『ゴッホ 日本の夢に懸けた芸術家』

『ゴッホ 日本の夢に懸けた芸術家』圀府寺司(こうでらつかさ)読了

ゴッホは、僕の生涯を通じて、例外的な水墨画の名作以外は最も好きな画を描く人だった。学生の頃、小林秀雄の『ゴッホの手紙』を読んだ。おもしろかったが、これ自体が小林の「評論」という分野の文学のようで、ゴッホについては、混沌としたイメージの奔流が若い心に流れ込んでくるだけだった。
しかし、この本は違う。作者自身が美術研究者、ゴッホ研究者として一流の学者だが、この本は飽くまでも「入門書」として書いたというのである。確かに深い研究に裏打ちされながらも、整理が非常に太い線で行われている。やや単純にゴッホの短い生涯の各時期を色付けしてしまっているが、わかりやすい整理だといえる。ことにアルル時代に日本に懸けていた夢やゴーギャンとの出会いと別れの意味などは、かなり単純化した書き方だと思いつつも、ああ、そうだったのかという思いにさせられた。
耳切り事件の意味についても、解釈の混沌とした海にまぎれず、ひとつの説で象ってしまっているが、これはこれでひとつの叙述として有効だと思った。
星空、太陽、ひまわりなどが持つ宗教的な意味、宗教を棄ててアートで宗教を表現しようとした意志など、膨大なゴッホの手紙の読破に裏打ちされているとはいえ、あまりにも骨太の整理に思えなくもなかったが、許そう。
自分がなぜゴッホが好きなのかに理屈をつけてくれているといえなくもない。
あとがきにあったが、ファン・ゴッホ美術館が何名も専従職員をおいて取り組んで完成させた改訂版「ゴッホの手紙」はとても精緻なものだそうだ。邦訳はまだないそうだが、英語を含む数カ国語でWEBでも無料で読めるそうだ。WEB版は検索や研究に便利、それでも書籍版は売れるだろうというゴッホ美術館の判断は素晴らしい。
一度は言葉で解説されてみたい、描いてない星が何故無数に湧き出すのかについての記述は特になかった。

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