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<ponderous>は「大きくて重い、動作がのっそりしている」

チャンドラー『湖中の女を訳す』第十二章(2)

【訳文】

 オフィスにたどり着いたら パットンは電話中で、ドアには錠が下りていた。話しが済むまで待たなければならなかった。しばらくすると電話を切り、錠を開けてくれた。
 私は彼の脇を通り過ぎて中に入り、ティッシュペーパーの包みをカウンターの上に置いて開いた。
「粉砂糖の探り方が足りなかったな」私は言った。
 彼は小さな金のハートを見て、私を見、カウンターの後ろにある机の上から安っぽい拡大鏡をとった。そしてハートの裏を調べた。拡大鏡を下ろして私に眉をひそめた。
「もしあんたがあの小屋を調べたくて、そうするつもりだと分かってたら」彼はぶっきらぼうに言った。「あまり手を焼かせるもんじゃない、だろう、若いの?」
「両端の切り口がぴたりと合わないことに気づくべきだったんだ」私は彼に言った。
 彼は悲しげに私を見た。「若いの、私はあんたの目を持っていない」彼はごつい不器用そうな指で小さなハートをいじくった。じっと私を見つめ、何も言わなかった。
 私は言った。「アンクレットのことでビルが焼きもちを焼いただろうと考えているのなら、私もそうだ――もし彼が見ていたとすればだが。賭けてもいい。彼はそれを見ていないし、ミルドレッド・ハヴィランドの名を聞いたこともなかった」
 パットンはゆっくり言った。「どうやら、デソトとやらに謝らなきゃならんようだな?」
「もし見かけたらな」私は言った。
 彼はまたうつろな目で長いあいだ私を見つめ、私はまっすぐ見返した。「あててみようか、若いの」彼は言った。「察するに、何か新しい考えを思いついたんだろう」
 「ああ、ビルは妻を殺していない」
 「殺していない?」
 「殺していない。あの女は過去に相手した誰かに殺されたんだ。そいつは女の行方を見失い、やっと探し出した時には、別の男と結婚していたことが気に入らなかった。この辺りのことをよく知っていて――ここに住んでいなくったってこの辺のことを知っている者はわんさといる――車と服のうまい隠し場所を知っている誰かだ。そいつは女を憎んでいたが、それをうまく隠しおおせた。自分と一緒に駆け落ちするよう女を説得し、すべて準備が整ってメモを書き終えたら、喉に手を回し、当然の報いと考えるものを女に与え、遺体を湖に沈め、さっさと立ち去った。気に入ったか?」
 「やれやれ」彼は考え深げに言った。「事態を複雑にするとは思わないのか? しかし、ありえない話じゃない。確かにその可能性はある」
 「これに飽きたら、言ってくれ。また何か思いつくから」私は言った。
 「あんたなら、きっとそうするだろうさ」彼は言った。そして出会って初めて笑った。
 私はお休みを言って外に出た。切り株を掘り起こす入植者のように、のっそりした構えで考えをいじくり回している彼をそこに残して。

【解説】

「もしあんたがあの小屋を調べたくて、そうするつもりだと分かってたら」は<Might have known if you wanted to search that cabin, you was going to do it>。清水訳は「お前さんがキャビンを捜索したかったのがわかってればな」。田中訳は「どっちみち、あんたはチェスの小屋のなかをさがしまわるだろう、と気がついてりやよかつた」。村上訳は「もしあんたがあのキャビンの中をもっと調べたいとわかっていたら、そうさせてやったのに」。

<might have 過去分詞>は「~だったかもしれない」という意味だが、相手に対する非難が込められていることがある。もし、マーロウが小屋を捜索したくて、そうするつもりだ、とパットンが気づいていたら、村上訳のように「そうさせてやった」のだろうか? パットン自身、民間人に過ぎないマーロウに小屋を調べさせることが妥当かどうか自分にはわからないとすでに語っている。ただし、あの場でパットンにもう少し調べてみることを提案することはできたろう。「勝手なことをしよって」という老保安官の口吻がそこにある。

「あまり手を焼かせるもんじゃない、だろう、若いの?」は<I ain't going to have trouble with you, am I, son?>。清水訳は「私はお前さんといざこざを起こしたくないよ」。田中訳は「わしは、じゃまかね、え、あんちゃん?」。これは名訳だと思う。村上訳は「あんたとは友好的にやっていきたいんだよ、なあ、お若いの」。<have trouble with ~>は「~に苦労する、~にてこずる、~に手を焼く」と「~といざこざになる、~ともめる」の意味がある。警察と探偵の間では、力関係は互角ではない。後者の意味にはならないだろう。

「切り株を掘り起こす入植者のように、のっそりした構えで考えをいじくり回している彼をそこに残して」は<leaving him there moving his mind around with the ponderous energy of a homesteader digging up a stump>。清水訳は「開拓移民が切り株を掘り起こしているときのように腰を据えて考えこんでいる彼を残して」。田中訳は「入植者が、木の根つこを掘りおこすような、たいへんな努力で、頭をひねってチエをしぼりだそうとしているパットンをのこして」。村上訳は「彼をあとに残して外に出た。彼はそこで一人、木の切り株を掘り起こす西部の開拓者のような飽くなき辛抱強さをもって、考えをあれこれいじり回していた」。

パットンが考え事をする様子を、切り株を掘り起こそうとする人に喩えた箇所である。<ponderous>は「大きくて重い」、「(動作が)のっそりしている」という意味だが、「重くて扱いにくい」、「(文体。話し方などが)重苦しい、退屈な、(論文などが)冗長な」という否定的なニュアンスのある形容詞。次から次と新しい考えをひねり出すマーロウに比べ、ゆっくりとものを考えるくせのあるパットンの悠長な態度を評したものだ。この話はマーロウの視点で語られている。そう考えると「腰を据えて」はまだいいとして、「たいへんな努力で」や「飽くなき辛抱強さをもって」は少々褒め過ぎに思える。それとも、マーロウ一流の皮肉だろうか。

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