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#真の自己
自分は誰なのか?を思い出していくための実践的な手段が、「赦し」です
学びの深化とはどういうものかコース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)の学びが深化していくにつれて、不思議な感覚になっているのを実感します。
というのも、コースの教えが根付いていっていると同時に、もはやそれはコースが教えていることなのだろうか?という感覚になるからです。
もっといえば、それがコースでなくたって、他の非二元の霊性の道であってもいいと思えるようになってきたということです。
それ
無慈悲、不親切、自己中心的、不正義な自分とどう向き合っていけばいいのか?
無慈悲で、不親切で、自己中心的、不正義な自分コース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)を学んでいく上で私たちが知っておかなければならないことは、「自分はこの世界に居る」と信じているということ自体が、すでに自我と同一化した状態になっているのだということです。
つまり、今や私たちは「自我」というニセモノの自分と同化してしまって、それを自分だと信じ込んでいるということです。
ですから、そのニセモノ
もうこんな「自分」とは生きていきたくない!
エックハルト・トール氏に学ぶ悟り、非二元のスピーカーさんで有名なエックハルト・トールさんという方がおられます。
彼の悟りの体験の話は、とても参考になります。
もうこんな「自分」とは生きていきたくない!
彼はあるとき、そんな想いにかられます。
そして、そう思った瞬間、彼はあることに気づきます。
ということは、「自分」と思っているこの自分とは別のもう一人の自分がいることになる、、、と。
理由のない恐れはどこからやってくるのか?なぜやってくるのか?
存在論的罪悪感と存在論的恐れについて真理から見るならば、この世界にいる誰もがみんな自分自身に嘘をついて欺いている、と言うことができます。
その嘘とは、自分とは誰なのか?という自分の本性(真のアイデンティティー/真の自己)についての嘘です。
本当は一なる神のひとり子であるにもかかわらず、自分をその真逆である個別の存在として、個人の人間だとしてしまって、自らを欺いているということです。
本当の自
アイデンティティーのシフト、そして真の知覚の修得を目指して
「肉体の自分」から「心の自分」へ通常、私たちは、「自分は肉体である、自分は人間である」と当たり前のように信じています。
つまり、私たちはこの肉体の自分を「自分」だと自己認識しているわけです。
でも、コース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)の学びが深まっていくにつれて、コースを学んでいるのは「肉体の(個人の)自分」ではないということが分かってきます。
それと同時に、それまですっかり見落とされ