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『トップガン』/葛藤もないし成長もしてないよ、…!(映画感想文)

『レインマン』(88)と『ア・フュー・グッドメン』(92)の2作でトム・クルーズが好きになった。それ以前の作品となると、『卒業白書』(83)とたまたまデートで『カクテル』(88)を観たくらい。巷で爆発的にヒットしていた『トップガン』(86)も未見。この頃はスカしたやつだったので(トムではなく僕が)ビッグバジェットの映画は小バカにしてミニシアター系の映画ばかりを判らないまま贔屓にしていたのだ。
その『トップガン』を、公開から40年近くを経て初めて鑑賞。

パイロットとして優れた腕を持ちながらも謎の死を遂げた父を持つピートは、マーヴェリック(一匹狼)の呼び名でよばれる艦上戦闘機パイロットだ。自身も天性の勘を持ち、上官や仲間に「お前は危険なヤツだ。もっとチームを大切にしろ」と疎まれつつもエリートパイロットを育成する訓練機関学校へ相棒のグースとともに派遣されることになる。そこでライバル(アイスマン。演じるのはヴァル・キルマー)と出会ったり、民間から出向している航空物理学の権威である女性教官チャーリー(ケリー・マクギリス)と恋に落ちたりしながら訓練の日々を過ごすのだが、ある日の訓練中にマーヴェリック機は事故を起こし、グースは不慮の死を遂げる、・・・。

当時ロブ・ロウやマット・ディロン、ラルフ・マッチオ等若い俳優が大挙スクリーンに溢れ、YAスターとして一括りにアイドル扱いされていた彼らはブラット・パックと呼ばれていた。そこからいちはやく頭ひとつ抜け出したのがトム・クルーズで、その契機となったのがこの映画だったように記憶している。いやー、スゴかった。街ではみんなMA-1を着て米軍隊員のつけるネームタグをアクセサリーとして付けていた。サウンンドトラックも売れた。
監督はトニー・スコット。兄とは異なる洗練された印象的な美しい映像で物語をテンポよく見せる。そりゃ当たるわ。
カッコいいから? ヒットの理由はそれもある。
しかしそれよりも重要な物語に埋め込まれた要素が、きっとあの当時の中学生、高校生の心を惹きつけたのだ。それは何か。自己都合の承認欲求に他ならない。この映画を観た者は当時「マーヴェリックのようにありたい」と思ったはずだが、それこそがのちに中二病と呼ばれるもののはしりではないか、と今回観ながら考えた次第。

トム・クルーズ演じるマーヴェリックは、才能があり、ルールの枠に収まらず、父の死の謎というドラマティックで他者から同情を、異性からは母性本能のくすぐりを得る負の要素を持ち、(本人が何かしらの努力をしているように描かれていないのに)エリートを育成する組織に選ばれ、そこではなぜか「はみだしもの」という設定なのに「グループの中心」にいつもいて、女性にも好かれる(ここでも何かしら努力をしているようには見えない)。マーヴェリックがまだ一度も飛行していないうちからライバルたちも一目置き、なんで!? とツッコミたくもなるのだが話は簡単で、トム・クルーズの見た目がイケていてふるまいが洒脱だからだ。中身は本当は空っぽかもしれない
でも彼には天才的なパイロット技術が付与されていることを観客であるわれわれは知っている。その技術がどうやって身についたかについても「天才的な勘」と誰もが口にするので映画のなかでもそとでも誰もが納得している。
これ以上なく彼は上手くいっている。そりゃ、みんな憧れるわ。
なによりもマーヴェリックが中心に世界が回っていると感じさせるのは、それまで自分にしか関心のなかった彼がグースの死でうちひしがれたとき。そのときを境に周囲のみんながマーヴェリックの献身的な味方となる。これまでの無軌道な行いもすべてチャラになり、誰もが彼を頼り出す。落ち込んだマーヴェリックは確かに自信を失うのだが、今度は周囲の誰もが(厳しかった上官たちでさえ)彼を信頼し、励まし始める、…のだが、ちょっと待ってほしい! グースの死の際で、何かしら周囲の評価を変えるような素晴らしい行動を彼が取ったり勇敢さをみせたりしたか? なんでグースが死んだ途端に彼の評価が上がるのだ?

見様によってはこの『トップガン』ほど自己都合、それも若気の至りがすべて上手く(それもカッコよく)展開する映画は、・・・なくはないけど、やはりこの作品はご都合主義の程度において群を抜いている。世間では、もしかするとこの映画は「エリートパイロット養成機関でもともと才能のあった主人公が葛藤しながらさらに成長する」作品だと勘違いされているかもしれないが、正しておきたいのは、クルーズ演じるマーヴェリックは(落ち込みこそすれ)葛藤などしていないし、そして微塵も成長はしていない
判る。努力をしてもいないのに努力したように周囲からは思われて、何ら変化していないのに、状況だけが自身を世界の中心へ連れて行ってくれる、という願望は誰もの心のなかにあるもの。
そういった美味しい話は現実では(ほぼ)起こらないのだが、なぜかトム・クルーズという存在は「そういったことが起こりそうに思わせる」ものを持っていて、スクリーンのなかに存在しているのだ。よくも悪くも。この当時から。
中二病予備軍の彼は代弁者であり、象徴だったのである。この頃は。

※しばらくトム・クルーズの映画について書きます。

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