性虐待からの保護と支援
岡崎支部の性虐待ケース。断片的ながら判決理由が明らかにされて、被害の様子も伝わってきた。ソーシャルメディアには、いまだに無罪は許せないという剥き出しの感情が溢れているけれど、一方で、この被害女性はこれからどうやって生きていくんだろうという声も増えてきた。その疑問に応えたい。
僕はふだん、10代・20代の若い人たちから相談を受けるNPOのスタッフとして活動している。窓口には年間200件ほどの相談が寄せられ、電話やメール、面談、同行支援などの対応件数は2,000カウントを超える(もちろん、僕ひとりで対応しているわけではない。)。
小・中学生のころから性被害を受けるようになって、誰にも言えないまま20歳前後まで過ごしてきたという人からの相談もある。正確な数字は整理できていないが、相談としては年間5〜6件。そのうち保護に至ったり、その後の自立支援にかかわったりするケースも2〜3件ある。
刑事処罰は最善の解決策ではない
本題に入る前に言っておくと、18歳を過ぎてから性被害の申告があったケースで、加害者が刑事事件として立件され処罰を受けたものは1件しかない。それ以外のケースは、すべて立件すらされず、あるいは捜査機関に知られることもなく、被害者の胸の内にしまい込まれる。
大切なのは、刑事事件として立件されなくても、被害は厳然としてあるということ。その事実をひとり抱えながら生きている人が、この社会にはたくさんいるということ。たとえ加害者が厳罰に処せられても、それだけで被害者が救われたり、幸せに生きていけるようになったりするわけではない。
保護と支援のプロセス
本題に移ろう。あなたの目の前に若い女性が現れて、父親からずっとレイプされてきたと告白したとしよう。さて、あなたはどう行動するだろうか。
その女性が18歳未満だったら、児童相談所に通告し、一時保護を求めることになる(児童福祉法33条1項)。同時に警察に相談に行くこともある。被害の直後であれば、産婦人科で検査や治療を受けることもある。
児相は一時保護や帰宅の可否を判断するために事情を聞く。警察は刑事処分の見通しを立てるために事情を聞く。何度も同じ話をさせられて被害を思い返す必要のないように、最近では児相と捜査機関が共同で事実確認を行う例も増えてきた。
性被害を受けたことが間違いなければ、加害者の住む家に帰すわけにはいかない。加害にかかわっていない親と同居したり、他の親族の家に行くことになったり、里親家庭や児童養護施設に行ったりする。このあたりがまたややこしいのだが、長くなるので割愛する。
他方、被害者が18歳になっている場合はどうか。児相が一時保護できるのは「児童」に限られるから、この場合は対象にならない。被害者が女性なら、婦人相談所(女性相談所)に一時保護を求めることになる。
婦人相談所の一時保護は売春防止法を根拠にしている。近年はパートナーからの暴力を逃れてきた女性を保護するケースがほとんどだが、虐待を受けた若年女性を保護する役割も担っている。18歳になるとおよそ保護してくれる場所がないという意見を目にしたが、そんなことはない。10代でも保護は可能だ。
民間のシェルターも活用されている。ここには書けないが、所在地のみならず存在自体もオープンにされていない緊急避難場所もある。保護を求めれば、安全に寝泊まりができる場所は実はたくさんある。
シェルターを出た後は、一人暮らしをする人もいるが、若い人がすぐに資金を用意できることは少ない。いったん婦人保護施設に移り、働いてお金を貯めてから一人暮らしをスタートさせる人もいる。
ふたつのハードル
こんなふうに書くと、性被害を受けても簡単に逃げ出せるじゃないかと思う人がいるかもしれない。しかし、ここにはふたつの大きなハードルがある。
ひとつめは、保護を求めることが途方もなく難しいということ。被害者の多くは、自分を責めて生きている。自分が被害を訴えれば家族がバラバラになる。自分が逃げれば妹が犠牲になる。父親と関係を持つ自分は汚れている。そんな歪められた意識が、「助けて」を飲み込ませる。
