私だって恋がしたい(10) 履歴を活かせぬ仕事に・・・

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第4章  モラハラ

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 同級生の就職先の病院が次々と決まっていく。沙織は「おめでとう」という言葉を発するのがやっとである。焦りに胸が苛まれる。

 沙織は自分の不自由な足で松葉杖をついてハローワークに足繁く通った。しかし、障碍者雇用枠による医療事務の求人は見つからなかった。

 就労支援施設の求人以外には、殆ど単純作業の仕事しか見つからない。

 そんなある日、窓口でしばしば話したことのある若い男性が「これはどうですか?」と差し出したのが、通販の会社の電話オペレーターの仕事だった。

 「以前に特技欄によく通るはっきりした声と書かれてましたよね。この仕事は椅子に座ったまま電話をとってお客さんと話す仕事です」

 「でも・・・言ってしまえば苦情係ですよね?」

 「まあ、そうとも言えます。が、会社はきちんとマニュアルを作っているし、音声案内で苦情の中身を振り分けてくれます。障碍者雇用枠ですから、比較的単純に処理できる苦情の係に回してもらうのはどうでしょう」

 季節は冬にさしかかっており、殆どの友人が既に医療事務の仕事で内定を得ている。沙織には焦りがあった。それに今まで紹介してもらった、いかにも障碍者による単純作業といった印象よりも、ずっと通常の業務に近い仕事ではないか。

 沙織はその会社の面接を受けることにした。

 いつものようにマイカーで迎えに来てくれた岡本と沙織はラブホテルに直行し、ホテルのルームサービスで食事していた。

 透明ガラスの小さなテーブルにエビフライとハンバーグのセットが二つ並んでいる。深すぎるソファから身を起こすようにして、ナイフ、フォークを使いながら、沙織は口を開いた。

 「医療事務の仕事がどうしても見つからへん」

 「なんでやねん? 資格はちゃんと持ってんのに」

 「病院って、殆ど障碍者雇用枠があらへんねん」

 「で、どうすんの?」

 「通販の会社の電話オペレーターの仕事、見つけた。障碍者雇用枠で採用されそうやねん」

 「へえ、よかったやん」

 岡本は器用な仕草でエビフライにタルタルソースを載せると、細切りにして口に運んだ。

 「ここ、ラブホのわりには、ディナー悪くないな」

 岡本はそんな話をするのだった。

 「そやけど、私、せっかく医療事務の資格とったんやから、その仕事につきたかったわ。この二年が無駄に思えて」

 「無駄? オレと出会ったやん」

 岡本が言うので、ふわっと温かいものが胸にこみあげて、沙織は岡本の顔を見上げた。

 「沙織には、医療事務の資格以上にもうひとつ大事な才能があるで」

 「え、なになに?」

 「うーん。ヒント。持って生まれたもんやな」

 「もう、もったいぶらないで教えてよ」

 「まあ、自分ではわからんのかな」

 「早う。教えてよ。私が自信持てるように」

 岡本は急にソファから立ち上がると、テーブルを沙織の方に廻ってきた。

 そして沙織の両手をとって立ち上がらせると、そのままベッドに押し倒した。岡本の熱いキスが沙織の唇を覆った。

 「え、なにするのん」

 「これや。お前はかわいいということや」

 岡本は息継ぎをするように唇を離してそう言うと、またキスを再開した。岡本の舌が沙織の歯茎を割って、口腔内に忍び込んでくる。

 「お前には男を夢中にさせる力があるんや」

 沙織は両手をベッドの上でバンザイをするように押さえ付けられ、されるがままになった。

 「オペレーターの仕事、がんばれ。そのうち、オレが迎えに来る。そしたら結婚したらええやん。専門学校はオレと出会うために行ったと思えばええやん」

 沙織は胸がいっぱいになって涙を浮かべた。

 「私でええのん?」

 「ええに決まってるやろ。好きやで。沙織」

 沙織の心身に幸福な力が漲ってきた。望みどおり、医療事務の仕事に就くことはできなかったが、自分を愛している人に巡り会った。

 それだけでも十分じゃないか。

 岡本に準備が整うまで、電話オペレーターの仕事をがんばろう。沙織は自分の行く手に明るい光を見いだしていた。

 そんな沙織は、小さい頃からもう十分、この社会の中の障碍者差別に直面してきたし、経験してきたつもりだった。今、その長いトンネルからの出口が見えてきたように思えたのだ。

 しかし、後から思えば、この時の沙織はあまりにも楽観的であった。この社会の障碍者差別の現実を本当の意味で舐め尽くすのは、まだまだこの先の出来事であったのである。

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