軽く読める本の紹介

は、意外と難しい。

話をする前に、まず、「軽さ」の定義から始めておきたい(もしかしたら「カラマーゾフの兄弟」が「軽い」に分類される人もいるかも知れない)。

まず、すらすら読めること。当たり前だが、大切なことだ。
次に、ちゃんと「娯楽性」があること。
すらすら読めるが、難しい作品だってこの世にはある。
最後に、「後に残るテーマ」がないこと。
これが一番大事。
「人はなんのために生きるのだろう」とか、「人を愛するとはなんだろう」とか、読んだあと考えるような作品はダメだ。頭の中身をドブに捨てて、短くなったタバコで焼き尽くすような、チープな作品がいい。

では行こう。

その1アゴタ・クリストフ「悪童日記」

面白い。こんなに面白い小説、なかなかない。

著者のアゴタ・クリストフはハンガリー生まれ。しかしその後スイスに亡命し、小説はフランス語で書いている。

と、こう書くとその作品にはいかにも「固い」印象を覚えてしまうと思う。

ところが、「悪童日記」は違う。
むしろ、そうしたアイデンティティのゆらぎを双子の「ぼくら」という人称を巧みに操り、エンターテイメント性豊かに語った傑作である。

作品の舞台は、ハンガリーのブダペストを思わせる。だが、作中に現実の固有名詞は出てこない。
それがこの作品全体に、おとぎ話の気配を与えている。
作中、ナチス・ドイツ、またソ連の兵士を思わせる人々が出てくるが、そこでも固有名詞は避けられソ連軍はあくまでも(ナチス・ドイツからの)〈解放者たち〉と書かれる。

この書き方は、まだ世界に生まれたばかりの、子どもの見方としても良い。
そしてこの双子、とっても頭がいい。何ならフィリップ・マーロウとタメを張れる。二人組の少年ということで、筆者は「ポーの一族」なんかも思い出した(片や耽美、片や性と暴力だが)。

そう作中、様々な性と暴力描写がある。双子にベッドの上で小便をさせる(確か)将校に、獣と交わる少女。

その溢れかえる性と暴力が、聡明な双子の語りの力で魔法的な神話に変わる。怖くて、楽しい。
それが「悪童日記」の魅力だ。

その2阿部和重後期作品

今一つ認知度がないが、楽しい作品を書く。

まず、「キャプテンサンダーボルト」は外せない。あの伊坂幸太郎氏と組んだ、どこに出しても恥じない東北根性エンタメ作品である(阿部氏が山形、伊坂氏が宮城代表)。
ただ、ちょっと長い。

「クエーサーと13番目の柱」もなかなかユニークな作品なのだが(引き寄せの法則が出てくる)、人を選ぶ。イメージとしては、B級トンチキアクション映画。

「□」も楽しい。B級不可思議トンチキホラー映画。

「ブラック・チェンバー・ミュージック」も楽しい。B級トンチキ政治……

そう。阿部和重の後期作品は(「神町サーガ」は除いて)どいつもこいつも「B級」なのだ。
「え、何でそれ題材に選ぼうと思った?」というトンチキな話が、300ページ行かないくらいの分量で綺麗にまとめられている。
「ブラック・チェンバー」は2段組だが、何しろ会話が多い。肩の力を抜いてする〜っと読める。

賞の傾向から「純文学」作家に括られている阿部和重だが、彼の作品を読む楽しみは、トンチキ映画を見る楽しみでもある。

短編も外せない。涼宮ハルヒシリーズの二次創作に、官能小説のパロディ、ビン・ラディン暗殺を行う高校生をEスポーツ風に書いたものなど、実に「B級」な題材ばかり並ぶ。

皆さんも「B級」文学の魅力に、今日、目覚めてみませんか。

その3筒井康隆&村上春樹前期作品

反則。
あまりにも「反則」なので、二人まとめることにした。
何しろ、あまりに大御所だ。面白い作品もずらりと並ぶ。

なので、ここでは短編に絞る。

筒井康隆では、まず「農協月へ行く」。
当時の日本人観光客のマナーの悪さを茶化した作品なのだが、まあ、ひどい。
筆者は読んだあと、人生の貴重な十数分をこんな作品に費やしたことに、深い徒労感を覚えたものだ。
その、どうしようもない下らなさが、しかしだんだんクセになる。

「関節話法」も、死ぬほど下らない話だ。「関節を使って会話する宇宙人」。もう終わりである(内輪話だが、この作品はなぜか大江健三郎に褒められていたりする)。

我慢出来ないので長編も紹介する。
「わたしのグランパ」。楽しい作品。古き良き「任侠もの」を思わせる。

「旅のラゴス」も鉄板。王道。「そう、こういうのでいいんだよ」。SFロードノベル。ちょっぴりリリカルな筒井康隆が見れる。

村上春樹は、「1973年のピンボール」がおすすめ。

「多分ね。」と僕。「殆(ほとん)ど誰とも友だちになんかなれない。」
それが僕の一九七〇年代におけるライフ・スタイルであった。ドストエフスキーが予言し、僕が固めた。

短編はこれ。
「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」
何でもない話を、こうまで書けるのが村上春樹。
「パン屋襲撃」
一度も笑わずに読み切れたら、たぶんあなたは自覚のないサイボーグ。

もっとユーモアのある作品がある気になっていたが、意外となかった。でも、この辺の春樹はとにかく楽しい。

(その他選外)
川上弘美「神様」の各短編は楽しいけど、ちょっとほろ苦いからスルー。
遠藤周作「おバカさん」は、途中からだんだん笑えなくなってくる。前半だけなら文句なしに笑えるが。
谷崎潤一郎「猫と庄造と二人のをんな」は好きだけど、好きだけどさ……。ちょっと古典は重いなあと思った次第。ケラケラ笑えると言うより、込み上げてくる系の笑いというのもある。
マラマッド?笑……えるけども。背景のユダヤ人というアイデンティティを巡る問題が重すぎる。 
リング・ラードナーはときどき笑いきれなくなる、トウェインは筆者のツボと合わなかった。
ウディ・アレンの「ミスター・ビッグ」は個人的に好きだけど、他の作品を知らない。

いっそ江戸川乱歩とか一周回って笑っちゃうけども。
あとはバルガス・リョサの「継母礼讃」ぐらいしか……、筆者の海外文学の不勉強である。

とにかく、ユーモアというのは良いものだ。番外編だと「今昔物語集」の、カブで男がオナニーしたらそのカブを食った女が妊娠した話に一票を入れておく。





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