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障害者の“就労移行支援”ってどんなこと? 不動産会社で行われている実習と現場の裏側

障害や疾患がある方の地域生活が進められている今、障害者が一般企業で働くことを目指した“就労支援”をサポートする就労移行支援(※)事業所も増えてきました。
とはいえ、障害の種類や度合いは人それぞれ。希望する仕事が適職かどうか、社会人として勤められかどうか…。「働きたい!」という気持ちの裏側で不安を抱えている当事者の方も多いそうです。
そこで、一部の就労移行支援事業所では「実際に企業で業務を経験し、自信につなげよう」という目的で、企業実習が行われています。

今回は、その現場を取材。就労移行支援事業所・LITALICOワークスから企業実習生を受け入れている不動産会社・K’s company株式会社を訪問しました。実習受け入れを担当している古関麻美さんに実習生受け入れの背景や内容を、インターン中の実習生の方々には実務の感想をお聞きします。

※就労移行支援……心身の障害がある65歳未満の人が一般就労を目指すための国の障害福祉サービス。最長2年間受けることができる。

企業での障害者インターン その業務内容とは?

JR相模線寒川駅から徒歩5分にある、K’s company株式会社。入り口にSDGsのサインが掲げられています。SDGsへの取組みも、営業担当の社員の方が声を上げて始まったそう

――詳しくお話を伺う前に、まずは実習生の受け入れ状況を教えてください。どういったペースで何人ほど受け入れていらっしゃるのでしょうか。

2022年1月からスタートして、4月まででのべ10名の実習生の受け入れを行ってきました。
一組1~2名を隔週で受け入れており、平均して4日間出勤していただいています。
就労時間は、実習生の方のニーズにもよりますが、だいたいの方が10時~16時の5時間勤務あるいは10時~18時の8時間勤務です。
LITALICOワークスさんのお話では、不動産業界では初の実習先だそうです。

――実習ではどんな業務を行っていますか?

物件入力、物件確認、写真撮影、チラシ作成、Excelシート作成、リサーチ業務、自社物件の清掃、展示用販売図面の入れ替え、ポスティングなどをお願いしています。
それらの中から、最初の面談時にお渡しするヒアリングシートをもとに、実習生の方のやりたいことや能力に合わせて業務を調整しています。


不動産会社では初 受け入れ企業として手を挙げた背景

就労移行支援受け入れ担当の古関さん。子どもの頃から福祉に興味があり、「知りたい!」と思ったことがあるとすぐにスマホで調べ、詳しい人に直接話を聞きに行くのだとか

――先ほど、不動産業界では初とおっしゃっていましたが、前例がない中でいろいろご苦労があったと思います。まずは、職業訓練の実地の場として実習生の方を受け入れるに至った経緯を教えてください。

仕事を通じて親しくなった株式会社LITALICO社員の方から、2021年11月頃に「就労移行支援」という制度があると教えてもらったことがきっかけです。
個人的に子どもの頃から福祉に興味があり、その方と就労移行支援について話をしていくうちに、働きたくても働けない方が“一般就労を目指すうえでのインターン企業”が少ないことを知りました。

こういった現状があることを社長や社員にも共有したところ、社員全員が就労移行支援の受け入れ企業になることに賛同してくれました。
ただ、障害のある方と業務を行うこと、不動産という職種での難しさ、無償であることなど、受け入れには課題もあるとLITALICOの方から伺い、それらを理解したうえで、最終的に当社での受け入れが決定しました。

――事前に課題があることを踏まえて、実際受け入れるにあたり、どんな準備をされていましたか?

まずは場所づくりです。
接客時や契約時など、状況に応じて使い分けができるように実習生専用のワークスペースを新しく設けました。
ワークスペースを分けることは、実習生が業務に集中してもらうためでもありますが、不動産会社として実績をあげてもらう社員に対する配慮でもありました。
実習を行う部署や担当者と、自身の業務に専念する社員とを分けることで、双方に働きやすい環境をつくりつつ、実習生の状況を共有して、社内で取組みに温度差が生まれないよう考慮しました。

次に業務マニュアルの作成です。
実際にお願いする業務「一眼レフを利用した物件の写真撮影」「物件の資料を見ながらホームページに掲載する物件概要の入力」「屋外展示用の販売図面の入れ替え」といった業務のマニュアルを作成して、一人ずつ担当が付き説明しながら業務を行うようにしました。

事前に準備したのはそのぐらいで、あとは受け入れを始めてから「もっとこうしたほうがいい」と気づいたことを都度改善しています。

――実習での業務は多岐にわたるようですが、その振り分けについて留意している点はありますか?