僕たちのところには、過去に警察や児相、役場に相談したことがあるという人もよくやってくる。「被害の状況をうまく説明できず、ただの家出だということで家に帰された。」、「相談したことが親にバレてボコボコにされた。」その経験が、さらに「助けて」を遠ざける。
とりわけ警察の対応には手を焼く。「立件に協力できないなら親に引き渡す。」と言う担当者とやりあったのは一度や二度ではない。警察は、24時間いつでも逃げ込めるのは魅力的だが、あくまでも捜査機関であって、相談機関でも支援機関でもないことをわきまえておく必要がある。
ふたつめのハードルは、保護された後に待っている。たとえば大学生が保護されれば、加害親は学費を負担しなくなるだろう。それを避けるため、卒業までは家に残るという人もいる。大学を辞めてバイトで生きていくか、父親から身体を求められ続けるかという地獄のような選択を迫られる。
学費の問題がなくても、20歳前後の若者が無一文でやっていくのは本当に難しい。家もない。仕事もない。行き詰まっても帰る家がない。日払い・週払いのバイトで食いつなぐことはできても、財産もスキルも蓄えられない。熱が出ても仕事に行き、こじらせて仕事を失う。
未成年であれば、賃貸借契約や携帯電話の利用契約も難しい。連帯保証人や就職時の身元保証人も、親を頼れない人が見つけるのは容易ではない。社会の中で当たり前のように受け入れられている仕組みが、自立を妨げる。せっかく被害から逃れたはずなのに、社会に居場所が見つからない。
私たちは何をすべきか
暗い話が続いてしまった。最後に、ふたつのハードルを取り払うための方策について考えたい。
ひとつめのハードルをクリアするには、SOSを出しやすい仕組みを用意できればいい。最近は、僕たちがやっているように、メールや電話で、あるいは匿名で相談できる窓口が増えてきた。ウェブで情報発信している団体もたくさんある。
しかし相談機関は、いま被害を受けている人に直接アクセスすることができない。ウェブや街角で情報発信をしていても、最終的には、被害者のSOSを待つしかない。
この弱みを補完してくれるのが、被害者の近くにいる人の存在だ。実は相談機関にSOSを発信する人の多くが、その前に、親しい友人や同居していない親族、学校の先生などに事情を話している。ウェブで出会った、お互いに顔を知らない人に相談しているケースもある。
こうやって最初に話を聞いた人が、相談機関を探して紹介したり、代わりに問い合わせをしてくれたりするだけで、被害者がSOSを発信する心理的なハードルは格段に小さくなる。あなたも一生のうちに1回くらい、こうした深刻な相談に接するかもしれない。
冒頭の設問に戻ろう。告白を受けたあなたは、きっと戸惑うだろう。でも、あなたが抱え込む必要はない。警察でも役所でも、僕たちのような民間の相談機関でもいい。あなたが知っている中で最善だと思う人に、バトンをつないでくれるだけでいい。
あなたがこんなシチュエーションに遭遇するのは、一生のうちにたった1回かもしれない。でも、その1回を取りこぼさなければ、1人のいのちが救われるかもしれない。
ふたつめのハードルは、なかなか引き下げにくい。なにしろ多くの人にとっては有用で、当たり前の仕組みだから。一個人が変えられることは少ない。しかし、何もできないわけではない。自立を阻むその仕組みは、僕たちが生きる社会にあるのだから。
あなたの勤務先に、困ったお客さんがやってくるかもしれない。そのお客さんを追い返す前に、「何かお困りですか?」と聞いてもらうだけでいい。この社会に、理不尽な事情で生きづらさを抱えるに至った人がいることを思い出してほしい。その想像力が、またひとつ、いのちを救うかもしれない。
ずいぶん長くなった。まだまだ書き足りないが、それは別の機会にまとめたいと思う。
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