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うちの息子は、「アジアの少年」と呼ばれている。これって差別?

「ボクシングジムに通いたい」と、息子がいいだした。

どうも近所にボクシングジムがあるらしい。

のらりくらりとかわす私にしびれをきらし、
そのジムに通っているという、
近所の双子を連れてきて、話を聞けという。

同じ顔のふたりが、やいやい説明するのを
要約すると、

・商店街の爬虫類専門店の2階
・週7日やっている
・コーチは小柄なおじいさん
(イギリス人だが映画「ベストキッド」の空手師匠に激似。Mrミヤギと呼ばれている)
・Webなし、Emailなし。電話は応答なし。

ということらしい。



しょうがないので、
翌日にアポなしで息子と一緒にいってみたら、ジムは意外と大盛況で混み合っていた。



そして、なるほど確かにMrミヤギだわ、と言いたくなる人がちょうど入口に立っていたので、話しかけてみた。

「あのぉ入会希望で。登録用紙もらえます?」
「ない」

「え?」
「4ポンド」

とゴツい手をだしてきたので、慌ててバックの底をあさってコインをみつけて渡した。


あ、でも最近はどこでも、ほら、
えーっとコンタクトレスで
ダイレクトデビットで、引き落としとか…

とか言っているうちにもういないし。


横でバンテージを巻きながら、
笑ってみていた、生徒であろう若いお兄さんが言うには、

1時間4ポンドか、
25ポンド/月で来放題か、
という2つの設定しかない。
そしていづれも現金で。

じゃあ13歳は、どのクラスかわかります?と聞くと、来たいときにくればいいと。


えらいアバウトな。

そう思って、Mrミヤギの方をみると、棒の先にグローブをガムテープでくっつけたもので、腹筋している生徒たちのお腹を上からボンボン突いている。そして、やはりというか、ポケットは小銭でぱんぱんだった。


それから、息子は4ポンドをにぎりしめて、ボクシングジムに通った。

最初は、練習開始15分でゲェゲェ吐いたらしい。練習がきつすぎて。

まぁそうだろう。

うちの息子はそれまでクラッシック音楽にどっぷり浸かっていた。そこからえらくかけ離れたとこに飛び込んだんだから。


「いやー、ギャップがすごい。

これまでの音楽の世界は、タキシードや白シャツだったのに、ジムでは、タンクトップにタトゥー、歯がないおっさんも多いし」

と息子は大笑いした。

「あ、あとね、Mrミヤギは何言ってるか、よくわからん。スパ中に、大声でアドバイスくれるけど、間にFワードが入りすぎて」

と更に笑うが、親としては笑えない。

だって、Fワードはいわゆるf**kという『つかってはいけない英単語』の代表格みたいなもので「クソ左腕はもっとクソみたいにあげとけクソ!」みたいな。

子供のクラスで…

ま、いいよ。すぐ根をあげるだろう。

そう目論んでいたら、1ヶ月後には週1から週2に増えてしまった。

「Mrミヤギのパンチはやっぱりスゲー」

「Mrミヤギにはじめて誉められた」

「Mrミヤギは手がグローブみたい」

Mrミヤギの話がどんどん増えて、今に息子もFワードを言い始めるのも、時間の問題に思えてくる。困った。


「ところで、Mr ミヤギは、あんたの名前を発音できるの?」

「全然。そこの『アジアの少年』って呼ばれてる」


アジア…

またえらい直接的な。

「アンタ、嫌ならちゃんといいなよ」
と言うと、

「なんで?僕はアジア人でしょ?合ってるし」と息子は言った。

わたしが複雑にとりすぎなのだろうか。


ボクシングってなんて粗暴なんだと思ってしまう。せめて「アジアの少年」は止めて、名前で呼んでやってくれと言ってみよう。そう決めた。



チャンスはすぐやってきた。

ある晩、駐車場で息子達を待っていると、
Mrミヤギがこちらにきた。

よし、言うぞ。
と思ったら、Mrミヤギが遠くから大声で、

「あー、あのね。今日から練習は30分延長。4月にあいつを試合にだすからね。アンタの息子はがんばってんだよ」

と言いながら、近づいてきた。

試合…って顔をしたら

「心配だろうね。でもボクシングは安全な競技なんだよ」


「それで、すごく公平。勝敗は自分の拳のみで決まるからね。

その拳が何色かは関係ない。

黒くても白くても黄色くても。

強いものが勝つ。それだけ。

世の中は複雑だよ。生まれた国や歴史が人生にからんでね。でも個々はシンプルでいい。自分が強くなればシンプルでいられる。それをボクシングで学んでいってくれ」

そう言って、
ファイティングポーズをとると、
勝利を積み重ねて得たものは宝物になる!と、にっかり笑って戻っていった。

意外な言葉に、ポカーンとなった。


そうか。Mrミヤギは、息子に自信をくれようとしていたのか。

学校で上級生に「国へ帰れ!コロナ!」と言われて「ま、ヤツラも誰かに怒りたいんだよ」と言いながらも傷ついたであろう息子。自分を肯定する力は、この先彼の大きな味方になる。


名前を覚えられないのか、覚えようとしないのか、わからないけど、「アジアの少年」には愛があった。


そんなわけで、現在の息子のジム通いは週4日になっている。
息子はまだFワードは言わない。
言ったら口をつねればいい。

そして、いっそわたしもボクシングを始めて、Mrミヤギに「アジアのオバさん」と呼ばれるのもいいなぁと、思いはじめてきたのだった。

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