抱樸(ほうぼく)で生活困窮者支援等の運動に従事。2016年、ぶんぶんフィルムズ入社(現在はフリーランス)。2017年からは認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいでコーディネーターを務める。2018年、未来バンクの理事に就任。自立生活センターSTEPえどがわにて介助者も兼業している。監督作・映画『インディペンデント リビング』(2020年)がぶんぶんフィルムズオンラインデマンド(https://bunbunfilms.com/works/independent-living/)で配信中。

▼認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい

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