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ショートストーリー劇場〜木曜日の恋人〜52 『21世紀のスマートな恋愛事情』

 待ち合わせ場所についた蓮は、スマートフォンのYouTubeアプリでショート動画を見ていた。いくつかの動画を見たあと、Xを開き、タイムライン上の投稿を見て三つの投稿に「いいね」をしてから、贔屓にする職業野球の球団の公式アカウントが上げた、今夜の先発投手の画像が付いた投稿を「今日も勝つぞ!」と文言を添えてリポストした。そこへ、さくらがやって来て「おまたせ」と言った。二人は付き合い始めてひと月で、いかにも仲睦まじい様子で腕を組み組み映画館へ向かって歩き始めたのだが、それぞれがやりかけていた作業を終わらせるため、各々のスマートフォンを熱心に見入っていた。

 蓮が操作を終えてもさくらは友人にラインの返信をしたためていたため、手持ち無沙汰になり、ゲームアプリを開いてガチャガチャを回し始めた。

 さくらが友人に返信を送ると、蓮がいま出たアイテムに「よっしゃ」と言うなどしていたら、友人からすぐに返事が来たので、また返信に取り掛かった。

 といった行き違いが何度かあり、なにも話さぬまま映画館に到着した。

 二人が見る映画は『ゴルゴンゾーラの夜明け』というイタリア映画であった。

 ミケランジェロ・カルデローネという三十歳の若手映画監督の作品である。フェリーニやヴィスコンティといった往年の巨匠による作品へのオマージュがふんだんに盛り込まれており、それなりに予備知識がなければ楽しめない類の映画であった。とは言え、蓮もさくらも普段あまり映画を見る方ではないし、この世にフェデリコ・フェリーニという映画監督が存在していたことも知らない。ではなぜそのような映画を見ることにしたかというと、二人が心酔するシャシャ丸という各種娯楽作品を紹介し、若者たちにインフルーエンスを与えているユーチューバーが動画内で絶賛していたからである。

 また、そうした映画を見に行ったということをSNS上で報告すれば周りから「文化的教養のある者」と思われるのではないかという打算もあった。

 事前にネット予約していたチケットを発券し、二人はポップコーンを買うために列に並んだ。

 並んでいる間、蓮は先ほどガチャガチャで欲しかったアイテムが出てきた時のスクショをXに投稿していた。さくらは出がけにアップロードしたTikTokの動画の反響を確認した。

 座席についた蓮は、劇場入り口に掲示されていた映画のポスターと共に撮影した自身の画像を添付し「ゴルゴンゾーラの夜明けぜよ」と、幕末藩士のような調子の文言を添えて投稿した。さくらはポップコーンとコカ・コーラのカップがいい感じに映るようにあらゆる角度にスマートフォンを動かして撮影し、明暗の対比やカップの赤を強調する効果を加えたのち、Instagramに投稿した。

 映画は退屈であった。白黒のスタンダードサイズで、上映時間が164分もあった。

 外国映画をみる習慣のない二人は、登場人物の顔と名前を一致させることも難儀した。

 途中、先ほどのXへの投稿に対し他の人々からなにかしら反応があるのではないだろうかという考えに取り憑かれた蓮は、暗闇の中スマートフォンの画面を点灯させた。つられてさくらも電話を取り出し、時計を見て上映時間があとどれくらい残っているのか確認した。すると二人の後ろに座る熱烈な映画ファンの中年男性に背もたれを蹴られて注意された。

 どうしてこう他人に寛容でいられないのか、なんて生きづらい社会なのであろう! と蓮は嘆き、世を憂いた。

 苦行のような映画がようやく終わり、二人は予約していたイタリアン・レストランへ向かった。イタリア映画を見て、イタリア料理を食べ、イタリア人のように愛を交わそう、というのが今日のデートのテーマであった。

 料理を待つ間、蓮は職業野球の試合速報を見ていた。先発投手が三回を投げて五失点して降板していた。さくらはZOZOTOWNでこの時期にちょっと羽織るのにいい薄手の上着がないか検索していた。値段もデザインも丁度よいのがあったが、欲しい色が品切れであった。

 料理の皿がくるたびに皿やグラスの位置を微調整して写真を撮影した。

 食べながら蓮は、夕方にしたXの投稿がインプレッション数138、返信0、リポスト数0、いいねの数が3、であることを知った。さくらはZOZOTOWNで売り切れていたカーディガンがメルカリに新品として出品されているのを知り買おうと思ったが、定価の1.5倍で売りに出されていたため購入を留保した。

 食事を済ませた二人は、「アモーレ」という名前の、性愛行為を目的とした宿泊施設に休憩しに行った。

 室内にはほぼ原寸大の「真実の口」が設置されていた。二人は彫刻の口に手を突き込み、おどけた表情をして写真撮影を行なった。

 それから二人は服を脱ぎベッドの上でぐしゃぐしゃになった。

 蓮が果てるやいなや二人は枕元に置いてあった各々のスマートフォンを手に取った。

 蓮は贔屓の球団が12対3で負けたことを知り、さくらは例のカーディガンがアマゾンだと在庫があることを知ってカートに入れた。

 アモーレを出て、二人は駅に向かった。

 それぞれが乗る電車を、同じ乗降場の長椅子に座って待った。

 蓮は友人たちとのグループLINEから来ていた38件のメッセージにさっと目を通した。

 さくらはInstagramとTikTokの投稿が伸び悩んでいることを知り気を揉んだ。

 やがてさくらが乗る電車が来て、「じゃあね」と言って乗り込んだ。

 さくらが見えなくなるやいなや、蓮は無線のイヤフォンを装着し、YouTubeを見始め、やってきた電車に乗った。

 電車内で蓮はシャシャ丸の最新動画を視聴した。

 さくらはLINEで蓮に「今日はすごく楽しかった😀  大好き❤️」と伝えた。

 数分後に返信があった。

「俺も楽しかった‼️ 大好きだよ~❤️」

 そう、本当に二人は今日という日を一緒に過ごしたことが楽しかったのだ。

 同じ時代に生まれ、巡り会えたという奇跡を噛み締めていたのだ。

 電車は沢山の人々を乗せて走行した。

 でも誰も知らなかった。電車の上に月が輝き、その周りにいくつもの星が煌めいていたことを。



・曲 Patsy Cline / You Belong To Me


SKYWAVE FMで毎週木曜日23時より放送中の番組「Dream Night」内で不定期連載中の「木曜日の恋人」というコーナーで、パーソナリティの東別府夢さんが朗読してくれたおはなしです。
上記は6月20日放送回の朗読原稿です。

電話というのは離れた所にいる人と通信するための手段として生まれたわけですが、その電話が進化してスマートフォンになり、今目の前にいる人とのコミュニケーションを分断させることになるとは、なんとも皮肉なことですね。

朗読動画も公開中です。
よろしくお願いします。


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