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INSPIRATIONS: 自然とデザインをつないで考えるためのヒント 2月

自然とデザインをつないで考えるためのヒントをピックアップする「INSPIRATIONS」。新旧問わずに、デザイン、アート、ビジネス、環境活動、サイエンス等の領域を横断し、ACTANT FORESTメンバーそれぞれのリサーチに役立った、みなさんにお薦めしたい情報をご紹介します。


01:アーバンフォレストのデジタルツインシミュレーター

都市におけるグリーンのデジタルツインを作成するサービスをふたつ紹介する。ひとつはダークマターラボのTreesAIが関わる「Green Urban Simulator(GUS)」。グリーン・インフラストラクチャーが都市環境に与える影響を調査するためのツールとして開発され、木の数や密度を入力すると100年後までの環境変化のシミュレーションを見ることができる。もうひとつは、オランダの大学連携の枠組みでデルフト工科大が開発した「Eco-Urban Futures」。GUSのようなデジタルフォレストでは、都市の炭素隔離、ヒートアイランド軽減、保水等のデータを算出できるが、森林に生息する動植物への配慮が欠けていることが多い。対して、Eco-Urban Futuresは、それが人間のためだけに森林を最適化してしまう危険性があることを指摘し、よりマルチスピーシーズなアプローチを取っている。ユーザーは、多様な周期時計や生物時計を使って独自のタイムラインをデザインすることができ、森林データはグラフや数値ではなく、特定の種やクラスターの視点から解釈された形で表示されるそうだ。どちらのアプローチも、政策立案者、都市計画者、そして市民にとって、森林と私たちのより健全な未来を再想像するよう促し、未来のガバナンスにとって重要な結果を示すことが目指されている。シミュレーションのクオリティや実装のスピード、スケーラビリティがどうなるかにもよるが、今後、誰もが活用できるツールとして提供されると良い。実務的な観点から言えば、まちの再開発など狭い地域でのシミュレーションができるとさらに実用性が高まるだろう。

02:コモンズを体現する「あたたかいDAO」

社会的・生態学的インパクトに焦点を当てたコミュニティが、コモンズとしてDAO(分散自律型組織)を立ち上げるプロセスを支援する「Commons Stack」。プラネタリーバウンダリーを超えてしまう現行の経済・社会システムに対するオルタナティブとして、公益性を中心にインセンティブを調整する方法を構築しようと、エリノア・オストロムが提唱するコモンズの8つの統治原則に基づいてWeb3技術を編成した「コモンズ DAO」を展開していこうという試みだ。資金調達やガバナンス、共有リソース管理のための技術ツール、そしてそれを利用する人々のガイドラインとなる文化的フレームワークを、組み合わせ可能なコンポーネントとして、コミュニティの文脈に応じてスタック(積層)させ、DAOを設計・実装していく。昨年発足したToken Engineering Commonsは、実際に彼らの設計手法を使用した最初のコモンズDAOだそうだ。技術的ツールは、オープンソースの理念に立ち、カスタマイズ可能な形で公開されているほか、より迅速な立ち上げをガイドするプログラムも提供されている。彼らが先陣を切って準備してくれた、コモンズの文化を体現する手法やWeb3ツール。これらを使って、彼らの言う「あたたかいDAO」がどのように拡がりを見せるのか、これからの動きを注視していきたい。

03:実装間近、 樹木と「対話」するツール

「TreeTag」は、シリコンバレーのスタートアップePlantが開発した樹木モニタリングツール。各種センサーと計測データを送信する無線機、それらを駆動させるソーラーパネルが一体となった装置で、そのコンパクトさと導入しやすい価格の点で、幅広い利用が期待される製品だ。温度・湿度や傾きのほか、幹の微細な膨張と収縮から木の水分状態を把握することができ、利用者はアプリを通じて、これらのデータセットを倒木のリスク管理や灌水の判断、成長予測などに役立てることができる。実際、今年8月に大規模な山火事に見舞われたマウイ島西部のラハイナでは、地域最大のガジュマルの木にこのタグを設置し、樹木医による再生活動に活用されている。また、100億本を目指すサウジアラビアの植林プロジェクトへの導入も予定されているという。現在は、商用利用を対象にデータは数値として提供されているようだが、今後、個人向けには、ChatGPTを組み込み、樹木との「対話」を通じてケアができるような仕組みを提供していくそうだ。こうしたツールを通じて、樹木を管理するための知識や手間、費用といったハードルが下がっていくのは喜ばしいことだ。かつては伝統的な知恵として身体的・文化的に埋め込まれ、今日では専門家の領域にある木々へのケアが、対話というわかりやすい形で、私たちにもアクセス可能なものになっていくことを期待したい。