実習に入る前の最初の顔合わせのときに、実習生に行ってもらう各業務の説明をします。
そのうえで、業務への質問や希望などお話しする時間を設け、後日業務に関するヒアリングシートに記入していただきます。

ヒアリングシートには、今回の実習で行う業務の説明にプラスして、行える業務、行えない業務、取組みたい業務、苦手なこと配慮してほしいことを記入する欄があり、それを基に実習生ごとに業務スケジュールを組みます。
基本的には希望に沿って実習時に体験したい業務内容を取り入れていますが、苦手な業務にも必ず1つ挑戦してもらうようにしています。
なぜなら、働くことは自分の得意なことだけで成り立つわけでないと体感してもらい、いざ就職したときに挫折しないようにという思いからです。
なぜこの業務を行うか、この実習が何のためになるか、意味を理解してもらえたらと思って、実習のスケジュールに取り組んでもらっています。


「障害がある=簡単な仕事しか任せられない」は勝手な思い込み 実習生に助けられる日々

インターンの方へのヒアリングシートと各業務のマニュアル
左が実習生との顔合わせで渡すヒアリングシート、右が業務で使われるマニュアル。ヒアリングシートには“可”“不可”の二択になっていて、“どちらでもない”をつくらない工夫が

――2021年11月から準備されて、翌月1月からスタートさせたとのことですが、いざ実習生と業務を進めていくうえで、困ったことはありましたか?

最初に実習生が来たとき、初めて行う業務なので細かい質問が多かったり、それを説明するために都度手が止まってしまったりと、業務担当者が教えることに付きっ切りになってしまい、本来の業務に支障が出てきたことです。
受け入れ企業として継続していくためにも、4日程度の期間で能率的に業務を覚えてもらうためにも効率化が必要だったので、業務マニュアルをそれまで以上に詳細なものにつくり変えました。

今では、最初に業務の一連の流れを説明、質問の時間を設けてから取組んで、分からないことはまとめて質問してもらう、目標時間の設定をして取組んでもらう、という流れにしたことで、よりスムーズに進められています。
また、物件確認・展示物件の入れ替え・ポスティングを実習生に必ず行ってもらう業務として決めたことで、各業務の担当者も円滑に自身の仕事を行えるようになりました。
「もっとこうしたほうがいいな」「あったほうがいいな」と思うことがあったら、常にアップデートしています。

――改善を重ねつつ、障害のある方と一緒に働く機会が増えたわけですが、実習生の受け入れを始める前と後で、何か変化はありましたか?

それまで「障害があるから複雑な仕事は任せにくい」というイメージがあったのですが、それは勝手な想像だと気づかされました。
それぞれ得意不得意がある中で、得意分野を活かしてもらい、業務に取り組んでもらうことで私たちもかなり助けられています。

たとえば、Excelが苦手な社員が多いため、Excelのワークシート作成や、お客様アンケート、工程表の作成、チラシデザインなど、実習生が巧みにこなしてくれて、とても助かっています。
こうした複雑な業務をお願いしたのは、LITALICOの担当者との打ち合わせで「実習生の中には技術のある方も多いので、提案や改善法を相談してみるといいですよ」とアドバイスを受けてのことでした。
そこで総務の社員が実習生に相談し、資料の作成、改善をお願いしたところ、私たちの知らなかった知識や効率の良い使い方を教えていただき、クオリティーの高い資料が作成できました。
こうしたことがあるたび、私たち社員も学ぶことがあり、社長もとても喜んでいますね。

あとは、会社の雰囲気が良くなり、社員が成長した実感があります。
困難なことがあっても「仕事をしたい」「技術を習得しなければ」という姿勢とポテンシャルは、日々当たり前のように業務をしている私たちにとっても大きな刺激になります。
さらに意欲ある人に業務を教えることを通じて、社員が仕事に責任感を持ち、業務の振り返りを自発的に行うという変化もありました。

また、毎月違った人が来るので、「今月はこんな人が来た!」と、楽しさもありますね。社員が淡々と業務をする中で、実習生が都度挨拶をしてくれる様子は、とてもいいなと思います。
その反面、就労期間がすぐに終わってしまうので、「もうちょっとやってもらいたかったな」という寂しさもありますね。


就労移行支援の日数を増やして、学んだことを生かしてもらえたら

和気あいあいとした雰囲気の社内。業務を能率よく進める中でも、コミュニケーションを大切にしているそう

――今後も就労移行支援の現場として取組んでいかれるとのことですが、就労移行支援の取組みでこれから進めていきたいことはありますか?

