包丁の話
私ね。母に殺してくれって頼んだことありますよ。
あの時はね、確か高校生のときですね。
もう生きるのがしんどくてしんどくて、全然現状に活路が見えなくて、未来にもまったく希望がもてなくて…
いままでがずっとそうだったから、
この先もきっと、生きてたら人に迷惑かけ続けるだろうと思いましたね。
自分のためになにかしてくれる人を裏切り続ける人生になるなって。
なんかこう、自分を産んでくれた両親とか、それ以前の先祖とか、自分の問いかけに答えてくれた先生とか、それなりに仲良くしてくれた友達とか…
あとは今まで自分の命を支えてくれてきた食べ物の命とか…
このまま生きてても、なんも返せないなーって。無駄に消費して迷惑をかけ続ける。こんな俺なんかのために。
情けないけど、もう頑張りたくないなってね。
そんな風に考えるようになって。
そういう時期でしたね。
申し訳ないけど死ぬしかないだろうと思いました。
それである日、もういたたまれなくなってですね。学校をサボって。母も兄妹もいない家で死のうと。
まぁ、富士の樹海でも、その辺の山のなかでも、どこでも良かったんですが…
でも、どこかへ勝手に消えてしまうと、生きてるのか死んでるのか分からなくなっちゃうのかなと。
一応、死んだことは知らせたいというか…
まぁ、今思えば世の中に対する反抗という気持ちもあったのかもしれない。
とにかく、家に一人だけの状態になった私は台所に行って包丁を取り出しましたね。
そのときは、なんとなく「死ぬには刃物」だと。痛い思いしないと確実には死ねないだろう。悪いことをするんだから、そのくらいの代償は必要だろうと、そう思ったんですね。
で、包丁握りしめてね。心臓ってこの辺かな…音が聞こえるのはどこだ?あばらが横にこうはしってるから、心臓を突くには包丁を横にして斜めにこう…
なんてやってね。
よーし…って。
やるんだこら!体重でズブッと!ほら!
………。
いやー…でも、すぐには死ねないだろうな…死ぬほどの痛みってどんなもんだろうか…
血がたくさん出るだろうな。
うまく心臓に当たる気がしない。
そうならなかったら苦しいだろうな。
そんなこと考えて、包丁の切っ先を胸に当てたまま何時間も経ちました。
そうしてるとまた、自分の鼓動がドックンドックン聞こえてくるんですよ。
あー…
これはダメだ。自分では死ねない。
ほんと疲れました。呆れました。あんなに死にたい死にたいと思っていたのに、なぜこんなことが怖いのかと。お前は自分で死ぬこともできんのかと。
それで先に帰ってきた母親に包丁付き出して「殺せ」って言いましたね。
常ひごろ、死ね死ねと。あんたなんか産まれてこんかったら良かったんだわと言ってましたから。
だったらアンタがやってくれよと。
そこにワンチャンあるんじゃないかと。もし殺してくれるなら、そういう愛情もアリだなと思って。
つまり、そういう淡い期待もあって。
でも母がそんなことするワケないです。それは分かってた。
もうヤケクソですね。
母は殺されるかと思ったって言いましたね。
当時は相手からどう映るかなんて考えもしませんでしたが、まあ、そりゃそうですよね。
でも、この人は相変わらず自分のことしか考えてないなって思いました。
そんなことがあっても、その後にどうしたとか、どうしてとか、何も聞いてこないんですもん。また…また、「なかったこと」にしたんだなって。
まぁ、それからもどこにも救いなんてなかったですよ。自分にはもう、本当に何もできない、そういう思いだけでした。
そのあとも、家中の薬をかき集めてイッキ飲みしたり、家出を試みたり、失語症を装おってみたり、色々やったんですがそれはまた別の機会に。
それで結局は。
現在にかけて、特に生きようとは思えていないんですよ。
進学して、恋愛して、就職して、結婚して、子供もできて…
辛いこともあったけど、たくさん幸せなこともあった。
それなのに。
自分はずっと、あのときのまま。足掻いても足掻いても、自分は変わらない。変われない。
ずっと死ぬのを待ってる。瞬間瞬間をずっと死にぞこなってる感じです。
ある日に愉しさや喜びを感じても、次の日には怒りと恨みと無力感で動けない。
浮いて沈んで、行ったりきたり。とんでもなく疲れます。いっそ堕ちてるとこで固定されればラクなんですけど、生きて他人と関わってたら、希望とか温もりとか色々と感じちゃいますから。
それでまた辛くなる。
病んでるのは分かってます。
でもお医者さんに行ってもどうにもならないのも、わかるんです。
自分を守れるのは自分だけ。
でもその自分はボロボロで卑怯で、嘘つきで、余裕なくて、頼りないヤツなんですよ。
いつも限界ギリギリなんです。
まぁ、そんな。
どうしようもない話です。
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