04:都市緑地の協働型ガバナンスを評価するフレームワーク

世界的に都市の緑化が推進されているが、課題のひとつに「グリーン・ジェントリフィケーション」、つまり緑地の分布が経済的な格差をそのまま照らし出してしまうという問題がある。緑化の議論の中では、いかに効率よく、かつ自然の能力を生かした(Nature Based Solution などの)方向で、より多くの緑を増やしていくことができるかということに目が行きがちだが、特に公共的なプロジェクトとして緑化を進める場合には、その恩恵が公平に行き渡っているかどうかも重要な評価項目となる。この論文では、イタリアのミラノ市で進められた市民公園と図書館(Biblioteca degli Alberi Milano: BAM)の再開発事例の分析を通じて、協働型の管理手法が、ひいては生態系サービスの便益の最大化にもつながることを示している。実際、セクターの垣根を超えた協働的な管理モデルを採用したことにより、BAM再開発プロセスでは、より多様なステークホルダーの声を取り入れることができ、社会的包摂の高いプログラムが可能となったようだ。どのような形で実現されているのか、ミラノの図書館を訪れて実際に確かめてみたい。また「地域の文脈」と「生態システム」、「管理モデル」の3点に分けて分析するこのフレームワークは、他の地域のプロジェクトにおいても応用できそうだ。

05:パリ協定達成への進捗を評価する「State of Climate Action 2023」

温暖化による気温上昇を1.5°Cに抑えるというパリ協定。その達成に向けた各部門の現状や進捗を詳細に調べた、世界資源研究所のSystems Change Labによるレポートが発表された。今年の調査結果では、42の具体的な行動指標のうち「EV自動車の販売台数」を除くすべての指標が、2030 年の目標達成に大きく遅れをとっていることが明らかとなった。太陽光発電や風力発電の増加、森林伐採の減少、ヒートポンプの売上増加など、当初の期待を下回ってはいるものの、着実に進展している分野もある。しかし、電力生産のための石炭の使用停止や森林伐採率の大幅な削減など、多くの項目は改善が急務であるとされ、各分野で緊急に行動を加速する努力が求められている。森林の分野でも、森林破壊(Deforestation)の速度を緩めることも、植林や森林再生(Reforestation)で森を増やすことも、まだまだ足りていないことがデータによって示されている。例えば、2022年には1分間にサッカー場15面というペースで森林が失われてしまったが、今後10年間ではその4倍の速さで破壊を減少させる必要があるのだという。Systems Change LabのWEBサイトでは、報告書のダイジェストとともにビジュアライズされたデータを参照することができる。

06:「食」からアーバニズムを再考するハクティビスト・ガイド

建築と都市デザインによって、食料システムにポジティブな影響を与える方法をテーマに作成された、デンマーク拠点の設計事務所Schmidt Hammer Lassenによるガイドブック。都市が依存する食料の生産・廃棄のシステムは、人類が直面する生態系破壊の主な原因でありながら、これまで建築の議論において「食」をめぐる様々な相互関係が重視されることはほとんどなかった。食の安全保障という新たなレンズを通してアーバニズムを考えていくために、本ガイドでは、彼らが「リビングデザイン」と呼ぶ(システミックデザインにも近い)手法に基づき、個人から政治までの5つのスケールに沿って先進事例を取り上げている。個人、地域社会、建築家、都市コンサルタント、開発業者、政治家、研究者、教育者など、フードシステムに携わるあらゆるタイプの人たちがインタビューされているほか、それぞれの実践の基本データや、リソースの管理方法、バリューチェーン、システムデザインの観点からの分析を読むことができる。革新的なフードシステムをつくっていきたい、都市と食の分野で何か面白いことをやってみたい、と考えている人には、じっくり読む価値があるはずだ。