直近ですと、5月から実習生の就業日数を増やす予定です。
4日程度ですと、せっかく業務を覚えてもらって「これからなのに!」というタイミングで最終日を迎えてしまうので、期間を8~10日に延ばして業務のルーティンがつくれるようになるまでを目指した受け入れを始めます。

そのほか、会社が続く限り就労移行支援を続けるつもりですので、当社での取組みをSNS・ブログで発信していくことや、他社にも実習の様子を見学してもらう機会を増やせたらいいですね。
LITALICOの方のお話では、まだまだ就業支援の場が少ないと聞いています。どういうふうに一企業で迎え入れているのか目にしてもらうことで、就労移行支援に興味のある事業者が増えてくれれば良いなと思います。

それから、当社では社員の福利厚生としてピラティスレッスンを用意しているのですが、実習生にも初日15分程度のオンラインレッスンを社員と一緒に行うようにするのはどうかと、ピラティスの先生とメニューなどを打ち合わせ中です。
実習生のほとんどが初日は緊張してしまうため、レッスンを通じて、コミュニケーションが取りやすくなることと、リラックスした状態で実習に取り掛かってもらえたらと思い、発案しました。


実習生に聞きました! 実習をしてどう感じましたか?

ワークスペースで作業中のお二人にも取材をさせていただきました。以前は倉庫だったというこの部屋。奥には観葉植物もあり、落ち着いて作業ができそうな雰囲気です

取材当日は、2名の実習生が就業していました。お二人ともこの日が実習3日目で明日最終日を迎えるとのこと。
同席いただいたLITALICO社員の方いわく、K’s companyさんは就労移行支援の実習先の中でも一番人気なのだそうです。
実際にどんな業務を行っているのか、実習の感想は?など、勤務の合間にお邪魔をしてお話を伺いました。

――K’s companyさんを実習先に選んだ理由は何ですか?

Aさん:この先の就職でフルタイム勤務を希望しているので、K’s companyさんは休憩1時間を含んだ10:00~18:00の長時間勤務だったのが魅力で選びました。
Bさん:私は実習に来るのが初めてで、今後働くにあたり、丸1日集中して作業できるか不安だったため、フルタイムで働けるK’s companyさんを選びました。

――体験した業務の中で、印象的なものはありましたか?

Aさん:いろいろやらせていただいたのですが、物件の入稿作業ですね。セールスポイントのコメントを入れる際、「どんなふうにしたら、この物件の魅力が伝わるかな」と考えるのが、難しくもあり、楽しかったです。
Bさん:私は写真を加工する作業が楽しかったです。今まで事務仕事は苦手だったのでどこまでできるか不安だったのですが、思ったよりうまくできて、フルタイムでこの先働く希望がもてました。

――これから実習を控えている人や、就労移行支援を受けようと考えている人に向けて、アドバイスがあればお願いします。

Aさん:今できることを何でもやってみる、ですね。大人になると、こうしたインターンや実習をできる機会がなくなってしまうので、目の前にあるチャンスには挑戦してみるといいと思います。
Bさん:頑張ったことは自分に返ってくるので、前向きに一生懸命取り組んでほしいですね。


相談する先があれば壁がなくなるはず 相談しやすい環境づくりに取組みたい

小島社長(後列中央)は地元茅ケ崎を拠点に活躍するプロサーファー! 出会いと縁を大切に、S.O.S(SAVE OUR SHORE・神奈川県の海岸の環境を改善していく活動)などを続けてきたことが、さまざまな問題に取組む社風を築いているのだとか

――K’s companyさんでは就業移行支援以外にも、ビーチクリーンやSDGsに関する活動など、さまざまな社会問題に取組んでいらっしゃると伺いました。今後注目している事柄はありますか?

障害者の方やLGBTQ、外国籍の方の不動産購入の相談・サポートにさらに力を入れていきたいです。
住宅購入に関して難しさを感じているお客様が言う“壁”というのはもともと存在していなくて、実は相談できる環境、相談できる窓口が少ないことが“壁”の原因だと考えています。
不動産の購入は困難だと諦めずに、まずは気軽に相談ができる環境をつくれるように取組みを進めています。
具体的には、SNSで細かいカテゴリーに分けた情報発信をし、窓口をつくっていきたいですね。

通常の企業だと利益を求めることに追われてしまいがちで、就労移行支援も情報発信も会社にとっては生産性のないことかもしれません。けれど、そうしたことを通じて、いろいろなお客様の希望の実現につなげられたり、自分の学びにもつながったりしたらいいですよね。


おわりに

たくさんの業務を抱える不動産会社。その特徴を就労移行支援に結び付ける発想と、古関さんをはじめ、業務の指導に就く担当社員さんや実習生の方々のいきいきとした表情が印象的でした。
社会貢献を経営理念に掲げているK’s companyさんですが、古関さんによると社長をはじめ社員全体が、「もっと良くしたい」と感じたことに最適な行動は何かを熟考して当たり前に実行しているのだそう。
エネルギッシュなその輪がどんどんと広がっていきそう――そんな期待が膨らむ取材でした。


プロフィール

古関麻美(こせき・まみ)
1985年生まれ、神奈川県茅ヶ崎市出身。2019年入社。店舗マネージャーとして、各部署の管理、マーケティング、ホームページの管理、広報活動を担当。

▼K’s company株式会社

▼LITALICOワークス


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