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多分部活の先輩。

いつも通りイヤホンを気持ち深めに耳に差し込み、下を向きながら歩く。駅は人の往来が多くあまり積極的に行きたくはないが、家に帰るためにはこのルートが最短なのだ。改札へ向かう数段の階段を昇っていると、
「佐々木!沢村!久しぶり!」
という駅の雑踏をものともしない野太い声が階段の上の方から聞こえてきた。声の方に目をやると、いかにも重そうな鞄を持った野球部員と思われる2人組とモンクレールよろしく細身のシルエットで真っ白なダウンジャケットを着た茶髪の男が階段の中腹で立ち止まり話していた。イヤホンを貫通するほどの大きな声で何を話すのだろうと興味がわき、ポケットに入っているスマホの音量を下げる。
「いやー元気にしてた!?」
挨拶の基本。元気か元気でないかはどちらでも良い。それにしてもすべての会話の語尾にビックリマークがついている。
「俊先輩もお元気でしたか?」
どうやら茶髪白ダウンは彼らの先輩のようだった。僕は会話を聞き逃さまいと歩調を遅め、下をむいたまま耳に神経を集中させる。しばらく当たり障りのない会話が続いたが、特に話に進展はなかったようで、
「お前らも元気でな!」
と先輩は笑顔で階段を下り始めた。何を期待していたわけでもないが少しがっかりした気持ちになって、残された野球部の2人をチラリと見る。2人は階段を下りていく先輩を笑顔で見送っていたが、2人のうちどちらか1人が
「パン買う?」
とボソッと呟いた。
もう1人が
「うん。」
と小さな声で言った。
僕は階段を上がりスマホの音量を上げ、先ほどの出来事について思い出す。
普通だったら、先輩変わってねーなーとか、久々に会ったけどやっぱ俺苦手だわーとか、先輩にまつわる話をするものだろう。しかし、茶髪白ダウン先輩との思い出は小腹を満たすパンに負けたのだ。茶髪がダメなのか、白ダウンがダメなのか、はたまた性格がダメなのか。万年ベンチ外で全く尊敬されていなかったのかも。もし野球部の彼らにもう一度出会う機会があったら、様々な種類のパンを目の前に置き先輩とこのパンはどっちが上?とランキング形式で確かめていきたいなと思う。

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