07:イスタンブール・デザインビエンナーレの報告書 - モアザンヒューマンへの共感・ケア

開催は3年前に遡るが、人間以外の存在を視野に入れたデザインをテーマにした第5回イスタンブール・デザインビエンナーレ「Empathy Revisited: Designs for more than one」(2020年)のアプローチが論文としてまとまっている。今日のデザイナーにとって、個々のクライアントへの対応で完結せずに、デザインが影響を及ぼす多種の存在やその絡み合いを考慮することは、もはや当然の要件となっている。人々がお互いに、もしくは環境とつながるためのデザインとは何か?という問いを探ったこのビエンナーレでは、思想家、実務家、研究者らが、そうしたデザインに必要なツールや能力について多角的に検証・実践を進めていった。また展示では、DIYの野良猫ハウスや生態系や景観に影響を与える食文化を批判するクリティカル・クッキング・ショーなど、開催地であるイスタンブールという都市の文脈に深く根ざしたサイトスペシフィックな作品群が展開された。「共感」と「ケア」をキーワードにこれらを分析した論文は、通常の研究論とは異なり、ほぼビエンナーレの成果報告書となっているため、展覧会での実践例を知ることのできる読み物として面白い。

08:微生物の力による月面の土壌改良

各国が乗り出す月面基地の建設計画に伴い、長期的な有人活動のための生物再生型生命維持システム(BLSS)の研究が進められている。なかでも高等植物の栽培は、食料と酸素の供給、二酸化炭素の吸収、廃水の浄化能力という点でシステム構築の中核的な要素とされるが、現在シミュレーションされている水耕栽培や培養土を前提とする手法では膨大な資材が必要となってしまう。であれば、その場にある月面のレゴリスを植物の育つ土壌に変換しようと、中国農業大学の研究者らが、微生物の力を使った手法の可能性を論文にまとめている。レゴリスにも植物の生育に不可欠な元素は含まれているものの、それらは吸収されにくい難溶性の形で保持されているため、大幅に肥沃度に劣る。そこで、微生物の代謝と岩石の相互作用が養分を溶解させる地球上のプロセスに倣い、5種類のリン溶解細菌をレゴリス擬似物質に接種したところ、3種がリンを解離させ、モデル植物のベンサミアナタバコの生長を促進させる結果が得られた。さらに、この細菌による処理と、将来、月面基地で発生する有機廃棄物の堆肥化を組み合わせることで、地球の園芸用土壌によく似た、より肥沃度の高い栽培基質を形成していく可能性も考えられるという。月の砂や岩さえも豊かな土に変えることができる微生物の力。地上での活用にもまだまだフロンティアが広がっているのだろう。

09:「聴くこと」が呼び覚ます、共生への感覚

11月の3日間、ポルトガルのポルトにて、音の生態系をテーマとするフェスティバル「リスニング・アフェクト」が開催された。キュレーションは、マドリードを拠点にリサーチやアートプロジェクトを展開するポストナチュラル・スタディーズ研究所。聴くことは、音を鳴らしているものに影響を与え、聴くことによって、環境は生気を帯びる。「ディープ・リスニング」を提唱した実験的音楽家ポーリン・オリヴェロスが言う、このような音を通じた共生関係をタイトルに掲げる本イベントは、約20組の作曲家、サウンドアーティスト、音響研究者らによるコンサート、ワークショップ、ディスカッション、パフォーマンスを通して、他種や環境への共感の新たな様式を探求しようとするものだ。気候危機の只中で、地球の音、そこに棲む生物やなわばりの音は、どのように変化しているのか? 動物たちは人間の活動が起こすノイズや話し言葉をどのように受け止めているのか? 植物が葉や根を伸ばすときには、どんな音が聞こえるのか? 絶滅した音を思い浮かべることはできるのか? コンセプト文に語られるこれらの問いは、人間中心的な視座を解きほぐし、多層的な関係性の絡まり合いに光を当てるものだ。自然環境や生態系との共生を模索する現代においてはなおのこと、注意深く「聴く」という行為が、新たな認識を呼び覚ます契機になっていくのではないだろうか。

本記事は、ニュースレター2023年11月号、12月号のINSPIRATIONSを転載したものです。最新の内容をお読みになりたい方は、以下のリンクよりご登録ください。ニュースレターを購読する ▷

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