ホンダ嫌い?

何気なく"ホンダ嫌い"をネット検索した。

私はウイング嫌いなのか?

考えてみれば、バイクの中で最も縁があるのはホンダのカブだ。高校の頃バイトしていた新聞屋のプレスカブを私有化して乗り回していた。借りている身分でありながら、エンジンを3機壊した記憶がある。

私の周囲の人達は、吸気をパワーフィルター化、駆動をハイスピードプーリーに、そして電装をリミッターカットした、ホンダ DIO ZXや、スズキ セピア ZZや、ヤマハ ジョグZといったスクーターで峠を走り回っていたが、私は彼らに交じりながらも、「3速のカブこそ最強なんだ」と嘯いていた。

あれから30年にもなるが、カブシリーズには今でもお世話になっている。

振り返るとバイク歴で最初に気になった存在は、CB400SFだ。バイクが何なのかも分からない小僧だったが、まだデビューしたばかりの初期型のスーパーフォアに乗ろうと、いつもバイク雑誌を眺めていた。ホンダには初心者を虜にする何かがあるのかもしれない。

カラーリングはオプションのガンメタのツートンが少し値段設定が高くなっていたが、やはりCB400SFには、今でも赤のソリッドが1番似合うと思っている。結局CB400SFには乗らなかったが。

しばらくして、CB400SFのCBってどういう意味なんだろう?と、歴史に興味を持つようになる。

そしてCB400fourが好きになった。あの高回転を煽る音。そしてあの存在感。今でも脳裏に焼き付いている。

半年程住んでいた山梨で、たまたま立ち寄った国道20号線沿の年季の入ったバイクショップに、納車待ちで置いてあった408。初老のオーナーの親父さんが気前良くエンジン音を聴かせてくれた。

暖気もそこそこに、そんなに煽って大丈夫か?と、こちらが不安になった記憶も懐かしい。

ヒューンと回るエンジンではない。ズォーと回るエンジン。ヒュイーンという排気音ではない、フゥワンと奏でる排気音。今時のバイクのような、バンと吹け上がるエンジンではなく、あくまでフゥワン。

バイクはバイクでも、同じような形をしていても、それは違う乗り物なんだと直感的に感じる。そして、それはバイク乗りと単車乗りは違うんだという定義を自分に課した瞬間でもあった。

その時の体験を引き摺っていたのかどうかは分からないが、CB750four-K2を所有していたのも思い出す。

 750ccの低く乾いた4発の集合管の吠える音、鈍く輝く金属部品、直線で機械的に加速していくその無骨な存在は、まるで電車ではなく、機関車に乗るような躍動感があった。完成されていない完成度の高さ。矛盾するその感覚が確かに感性を刺激した。


改めてホンダのバイク数種類を思い返してみたが、ホンダに限らずバイクの魅力は、速いとか、乗りやすいとか、表面的な点だけではないと思い知らされる。

性能は確かに重要なのだが、その向こう側に魅力はあるように思う。

おそらく今まで気の遠くなる程に議論されてきたであろう単車の価値と存在意義。そして、メーカーの好み。

...今更、無い答えを言葉で出す必要も無い。

大切なのは、"感じる"それだけだろう。


作品で確かに気持ちは伝わる。


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音楽家、ギタリスト、シンガーソングライター、作曲家、作詞家、作家、聖書研究生、単車乗り、包丁使いのブログ
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