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ふしぎな2020年

 2020年2月27日、地球の反対側アルゼンチンに南米出張同行通訳キャンセルの第一報が入ったのが、私のこのふしぎな2020年の始まりでした。前日26日の安倍首相による新型コロナウイルス感染症対策本部からの自粛要請と渡航中止勧告に沿い、私に通訳依頼をしていたヨーロッパの会社が、日本の本部からの連絡で確認をし、一夜明け地球の反対側アルゼンチンの首都ブエノスアイレスへ連絡があったのです。翌週3月2日にブエノスアイレス空港でお迎えをして1週間の予定だった南米出張同行通訳がキャンセルされました。矢継ぎ早にとはこのことで、3月に入りアルゼンチンの日西通訳やガイドは全員、3年前から招集されていた3月半ばからの大きなイベントがキャンセルされ、その後現在も同様です。
 もちろん私だけではなく、世界中の多くの人々の様々な計画が変更を余儀なくされましたが、また一方で新しい計画が次々と出来上がったふしぎな年であり、そしてアセルカテスペイン語通訳自習室開始から8か月目のよき日に私が感じたことで恐縮ですがまとめて共有したいと思います。
 通訳として日本とアルゼンチンをはじめラテンアメリカの方々との橋渡しをして26年ですが、出張も多く、ホテルで目覚めてここはどこ?と思う日もありました。省庁を表敬訪問、工場を監査、農場を視察同行したり、大きなラウンドテーブルで意見交換のディスカッションもあれば、ガラス張りの密室越しでのマーケティングFGI調査もありました。国際会議で世界中の方にメッセージを伝えることができ楽しかったのが「少しの間」できないだけだと思っていました。しかしアルゼンチンも同様の措置、予防のための強制隔離措置が3月20日から開始され、家族以外の人々と会えない、出かけない、出かけてきてもらえない日々は7か月以上に及び、現在も社会的距離措置が継続しています。
 その中で大きな喜びは遠隔会議システムを利用してのアセルカテにおけるスペイン語通訳自習室が3月23日に開始されたことでした。今まではたまにどこかですれ違ってもお互いにいそがしくて話もできなかった日本のスペイン語通訳者と交流ができ、さらにスペインにメキシコ、ペルーにと広がって私の閉じられた世界は逆に別の方向へ広がっていきました。またお互いの知見と経験を交換し、へえーあちらではこうなのね、と野菜の名前からまた言い回しなど、近年ではインターネットでいろいろな情報は得られますが、やはり直接の情報は何よりの体得への道です。
 これからは遠隔通訳が必要ということで外部講師による日本舞踊、メキシコの社会心理学専門家の講演の通訳実習を行いました。普段から通訳することには慣れていても、事前の打ち合わせなどしていたことが全てそれぞれの自宅からの遠隔講演、遠隔通訳です。アイコンタクトなどのコミュニケーションの問題だけではなく、新しい機械操作の習得の場でもありました。そしてメンバーのそれぞれの専門性を生かし、スペインの建築、JICA研修での実地実習などのお互いの経験を共有し、さらにそれを通訳実践するという幅広いものになりました。初めて同時通訳に挑戦する人もいて、すでに同時通訳者であっても改めて初心に返り見直すことができました。
 そのおかげで、例えばチリの南部バルディビアという水の都での映画祭で、日本の映画監督がリモート出演された時の同時通訳を担当したときは経験値も高まり、落ち着いてZOOMの同時通訳機能で通訳を行うことができました。途中、回線が途切れたのでもう一度言っていただけるようお願いしたり、聞こえにくく「お城」とおっしゃったのに「後ろ」と聞こえたりして言い換えなければならないなどハプニングもありました。しかも遠隔システムの言語切り替え操作が従来の装置のバー切り替えと違い、慣れないと視覚的に難しいんですが、それでも質問を嵐のように投げかける聴衆のその興奮を東京の監督に日本語でお伝えでき、チリだけではなくスペイン語圏諸国から遠隔参加した皆さんにもスペイン語で理解いただけ、いつもの人と人がつながった高揚感を取り戻すことができました。
 今でも大きなイベントは世界中で開催することが不可能なままですが、その一方で別の新しい境地のグローバルイベントができるようになってきているのは、21世紀の新しい通訳の可能性を感じます。その波に乗るためにも、これからまた日々コツコツと努力を繰り返すことが重要だと思います。積み重ねるのはスペイン語学習で築いたことと同じことですし、同じく日本人であっても通訳、翻訳の際には多様な日本語表現も学ぶ必要があります。新しい日常がやってきても同じように対処できる自信が自習室のみなさんと交流してついてきました。国境を越えるのは今までと同様ですが、人と人とのつながりは本当に国境がないことだと改めて認識させられ、新たなグローバルな視点で通訳をして人々をつなげ、この2020年はふしぎないい年としてしめくくりたいと思います。
(ブエノスアイレス 11月23日自習室開始から8か月を記念して 相川知子) 

参考
令和2年2月26日 新型コロナウイルス感染症対策本部(第14回) | 令和2年 | 総理の一日 | ニュース | 首相官邸ホームページ https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/202002/26corona.html 

主観的アルゼンチン/ブエノスアイレス事情    

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