フレーム
皆様、こんにちは。こんばんわ。おはようございます。
今日のテーマは“フレーム”です。
フレームというのは、枠ですね。要は。
単車にとって重要なのはパーツの一つ一つです。まあ、単車に限った事ではありませんが…
ここでは例としてエンジンを挙げますが、単純にエンジンだけが良くても単車は使えません。それを乗せる枠、フレームが良いか悪いか?これが重要です。
というのも、将来その単車が成長出来るかどうか?それを定めるのがフレームで、フレームが駄目ならその後にどんな改良を施したとしても無意味です。
フレームを中心にいろんなパーツが乗って車体が組みあがる訳ですからね。
車検でも主に車体番号を見る訳ですが、車体番号はフレームに刻印されてますよね。
フレームは補強は出来ても、交換は出来ない。だからフレームに車体番号が刻印されている訳です。
エンジンは別の単車の流用で乗せ換えて組み上げるのも可能ですけど、そしてエンジンだけでなく、他の様々なパーツは交換が出来ますが、フレームだけは、補強しか出来ません。
厳密にいえばフレーム交換も出来ますが、(事故とかでフレーム歪んだので、新品フレームに車体番号を職権打刻で交換とか)
フレームの流用はメインフレームでは無理です。(小さい部分で溶接とかでは可能でしょうが…)
フレームを交換するというのであればそれはもう、違う単車です。以前の車体番号は使えなくなる訳で。
くどい前書きになりました。(笑)
何がいいたいのか?と申しますと、“何を以って、それというのか?”という点ですね。
人間の体でいうなら、心臓は移植出来ますが、脳を移植できるのか?
それは無理でしょう。
仮に出来たとしても、それはもう、元の人では無いですよね。
そういう訳で、フレームは重要なのです。
フレームが歪んでいたら何も出来ません。歪んでいるとかそういう理由でなくても、フレームの設計がその後のチューンに耐えられないのであれば、そのマシンの潜在能力は低いと言わざるを得ない訳ですね。
さて、本題ですが、単車を人間に置き換えて考えた場合、どうなるか?
物理的にはと申しますか、生命的には、先程の心臓移植の例という事になるのですが、そういう意味ではなく、“何を以って、それなのか?”と。
どんな人間でも失敗はします。壊れる事もあるでしょう。失敗は成功の母なので、改良し改善出来れば、それはそれで良い訳ですが、交換出来ないパーツの損傷や基本設計ミスはどうしようも無いですね。
人間の場合、何が交換出来ないパーツなのか?
大人が若者に伝える点があるとするなら、そこじゃないかな?と。
何でも好きなように生きれますが、目的地を思い描くって大切ですよ。
“地図を持たずにGO!”とか“行けばわかるさ”とか、
確かにそうですけど、それは“描いた夢”があるから可能な訳です。
どこかのゴム人間は、「海賊王になる!」って理想の元に地図を持たずに冒険にワクワクするのであって、どうなりたいのかも何も分からない人間が、地図を持たずにGO!で、行けばわかるさだと、おそらく終わる。
話を単車に戻すと、そういう訳で、フレームってよく考えると、夢なんですよ。
フレームマニアなのかも…
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